二人の夜
文字数 1,589文字
夜九時。
「ただいま」
「おかえり」
私が迎えに行くと、珍しく遅くなった彼が疲れた顔をしてドアのそばに立っていた。
「珍しく遅かったんだね」
「そう、いきなり仕事が降ってきて」
「それは大変だったね」
「明日は休みだし、何とか片付けてきたけど、てんてこまいさ」
「てんてこまいって」
「なに?どうしたの?」
てんてこまい、なんてちょっと古臭い言い方に私が笑ってしまったから、彼は少し不思議そうな顔をしていた。
「ううん、何でもない」
「そっか」
彼はいつものように微笑んだけれど、それも少し力ない。本当に今日は大変だったらしい。
「お風呂にする?ごはん?それとも」
「君、と言いたいところだけど、まずはご飯かな」
「賢明だと思う」
私の古臭い言い回しに、彼は私が欲しかった答えをくれた。それだけで私は満足だった。
彼が寝室に鞄などを置いているのを見届けてから、私は夕食の準備をした。
私も働いているが、どちらか早く帰ってきた方が食事の準備をする、というのが我が家の決まりだった。
「食事の用意、ありがとうね」
そして、感謝の言葉も忘れない。これも私たちの間にある決まりの1つ。
そういう決まりは多くはないけれど、きちんと守っている。そのおかげかは分からないが、とりあえずのところは、円滑に生活が回っていると思う。
「今日は私早く終わったから、ちょっと頑張りました」
「おお、おいしそうだ」
今夜のメニューはロールキャベツ。
「いただきます」
「いただきます」
私たちは二人でそろってそう言って、食事をした。
私の目の前で、彼は嬉しそうにロールキャベツをほおばった。おいしものを食べると、無言でうん、とうなづきながらにっこりとする。私の好きな、彼の癖。
「明日はどうする?」
「明日はゆっくり過ごしたいな」
食事がひと段落して、さっきまでよりは彼の顔も血色がよくなっていた。私はそれに安心してから、切り出したのに、彼はそう答えた。
「ゆっくりか、じゃあ、前言ってたカフェに行くのはどう?」
「ああ、あの看板猫がいるっていう」
「そう」
「猫カフェじゃない猫カフェ」
「猫カフェではないんだ」
「うん」
「じゃあそこに行こうか、猫カフェじゃない猫カフェ」
彼も私も、猫が好きだ。いずれ飼いたいね、なんていう話もしている。
「うれしい、行きたかったから」
私が喜ぶと、彼は立ち上がって、私の頭を少し撫でてから、お風呂へ向かった。
時計はもう十時半を指していた。もう今日という日も終わってしまうな、なんていうことを、私はチョコレートを一粒、口の中で溶かしながら考えていた。
このチョコレートと同じくらい、この生活はじっくりと、甘やかだ。私はこの生活がとても好きだ。
時計の針の動く音に耳を澄ませながら目をつぶる。
ふと気が付くと、彼が隣に座っていた。知らない間にうつうつとしていたらしい。
「寝よっか」
お風呂から上がってきた彼は、私が起きるのを待っていてくれたようだった。
「ごめん、待っててくれたんだ」
「モーマンタイ」
「何それ」
「なんでもない」
彼はたまにこういうよくわからないことを言う。けれど、そう言うところもいいな、なんて思ってしまうのは、ちょっと彼バカだろうか。
「明日朝はどうする?」
「カフェに行くだけだし、ゆっくり起きよう」
「いいね」
私が提案すると、彼は嬉しそうに微笑んだ。彼はどちらかというと、朝は弱い。
私たちはそろって、目覚まし時計を朝の十時にセットした。
こうして二人で一緒に眠れる時は、目覚まし時計を一緒にみながらセットするのも、私たちの決まりだ。この決まりに意味があるのかは分からないけれど、私はなんとなく、これが好きだ。
二人の一日の始まりを、二人が知っていることは、とてもいいことだと、私は思う。
「おやすみ」
「おやすみ」
彼に手を握られながら、私は眠る。
こうして夜は更けていく。
二人の夜が、静かに更けていく。
「ただいま」
「おかえり」
私が迎えに行くと、珍しく遅くなった彼が疲れた顔をしてドアのそばに立っていた。
「珍しく遅かったんだね」
「そう、いきなり仕事が降ってきて」
「それは大変だったね」
「明日は休みだし、何とか片付けてきたけど、てんてこまいさ」
「てんてこまいって」
「なに?どうしたの?」
てんてこまい、なんてちょっと古臭い言い方に私が笑ってしまったから、彼は少し不思議そうな顔をしていた。
「ううん、何でもない」
「そっか」
彼はいつものように微笑んだけれど、それも少し力ない。本当に今日は大変だったらしい。
「お風呂にする?ごはん?それとも」
「君、と言いたいところだけど、まずはご飯かな」
「賢明だと思う」
私の古臭い言い回しに、彼は私が欲しかった答えをくれた。それだけで私は満足だった。
彼が寝室に鞄などを置いているのを見届けてから、私は夕食の準備をした。
私も働いているが、どちらか早く帰ってきた方が食事の準備をする、というのが我が家の決まりだった。
「食事の用意、ありがとうね」
そして、感謝の言葉も忘れない。これも私たちの間にある決まりの1つ。
そういう決まりは多くはないけれど、きちんと守っている。そのおかげかは分からないが、とりあえずのところは、円滑に生活が回っていると思う。
「今日は私早く終わったから、ちょっと頑張りました」
「おお、おいしそうだ」
今夜のメニューはロールキャベツ。
「いただきます」
「いただきます」
私たちは二人でそろってそう言って、食事をした。
私の目の前で、彼は嬉しそうにロールキャベツをほおばった。おいしものを食べると、無言でうん、とうなづきながらにっこりとする。私の好きな、彼の癖。
「明日はどうする?」
「明日はゆっくり過ごしたいな」
食事がひと段落して、さっきまでよりは彼の顔も血色がよくなっていた。私はそれに安心してから、切り出したのに、彼はそう答えた。
「ゆっくりか、じゃあ、前言ってたカフェに行くのはどう?」
「ああ、あの看板猫がいるっていう」
「そう」
「猫カフェじゃない猫カフェ」
「猫カフェではないんだ」
「うん」
「じゃあそこに行こうか、猫カフェじゃない猫カフェ」
彼も私も、猫が好きだ。いずれ飼いたいね、なんていう話もしている。
「うれしい、行きたかったから」
私が喜ぶと、彼は立ち上がって、私の頭を少し撫でてから、お風呂へ向かった。
時計はもう十時半を指していた。もう今日という日も終わってしまうな、なんていうことを、私はチョコレートを一粒、口の中で溶かしながら考えていた。
このチョコレートと同じくらい、この生活はじっくりと、甘やかだ。私はこの生活がとても好きだ。
時計の針の動く音に耳を澄ませながら目をつぶる。
ふと気が付くと、彼が隣に座っていた。知らない間にうつうつとしていたらしい。
「寝よっか」
お風呂から上がってきた彼は、私が起きるのを待っていてくれたようだった。
「ごめん、待っててくれたんだ」
「モーマンタイ」
「何それ」
「なんでもない」
彼はたまにこういうよくわからないことを言う。けれど、そう言うところもいいな、なんて思ってしまうのは、ちょっと彼バカだろうか。
「明日朝はどうする?」
「カフェに行くだけだし、ゆっくり起きよう」
「いいね」
私が提案すると、彼は嬉しそうに微笑んだ。彼はどちらかというと、朝は弱い。
私たちはそろって、目覚まし時計を朝の十時にセットした。
こうして二人で一緒に眠れる時は、目覚まし時計を一緒にみながらセットするのも、私たちの決まりだ。この決まりに意味があるのかは分からないけれど、私はなんとなく、これが好きだ。
二人の一日の始まりを、二人が知っていることは、とてもいいことだと、私は思う。
「おやすみ」
「おやすみ」
彼に手を握られながら、私は眠る。
こうして夜は更けていく。
二人の夜が、静かに更けていく。