【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第06話「疵(きず)」

エピソードの総文字数=5,456文字

 そこは壁一面に大小様々の歯車が回り続ける奇妙な部屋だった。


 入口近くの床に座り込み、納刀したままの太刀を床に立て、瞑想しているように目を瞑っているのは[Kenta02]ことケンタ、レベル50の[侍]だ。

 その横の、田舎のヤクザが使っていそうな応接セットのくすんだ黒のソファーには、全身ワインレッドのマントに身を包み、鋲付きのテンガロンハットを深くかぶって顔を隠した[死霊術師]プルフラス。

 一緒に座っている[福音師]黄飛虎(こうひこ)は山吹色のチェニックに細身のレザーパンツを履いて、つんつんとはねた金色の前髪を指先で弾いている。


 部屋の奥、仲間たちから離れたテーブルの前にはピンク色の髪の可愛らしい少女と、クマの着ぐるみが立っていた。


 少女の名はシェルニー。

 こう見えても中身は消防署員で30代半ばのガチムチだ。

 シェルニーはテーブルの上に並ぶガラクタのような機械を心底興味なさそうにこねくり回しながらクマと話し込んでいる。

もえちゃんをさらった奴らがその[BLITZ](ブリッツ)って言うギルドメンバーだってのは確かなのか? あつもり
ギルドメンバー全員が黒装束なんて言う厨二なギルドが他にもあれば別だクマ。でもまぁ間違いないクマ

 クマの着ぐるみは、以前ギルド[もえと不愉快な仲間たち]に所属していた、ハッキングが趣味のプレイヤー[あつもり]だった。

 あつもりはシェルニーの持っていた機械を奪い返すと、大事そうにそっとテーブルの上に戻す。

 手の中からモノを取られたことにも気づいていないかのように、シェルニーは視線の先すら動かさずに、別の機械をこねくり回し始めた。

ギルドホールに逃げ込まれちまうと、ギルドメンバーじゃない俺達は手を出せなくなっちまう。なんとかもえちゃんを連れ帰る手はないもんか?

 あつもりはシェルニーがこねくり回す機械を見つめていたが、諦めてため息をつく。


シェルニーが相手のギルドホールに入れないのと同じ理由で、もえはギルドホールには連れ込まれて居ないクマよ
……どういうこった?
今はメニューが使えないクマ。ギルドメンバー以外がホールに入るには、ギルドメニューからのゲスト申請が必要クマ

 無表情なクマの着ぐるみが、淡々と事実を語る。

 あつもりの顔をハッと見上げたシェルニーは、一瞬喜びの表情を見せたが、やはり難しい表情に戻った。


あっ! そうか。……しかしどこに連れ去られたか、虱潰しに探すのは時間がかかりすぎんぞ
ボクは[BRITZ]のメンバーと個人的に取引したことが何度か有るクマ。話し合いをするなら仲介役くらいは出来るクマ
それは助かる。不意打ちを受けたとはいえ、こっちは一人()ってるしな。話し合いでもえちゃんが帰ってくるならギルド資産で取引をしても……
バン!

 不意に床を踏みつけて立ち上がったのはケンタだ。


話し合い!? 何言ってんすか! 俺らは不意打ちを受けてもえさんを誘拐されたんすよ! 身を守る戦いの間に相手がどうなろうがそんなの知ったこっちゃないんすよ! それに……

ギリッ……


 太刀の柄を両手で握りしめる音が漏れる。
もえさんは……撃たれたんす。あんなに血を流してたんすよ! 相手を殺ったのだって、俺を助けるためっす!

 わなわなと震えるケンタの肩に、ポンと手を置いて、真剣な顔の黄飛虎も同意する。

ケンタに賛成だな。不意打ちで攻撃してくるようなやつらが、素直に取引に応じるとも思えないしね。……それに、ゲームじゃなくなった世界で女の子が人質って言うのは……良くないよ
……貞操……の……危機……なの……

 プルフラスのつぶやきに全員が固まる。


 むろん考えなかった訳ではない。

 むしろ[もえと不愉快な仲間たち]のギルドメンバーのほとんどは、この世界でリアルのもえに会った瞬間から一度は妄想していたことだ。

 あの美しいもえと結ばれる。それこそは、もえのファンクラブと言った側面を持つ[もえと不愉快な仲間たち]のギルドメンバーの共通の夢と言ってもいい。

 無論、むりやりにと言うのは想定外ではあるが、殺人や誘拐と言う、現実なら間違いなく犯罪行為となる事案が発生した今となっては、それが起きないとは断言できない。

私なら……あの可愛らしい……もえちゃんを前にしたら……がまん……無理なの……

 リアルでは女の子であるはずのプルフラスは、頭のなかでの妄想を膨らませ、ぷるぷると震える。

 ふいにシェルニーの横から、ゆらり、と熱気のようなものが立ち上がった。


ふっふっふ……キミ達がそのつもりならボクもやぶさかではないクマ……

 表情の読めないクマの着ぐるみから、明らかな殺気が黒いコールタールのように滲みだす。

 その殺気のあまりの強さに、シェルニーたちは半歩、身を引いた。


おんどれ[BRITZ]のカスどもがぁぁぁぁ! ボクのもえに手ぇ出しやがってぇぇぇぇ! ベアクローの威力! ぞんぶんに味あわせてやるクマぁぁぁぁぁぁ!!

 その場に居た全員が「ボクのもえ」の部分にツッコミを入れたかったが、勢いに圧倒されて口をつぐむ。

 やはりあつもりもギルドをやめたとは言え、心の奥底では[もえと不愉快な仲間たち]の一員であることに変わりはないようだった。


  ◇  ◇  ◇


 ネガポジ反転した世界の中、石畳に爆ぜる着弾痕を見つめるもえ。

 彼女の右肩には穴が空き、向こう側の景色が見えている。

(くそ! 撃たれた! 撃たれた! 撃たれた! 通常攻撃じゃねぇ! 射撃スキルの[硬芯徹甲弾(こうしんてっこうだん)]でぶち抜かれた! くそ! くそ! 逃げなきゃ! くそ! くそ! なんだ!? 竦みが発生してんのか!? いや、違う! 単純に痛みで動けねぇ! このままじゃ……ポーションも取れねぇじゃねぇか……俺は……俺のもえが……死ぬ……のか……)

 視界の周囲が赤く靄がかったように明滅し、石畳が目の前に迫った。


――そして、暗転。


(……環境音の音量高ぇな……うるせえ……ヘッドセット……外すか……)

 薄く目を開けると、見たことのない薄暗く狭いボイラー室。

 ゴウゴウという蒸気機関の唸り声が響く中、視界の周囲は夢で見た通り赤く明滅したままだ。

(赤明滅……HPが10%切ってる……ポーション飲まねぇと……)

 身を起こそうとしたもえだが、体が動かない。

 肩に鋭い痛みが走り、激痛がもえの意識をハッキリとさせた。


 手足はワイヤーのようなものでキツく縛られ、パイプの一本に固定されている。

 ワイヤーの絡まる皮膚には、痛々しく血が滲んでいた。

 回復呪文の類はかけられていないようだが、右肩の傷には包帯が巻いてあり、包帯の他には下着だけの姿になってはいたものの、一応血まみれの衣服は体にかけられていた。

(……治療……は、してくれたみたいだが……回復職が居ないのか? それとも生かさず殺さずって言う事か?)

 なるべく痛みを感じないように体を横たえ、首だけで周りを見回す。

 部屋には入り口が一つ。ボロ布で塞がれた窓が一つ。テーブルが一つ。

 表は見えないが、少なくとも部屋の中に見張りの(たぐい)は居なかった。

 しかし、衣服以外のもえの装備品も無い。

(どう考えても死にかけの所を拉致られたって感じだろうな)

 固定された真鍮のパイプに映るぼんやりとした自分の姿を確認する。

 心配していたヘッドドレスは外されておらず、そこは水晶の飾り玉も付いていた。

(飾りに見せかけて付けてた[ポルックスの水晶]は気付かれなかったみたいだな。これを使えば脱出は簡単だが……せめてアイアン・メイデンだけは回収したい)
 武器も持たずワイヤーで縛られたまま、低レベルとはいえモンスターのうろつく町の外のエリアに転送されては死を早めるだけだろう。
(それに、この痛みは何とかしねぇと……GFOには「痛くて動けない」なんてルール無いのに……これは、やっぱり現実なんだな)
……っく……うぅー……

 首を動かした拍子に肩が痛む。

 あまりの痛みにうめき声をあげると、窓にかかっていたボロ布の隙間から中を覗き込むものと目が合った。

 助けを呼ぼうと口を開きかけたもえを残して、その姿はすぐに居なくなる。

 しばらくそのまま痛みを堪えていた彼女の背後で、きしむドアが開けられると、黒装束の男が3人、ゆっくりと部屋に足を踏み入れた。

 リーダーらしき赤いツノ付きの胸章をつけた男がもえに近づいて、傷だらけの彼女を満足気に見下ろす。

ふん、気がついたか。貴様は我らの同胞をこの世界から追放した罪により……断罪される
 男は台本でも読むように、芝居がかった言葉を吐くと、躊躇なくもえの右肩を蹴り飛ばした。
っっっ!! あぁぁぁぁぁぐぅぅぅぅ!!

 予想していなかった突然の激痛に、もえは絶叫する。

 もえの反応に気を良くした男は、あまりの痛みに気を失いかけたもえの胸を踏みつけて体重をかけると、痛みによる気絶と痛みによる覚醒を繰り返し、痙攣するもえを舌なめずりをしながら楽しげに眺めた。

……このまま放置して野垂れ死ぬのを見ていてもいいが……。どうせならジワジワと切り刻んで処刑するのが良かろう。まぁ(おのれ)の死に様くらい選ばせてやる。好きな方を選ぶがいい

 男はブーツの先についたもえの血を息も絶え絶えに横たわるもえの頬にこすりつけると、「引き続き見張っておけ」と言い残し、興味を失ったように立ち去った。

 男の笑い声が遠ざかっていくのを朦朧とした意識の中で聞きながら、もえはまた意識を失う。


 最後にもえの頭に浮かんだのは(っあの男! 絶対殺す!)と言う強い意思、それだけだった。


  ◇  ◇  ◇


 次に目が覚めた時には、部屋は明るかった。

 陽の光が差し込んでいるわけではない。

 外は夜なのだろう、テーブルに置かれたランタンが煌々と輝く中、テーブルに頬杖を付いていた黒装束の男がもえに気づき、近づいてきた。

 もえは先ほどの痛みの記憶が蘇り、反射的に体を硬直させて目をつぶる。

大丈夫?
 予想外の言葉がかけられ、もえが恐る恐る目を開けると、覆面を外した男がしゃがみ込み心配そうに見つめていた。
さっきの御館様(おやかたさま)の蹴りとかちょっと酷いよね。いくらロールプレイとは言え流石に引くなぁ。ゲームなんだからさぁ、もう少し明るく……やりたいよね?
……ゲーム……?
そう、ゲーム! わかるでしょ? 凄くリアルだけどGFOだよ。死んだら現実に戻るんだし、せっかくのこの世界をもっと楽しめばいいのにさ
 少年のような顔をした黒装束の見張りは、分かりきったことを説明するように言った。
(死んだら現実に戻る? いや、Webラジオでは意識を回復した人はいないと言ってた。……このガキ……どこ情報だ)
あの……現実に戻った人を……っくっ……知って……知ってるんですか?
んー、昨日の夜から今まで、中央広場で『現実に戻りたいから殺してくれ』って言う人達を何十人も殺したよ。GFOは自殺できないシステムだからね。キミ……もえさんだよね? もえさんが殺した[ヨシアキ]だってそうだよ、現実に戻ったんだ。ゲームに再ログイン出来ない仕様らしいから、今ごろ悔しがってるだろうなぁ
(誰だ……[ヨシアキ]? もえが殺した? ……あの黒装束か。そうか……あいつにも名前が……名前があったんだな。そうだ……MOBじゃない、あいつも……人なんだ。)
 もえの傷口にまた血が滲み、激痛が走る。
(人……俺、人を……殺したのか……)
っ! うぅ……!
あー、これ少し回復した方がいいかなぁ。そう言えばもちろん最後は中央広場で5対1の[処刑]やって散るんでしょ? 俺、あれ結構好きなんだよね

 見張りは懐からHP回復ポーション(小)を取り出し、喋りながらもえの頭を抱えて口に流し込む。

 もえの体がオレンジ色に輝くと、傷口からの出血は止まり、彼女の視界の赤い霞も晴れた。

 HPが10%を超えた証拠だ。

……ありがとう……
 心の底から感謝の気持ちを込め、潤んだ瞳で微笑むと、見張りの少年は顔を真っ赤にしてもえから離れた。
お礼なんかいいよ、ポーションくらい。……それより俺[カグツチ]って言うんだ。よろしく
  ◇  ◇  ◇
……ですから、GFO世界で死んだ人は……現実世界には戻っていません……

 まだワイヤーで縛られ服も体にかけただけではあったが、もえは脚を揃えて床に座り、普通に会話が出来るまで回復していた。

 もう20分ほどもこうしてカグツチと話し合っている。

私のギルドには[蒸気ラジオ]って言うWebラジオを聞けるアイテムがあるんです。それを使って現実の情報を聴きました。でも、ゲームに入って意識を失った人が回復した例は無いそうです。……少なくとも今日のお昼までは
 上目遣いに見つめるもえから目をそらし、カグツチは落ち着かなげに親指の爪を噛んだが、もえが見ていることを思い出し、バツが悪そうに後ろを向いた。
戻れた人間が居ないって……じゃあ、俺が殺した……HPが0になって消えた人はどうなったの?

 少年のストレートな問いかけに、もえは一瞬言葉に詰まる。

 だが、ここで言葉を濁しても何にもならない。もえは真剣な瞳で彼を見つめたまま正直に答えた。

死んだんだと……思います。私の……私の殺した……あの[ヨシアキ]さんって言う人も……

 カグツチは泣きそうな顔でふり返り、二人は見つめ合う。

もうGFOは……ゲームじゃないんです……
 もえの言葉にカグツチは泣き笑いのような表情を浮かべ、床に崩れ落ちた。

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