隣の男

文字数 904文字

 何もかも同じ、ほとんど同じ、でも違う。夫とは。
「あ……!」

 あたしはめいっぱい広げられて、そして、するりと受け入れてしまった。
 あん、だめ。
 サイズはほぼほぼミクロン単位で同じなのだけど、でも入った感じが違うの、夫とは。あたしにはわかる。

 ちょっとだけ、大きいの。
 またあの人ね。隣の(ひと)

「あ」
 彼も間違いに気づいたみたいで、慌てて身じろぎしてる。体を起こして、

をあたしから引き抜こうとしてるけど、もうぴったりはまってしまっていて、抜けない。

 あきらめて、ふっと息をついて、彼は照れた笑みを浮かべた。
「すみません。またですね」
「ええ」
「僕のせいでは」
「わかってます」ぜんぜんいいのよ、って言ってあげたい。

「大丈夫かな、ご主人さま。このままご出勤でしょうか」
「たぶんね」
「やばくないですか、会社に着く前に気がつかないと」
「自業自得よ」

 毎朝、毎晩、夫を送り出して、迎え入れて。代り映えのしない日常。平凡。たまにはこうして間違いでも起きてくれないと、退屈で死んじゃいそう。だからいいの。
 それに、彼の言うとおり、こうなってるのはあたしたちのせいじゃないもの。
 ご主人さまがいけないのよ。

 今頃あたしの夫は、たぶん反対側の隣の奥さんのところ。そして、この(ひと)の奥さんのところには、その向こう隣の旦那さまが……。
 想像したら、くらくらっとしちゃった。素敵。
 こういうの、(たの)しい。もっとしょっちゅうあればいいのに。

 ――やだ、今、ぴっ、て言わなかった、ぴっ、て?
 これってもしかしてもう――改札? このまま行っちゃうってこと?
 はずかしいじゃない、ご主人さま。知らない、もう、どうなっても。

 《ボタンの掛け違い》って人間界では良くないことの(たと)えみたいだけど、あたしたちボタンホールとボタンにとっては、ちょっとした人生のスパイス。
 あたしは彼に組み敷かれたまま、うっとりと彼を見上げる。たしかにうちのダンナとそっくりだけど、でもやっぱり、ずっといい男。同じ白蝶貝なのに、どうしてこんなに違うのかなぁ。
 ふふ。

 嬉しくってあたしは、力を入れてきゅっと締めてあげた。
 あたしの上で彼が、「あっ」とかすかに息をもらした。

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