第21話:ハワイ4島クルーズへの同行の仕事1

文字数 1,698文字

 10月3日に、熱海のマンション出て1999年10月4日の早朝、ホノルル空港に着いた。その後、旅行会社の人と空港で会い、旅行会社のホノルル支店に行った。クルーズディレクターと打ち合わせをして注意事項を聞いた。今回から、寄港地での日本語のオプショナルツアーにも参加して欲しいと言われ、了解した。

 最初、1999年10月6日昼過ぎ、アロハタワーの海側にあるホノルル港の入り口のクルーズターミナルへ向かった。そこは大きな格納庫の様な場所で10ヶ所の受け付けテーブルが用意されていた。そこで乗船手続きを行いスーツケースに番号を打ってポーターが、お客さんの部屋に持って行くシステム。船内の支払いは全て乗船前に登録したクレジットカードを登録。

そして、クルーズ中、船内で使った金額が自動的に請求されるシステムになっている。乗客人数が多く、お客さん全員が、乗船できる迄3~4時間かかり、クルーズ寄港地でのオプショナル
ツアーの受けつけも同時にできる仕組みになっている。日本人のお客さんには、石津三千子の契約した会社の社員が乗船手続きの説明して、わからない人や中高年には受付の手伝いをした。

 そして17時に乗客の乗船手続きを終え石津三千子も乗船した。その後、お決まりの避難訓練が約30分、行われ、救命ボートの扱い方などを説明していた。クルーズ会社でも日本の堪能なアメリカ人スタッフを数名、乗船して、日本人客の手伝いをすると説明した。夕暮れ時、クルーズ船がホノルル港を出ると、個人のモーターボートやクルーザー、ヨットが見送ってくれた。

 夜の湾内観光船の、お客さんもクルーズ船の出発に手を振って見送ってくれた、日が暮れ始めホノルル湾に歓声と汽笛の鳴る音のハーモニーは、なんとも言えぬ感動的なものだった。そして、2日目は、マウイ島のカフルイに到着。マウイ島は「渓谷の島」と呼ばれハレアカラ山を中心とした広大な国立公園とイアオ渓谷、白い砂浜の海岸で有名である。

 日本語のハレアカラのオプショナルツアーに石津三千子たち2人が同行した。山道を登って行く時に2人が気分が悪くなり石津三千子を含め旅行会社の2人に付き添い目的地に着き、その処理をして、その二人の面倒を見る事になった。まず人肌の暖かさの生理食塩水の様な溶液をコップに入れて少しずつ飲ませ休憩所に寝かせてツアー客が帰って来る迄の90分間、付き添った。

 30分もすると顔色が良くなり回復して帰りは、特に問題なくツアーを終えて船に戻った。その後、ディナーショーを見たりして楽しんで夕食後、床についた。3日目は日本語オプショナルツアーはなく船上で卓球や娯楽室でカードゲームをしたりして時間を過ごしハワイ島ヒロをめざし夜18時に出航した。ヒロでは、キラウエア火山の日本語オプショナルツアーに同行。

そして、高所と言うこともあり酸素ボンベを用意して出かけた。バスでキラウエア火山の見える場所まで行き休憩所で待機した、やはり中高年の方で、顔色が悪くなった人を見つけ酸素マスクで酸素を補給してやり2人で4人の、お客さんを交代に介抱した。そうして船に戻った。夜、ハワイ島の反対側のコナをめざして出航した。5日目は、コナコーヒで有名なコナに到着。

 ここでは、日本語オプショナルツアーはなく、港近くの景色の良い喫茶店でコナ・コーヒーを飲んで、休憩して、カメハメハホテルの中のキング・カメハメハの写真や絵を見た。夕方17時前に上船用の小型ボートが迎えに来て、クルーズ船まで送ってくれ、早めにコナを出てカウアイ島、ナウィリウィリに向かい、翌朝8時に到着した。

 カウアイ島は、ガーデンアイランドと呼ばれワイメア渓谷や聖域シダの洞窟が有名。クルーズだから見る事ができる「ナ・パリ・コースト」の景色は圧巻。日本語オプショナルツアーは、観光バスで、名所巡りをして、潮吹き岩戸や、大きな渓谷沿いを回った。

 7日目は、ワイルア川とシダの洞窟観光に出かけ、その素晴らしい景色を十分に堪能した。この日は、14時に就航し、船上から「ナパリコースト」の荒々しい断崖絶壁の荘厳な景色を時間をかけてゆっくりと見学できた。
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