第1話 ユートピアか?ディストピアか?俺たちに夜はない。

文字数 1,713文字

…いつからだっただろう。
夢をみなくなったのは。

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イントロダクション. Get-Up-ゲロッパ
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「東8番街のピザ屋のあるテナントビルの5階だ。」
仲間からの無線が入った。

テロ組織”SLEEP-TIGHT”の幹部“Nightmare(ナイトメア)”を追って数ヶ月。東京都マンハッタン区の安宿に奴がいるらしい。今日こそお前を捕まえてやる。

今でこそ“ナイトメア”は組織の上級クラスだが、元々は東京のアンダーカツシカの出で、月に数回、今では希少な“畳-buton”という草を編んだ板の上で数時間寝て過ごすのが唯一の趣味という風変わりな男だった。そして現在では本物の畳-butonがあるのはここマンハッタンのまたこの一角だけ。

「…とうとう追い詰めたな。」

俺は店の奥へ入った。
情報通りなら奴は今、このドアの向こうで眠っている。
俺はアラームウォッチのタイマーを10秒後にセットし、家主に借りたカギでドアを開けた。

…ガチャッ。

…3、2、1


「ゲロッパ!!(get up=起きろ)」


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第一章 Xem.
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「いや、面倒なんですよ。何でリセットするのに布に包まって目を閉じてじっとしてなくちゃいけないんですか?半日もですよ。」

「1日でも早く大学の奨学金を返済してしまいたいです。愛用して寝ないで働いてもう2年になります。非常に重宝してます。」

「夜中にしっかり仕事ができ、日中に家族との時間が持てました。」

「ウェイトリフティング日本新記録が出せました!!全てコイツの、ネムのお陰です!!」

2118年頃から聞き始めた声だ。

世の中に情報が溢れ、多くの法則が解明され、豊かになった人々は多くの事にチャレンジし始めた。そして始めた事を極めたい人、もっと幅広く活動したい人。金を稼ぎたい人など誰もがみんな睡眠時間を削ってエネルギッシュに活動していたこの時代…
だが、時が経つにつれて国民の多くに睡眠障害や睡眠不足が生じ、生産性の低下や事故、社会の全体的な消極性が蔓延した。
これでは国が立ちいかなくなると多額の研究費をかけて

瞬間活性睡眠薬「Xem(ネム)」

が開発された。

「ネム」は革命的な薬剤だった。

身体や頭が睡眠を欲した時に深呼吸する様に口から噴霧状のネムを吸い込むだけで、約10秒後には8時間寝た後と同じ状態になるのだ。

はじめは処方箋が必要だったがやがて薬局で普通に買えるようになり、その後時代の流れとともにスーパーやコンビニで卵と同じ値段で売られるのだった。

当初不安視されていた副作用の類いは研究データとして現れなかった。なので急速に世界中に広まって行った。

…しかし約1世紀前に世界中で始まった5Gデータ通信サービスも当初は安全が謳われていたが、2031年のミレニアル世代大量突然死を以って終了し、現在まで続くCO2データ通信にとって変わった事は21世紀の悲しい歴史として記憶されている。

こういった一抹の不安を残しつつも、もう後戻りはできない、…そうなのだ、長期的な調査のされないままの日本発の大革命は世界を席巻した。

そして、現在。

ー世界が認めた、

文字通り24時間動き続ける社会。

進歩し続ける科学。これまでにない早さで貧困は縮小し、富は広がった。なぜならこれまでの倍のスピードで物事が進むのだ。

会社員は16時間勤務、アルバイトは8時間労働2社掛け持ち。

学校は13時間目迄。しかし別に嫌と言うわけではない。これが今は普通なのだ。

朝の3時に郵便がやって来て
幼稚園のお迎えは朝4時まで
地方銀行ですら朝6時まで開いているのだ。

観光業からは何泊という概念が無くなり、“沖縄4日” 、“富良野5日” などの表記になり、ホテルからは寝室が消えた。そしてそれは一般家庭も同じだった。

まさに世紀の大革命だった。テレビやインターネットどころではない。蒸気機関の発明と肩を並べる、いやもしかするとそれ以上かもしれない進化だった。ついに人類史上初の、不眠を勝ち得たのだった。

そしてある事件を境にこの船は激流へと飲み込まれていく。

(続く)
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