群青キャット

文字数 1,123文字

今夜は新月よ


ひとつ 忠告しておくよ

新月の晩はネコのものだからね

外に出てはいけないよ

時折 群青キャットが出るからね


闇夜の深いところから

甲高い悲鳴が響いてくる

ほら 聞こえるよ

さすらうように 尾を引いて

耳を澄ましてごらんよ

悲鳴の間に

聞き覚えのある喘ぎ声が 混じっているかもしれないよ


群青キャットは 何時とはなしに現れて

胸の中のあのひとを さらってしまうよ

しっかり抱きしめていても きつく手を握っていたとしてもね


今夜は新月よ

闇夜のどこかで きっと だれかのだれかがいなくなる


群青キャットは 決して音を立てない

目の前をよぎったとしても 気づかない

いくら透かし見ても 闇ばかり

でも 振り返ると 冷たく光る目がふたつ

そうなったら もう遅いよ

見つめられたら お終いさ

身も心も凍りついて 指一本動かせない


アタシはネコよ

弱くて卑しい そんなものを見つけると

無性に いたぶりたくなるのよ


つのる はなれる

獲物は その幕間に身を隠しているのさ

影に飛び移る

両肩を鷲づかみ 足を妖しく絡めて 捻じ伏せる

三日月の爪を耳より高く 真上に立てる

胸の奥がみしみしと鳴ったら もうばっくりと裂けてるよ

群青キャットの爪は 深く深く切り裂いて 奥の奥にまで届くのさ

一時に出る悲鳴は たちまち静寂に溶け 闇夜をさすらうだけ


オマエの忘れられないひとはね

アタシに気づくと 薄く口を開けたのよ

目の前で 胸元をはがし 身悶えたのよ

小さく吐息を漏らすから 耳を寄せると

連れてって ここから出して

小雨にさえ消えそうななつぶやきが 聞こえてきたのよ

だから 叶えてあげたんじゃない

オマエにだって 聞こえてたはずよ

だから 首や指先に絡み 縺れた赤い糸を

ぷつっぷつっと切ってあげたんじゃない

どす黒く干乾びた 赤い糸をね


目を伏せ 爪を収める

ちょろっと舌を見せ からだを捩ると

しどけなく後ろ足を伸ばし 

その太腿を ぺろぺろと濡れた音を立て つくろいはじめる 

尾は別のイキモノのよう

艶めかしくしなり 優雅に畳まれる 


数を減らして技を増やす だったっけ

笑っちゃうよね

どうせ 誰にでも言うんだろ

悦ぶのは オマエだけ

おんなたちはね 朱を重ねるように濁っていくだけよ

気づかなかったわけじゃないでしょ

だから 上澄みの甘さに酔っていたんでしょ

情けないわよね

でも 安心していいのよ

オマエのお粗末

そんな張り子じゃ 幾夜ちぎっても おんなの芯には届きはしないもの


その目は しっとり濡れた黒曜石のようだった

陰りとも 熱ともつかぬものを宿していた

面には 腑抜けたオレが映っている


虚ろな夜には 清と濁とが渦を巻く

おんなの嘲りが 渦に飲まれ その真ん中に消えていく


よろよろと 結んだ蝶に足を取られた

最早 夜の深みへと すべり落ちるしかないようだ





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