第5話 忘れ物

文字数 756文字

 買い物カゴぐらい自分で片づけていけっつーの。
 そう思いながら美奈はサッカー台に置きっぱなしにされているカゴを集めてひとまとめに積み上げていた。
 出入り口横の台にもカゴがそのままだ。
 その中にはペットボトルが入っていた。
 500mlの未開栓のお茶だ。
 こんな大きなもの普通忘れる? 超ウケるんですけど。
 美奈は苦笑を浮かべ、カゴを整理し終わった後、それをサービスカウンターに持っていった。
「チーフゥ、忘れ物でーす」
「そこに置いといて」
 年配の女性チーフは検品表や伝票などの書類とにらめっこしながら、美奈のほうを見もせず顎だけ動かした。
「はーい」
 ペットボトルをカウンターに置くと、メモに『忘れ物』と書いてボトルに貼りつけた。
 どうせ棚に戻すんでしょ。
 そう思いながら、美奈はレジに戻った。
 すぐ忘れ物に気付いて戻って来た客に返すのは当然だが、30分以上問い合わせがなかった場合、チーフはそれを陳列棚に戻していた。
 後に問い合わせがあったとしても「忘れ物はなかった」で済ませてしまうのだ。
 本店の方針か、この店舗だけの考えか、チーフが勝手にやっているのか、くわしいことは知らないが、機嫌の悪いチーフに八つ当たりされた時など、SNSに暴露してやろうかと思うことがある。
 実際はやらないけど。
 安っぽい正義振りかざしても、ただの憂さ晴らしってだけでわたしには何の得にもならないもんね。
 30分後、サービスカウンターに行くとペットボトルはなかった。問い合わせの客はいなかったようだから、たぶん、いや確実に陳列棚に戻したのだろう。
 ゴミ箱には美奈の書いたメモが丸めて捨ててあった。

 スーパーで購入した緑茶で客が死亡する事件が発生した。
 その緑茶には毒物が混入されていたという。
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