頭狂ファナティックス

閉鎖空間の殺人事件

エピソードの総文字数=3,629文字

 ショッピングモール内の空調はつけておらず、その夜も一際寒かったために、銀太たちはなかなか寝付けなかったが、それでも異常な状況下にあるという精神的な疲労がそのうちに眠りへと引き込んだ。三人がようやく深い眠りについたとき、楓子が部屋に飛び込んできて、三人を叩き起こした。真夜中にも関わらず、叩き起こされ銀太は不機嫌になったが――部屋には時計がなかったが、午前三時頃だろうとあたりをつけた――楓子の話を聞いて、すぐさま眠気が消し飛び、毛布から抜け出した。
一階の北側通路、つまりショッピングモールの正面口から一番奥にあたるところで不可解な死体が見つかったわ。幹部は全員集まれとのお達しよ。
 不可解な死体、という単語を聞いて、無論三人は左半身と右半身が分離した死体を思い浮かべた。銀太と紅月は着替える時間も惜しいという調子で、寝間着のまま楓子のあとについていった。楓子は部屋を出るときに秋姫に埜切先輩まで起こしてしまってごめんなさい、と謝った。
 問題の死体がある通路には七星と犬童がすでにいた。そして二人が立っているあいだに男子生徒の死体がうつ伏せになっていたが、身体の部位が切断されている様子はなかった。
二人とも来たか。深夜に呼び出してすまない。ところで二人はこの死体をどう見る?
 七星に言われ、銀太と紅月は死体を調べ始めた。といっても、死体に触る度胸はなく、その上に身を屈めて観察するに留めたが。死体には楓子が言うほど不可解なところはなかった。死体の後頭部には弾痕が一つ残っており、そこから血が溢れていたが、すでに凝固して黒ずみ、髪の毛にへばりついていた。弾痕の周りの頭皮は内側から外側へと捲れていた。それ以外には特に奇妙な点はなかった。紅月が自分の推理を言った。
拳銃自殺っすね。銃口を口の中に突っ込み、頭頂に向かって発砲した。こんな異常な状況下では自殺する人間が出てもおかしくはない。言ってはなんですが、幹部を全員集めるほどの奇妙な事態とは思いませんが。それともショッピングモールに拳銃が持ち込まれたことを気にしているんですか?
瀧川の言うとおり、この死体は拳銃自殺にしか見えない。しかし不可解な点はこの死体にあるのではない。自殺のために使った拳銃が見つからないのだよ。この死体を見つけたのは私だ。深夜の見回りは私が引き受けている。そしてこの死体を見つけた。その時点で拳銃はどこかに消えていた。
常盤先輩よりも先にこの死体を見つけた誰かが、拳銃を回収したということっすか?
そうかもしれない。しかし事態はもっと深刻だと見た方がいい。そこの壁を見てくれ。
 七星が指さしたところに全員が目を向けた。そこには人の背よりも高い位置に弾痕があった。死体の後頭部を貫通した銃弾がめり込んだ跡であることは明らかだった。
壁の弾痕もすでに調べたが、どういうわけかそこに銃弾が残っていない。誰かが拳銃を回収したと仮定するのはかまわない。しかし銃弾まで回収する奴がいるだろうか? ならばこう考えた方が自然だ。
この男が自殺するのに使った拳銃はシンボルであり、コンプレックスを解除したために拳銃も銃弾も消えた。これはただの拳銃自殺ではない。銃口を口に入れて、脳に向かって発砲したことは疑いがない。そのような死に方をするのは、自殺以外はあり得ない。しかしそこにコンプレックスが関わっている以上、この男は自殺したのではなく、自殺させられた可能性がある。もちろん、この男自身のシンボルが拳銃であり、それを使って自殺した場合も考えられる。しかしそれは楽観的な考えというものだ。この件はコンプレックスを用いた殺人事件と考えるべきだ。
相手を自殺させるコンプレックスっすか。そのような能力を持つ住人を常盤先輩は知りませんか? あるいはシンボルが拳銃である生徒。
 紅月が聞くと、七星は紅月にではなく犬童に目を向けながら言った。
残念だが私は把握していない。もっとも、ショッピングモールの中で殺人沙汰を起こすような奴が素直に自分のコンプレックスを教えるとも思わないが。ついでに言っておけば、私はそこにいる男のコンプレックスもシンボルも知らないがな。
いやだなあ。俺を疑っているんですか?
 七星は相手に特有の野禽のような鋭い目つきを向けたが、犬童は温和な微笑を浮かべて七星の視線に恬淡とした様子だった。
ともかくこのショッピングモールの中で殺人事件が起きたことは事実だ。私はこの事件の犯人を調べる。この事件がただの口論が過激化したものならばいいのだがな。何か悪い前兆と取れなくもない。この事件については吹聴しろとも黙秘しろとも言わない。閉鎖された空間だ。私たちが何をしなくとも、すぐに話は広まる。犬童と大室はこの死体を運ぶのを手伝ってくれないか? 空き部屋に安置する。
 七星、銀太、犬童の三人は死体を一階にある部屋として使われていない薬局に安置した。そのあとに解散になったが、銀太は死体の血に触れなかったにも関わらず、何か死体の臭気のようなものが身体にまとわりついている気がして、シャワーを浴びてから寝床に戻った。
 その次の朝の食事のとき、フードコートではやはり不可解な死を遂げた男子生徒について話題になっていた。誰もが声をひそめて、大声で死人のことを話すような真似はしなかったが、その話題は確実に地下水脈のように静かに住人のあいだに染み渡っていった。住人たちのあいだでは男子生徒は自殺ということになっており、他殺を疑う人間はいなかったが、それでもショッピングモールの中で死人が出たことに少なからず動揺が広がっていた。
 銀太、紅月、秋姫もフードコートで朝食をとっていたが、周りの会話に聞き耳を立ててばかりで、三人は話をしなかった。秋姫はすでに銀太から他殺と思われる事件が起きたと聞いていた。三人はこの事件がショッピングモールに、特に住人の精神状態にどれほどの悪影響を与えるか測るために、周りの人間の反応を確かめていた。閉鎖空間での死亡事件、それが住人たちの心にしこりを残さないわけがなかった。
 今朝の食事はこれまでと違って活気がなく、誰もが声を秘めていたために、ある女生徒が銀製のスプーンを床に落とした音は普段よりも大きく響いた。住人たちはその音に驚き、フードコートは一瞬静まり返ったが、誰かが物を落とした音だと理解すると、再びこそこそと会話を始めた。
 しかしさらに驚くべき事態が起きたのはその直後だった。そのスプーンを落とした女生徒が座っていたテーブルの別の女生徒が突然立ち上がった。その手には拳銃が握られていた。その女生徒はゆっくりとその拳銃の銃口を自分の口の中に入れた。近くにいた人間はその光景を見るに、騒ぎ始めた。その騒ぎはすぐさま、フードコート全体に広がった。銀太たちも異常事態が勃発したことに気がついたが、拳銃を持った女生徒のテーブルとは離れた席に座っていたために、その女生徒が自殺しようとしていることしかわからなかった。その女生徒は自分でも何をしているのか理解していないらしく、言葉にもなっていない叫び声を上げ続けていた。その周りの生徒も拳銃を手放すように叫んでいたが、あまりにも咄嗟のことだったので、女生徒の身体を羽交い絞めにするだけの余裕を持った人間はいなかった。
 そして女生徒はフードコートにいる人間が全員見ている中で、拳銃を発砲した。
 銃弾は後頭部を貫き、脳漿があたりに撒き散らされた。女生徒はその場に崩れ落ち、いくつもの悲鳴と喚き声が上がり、フードコートは混乱を極めた。
 先ほどまでの静けさは悪い冗談だったというように、フードコートが騒擾としているなか、紅月は銀太に向かって大声を上げた。
銀太は死体を動かさないように指示を出せ! 同じテーブルにいた生徒は全員その場に留めておけ! 俺は常盤先輩を呼んでくる!
 それだけ指示すると、紅月は四階の七星の部屋へと駆けていった。銀太は幹部の大室です、幹部の大室です、と叫びながら女生徒の死体へと近づいていった。秋姫はどうしたらいいのかわからない様子で、座っていた席から立ち上がろうともせず、遠巻きに状況を眺めていた。
 死体の周りにいる住人たちは、銀太が近づいてきたのを認めると、死体から離れて円形の空間を空けた。銀太は周りの人間に、すぐに七星と幹部が駆けつけるから死体を触らないように言い、死んだ女生徒と同じテーブルにいた人間は誰か聞いた。三人の女生徒が手を上げた。銀太は彼女たちに女生徒が死亡した前後の状況を聞くために、この場に残るように言いつけた。死亡した生徒と三人がどういう関係か聞いたが、同室の仲間とのことだった。そして触らないようにしながら死体を検分したが、やはり自殺に使った拳銃は見当たらなかった。あの拳銃はシンボルであり、能力を果たしたために解除されたのだ。七星の推理どおり、コンプレックスを使った殺人事件が起きていることは疑いがなかった。

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