今日のお掃除一件目

文字数 2,027文字

さて会社を出たあたしたちは、まず一件目のお掃除に向かいます。

矢田さんが運転する軽ワゴン車で目的地にあっという間に到着。
まず荷物一式を降ろします。はい、お掃除道具です。
「基本、陰陽式でいいわね」
お掃除する相手を確認したあたしは矢田さんに言いました。
「日本人ですし、いいと思いますよ。先輩にお任せです」
あたしは腕をぐるぐる回しながら頷きました。
「よっぽど頑固じゃなければ、行けるはずよ」
掃除の対象、そこから頑として動かない地縛霊を睨んであたしは言いました。
一件目は、どうやら車に轢かれたお年寄りのようです。杖を抱え道に座り込んだおじいさんが、口をへの字にしているのが見えてます。
「かなり高齢で亡くなったんですね、案外頑固かもしれないですよ」
矢田さんが不安そうに言ったけど、あたしは構わずおじいさんに近付きました。
「まあ、話してみるから」
あたしはそう言うと、おじいさんの前の立ちました。

「おじいさん、動けなくて困ってるんじゃない?」
あたしが声をかけると、おじいさんは大きく目を見開きこっちを見つめ返しました。
「おお、やっと声をかけてくれる人がおったわい」
「立てないのかしら?」
おじいさんは首を横に振りました。
「いや立てるんだがね、なんでかここを離れてはいけない気がしてのう」
「そうなんだ、自分で動こうとはしてないんだ…」
これでだいたい掃除の仕方は決まりです。
あたしは矢田さんに合図を送りました。矢田さんはすぐに、除霊道具を抱えてやってきました。
「あのねおじいちゃん、おじいちゃんがずっとここに居ると困る人がいるの」
あたしが言うとおじいさんは首を傾げました。
「はて、なぜかのう?」
「ええとね、おじいさんは自分ではわかってないと思うけど、危険なの、ここにおじいさんが居ると」
「ああ、車が来るからかね。わしゃ不思議と車には当たらないのだが、危険なのかなやっぱり」
あたしはにっこり笑いながら首を振った。
「ごめんね、危険なのはおじいさんじゃなくて、車を運転してる人の方なのよ。おじいさん忘れちゃってるかもしれないけど、車に当たってすごく怒ったでしょ、その気持ちがね、運転してる人に伝わっちゃうと事故を起こすの」
あたしはそう言って、道の端に置かれた萎みかけの花束を指さしました。
「あの花はなにかのう?」
「覚えてないでしょうね、でも、おじいさんのせいで死んじゃった人がいるの。だから、もうここには居られないのよ」
急におじいさんが悲しそうな顔になりました。
「ここから動けないのに、居られないのかね?」
あたしは頷きました。
「おじいさんは、本当はもう別の場所に行かなくちゃならないの。あたしが手を貸すから、そこに行ってね」
あたしはそう言うと、おじいさんの前で早九字を切り、矢田さんが持って来たお札の一枚をおじいさんの目の前に置きました。
「神命により結を解き冥道を通ず」
あたしが印を結んだままそう唱えると、おじいさんの前の黒い穴が浮かび上がりました。
「さあ、手を出してください、この先がおじいさんの行くべき場所です」
少し驚いたように穴を見ていたおじいさんは、何かに気付いたようです。
「お嬢さんや、わしゃもしやもう生きてはおらんのかね?」
「まあ、お嬢さんなんて言われたの久しぶりです。ありがとうございます。これでも4歳の娘がいるんですよ」
そこで一拍呼吸を置いてあたしは続けました。
「おじいさん、ここで車に轢かれてしまったの。その抱えている杖折れているでしょ、それにおじいさんの片腕どこかにいってしまってるでしょ、死んだときにそうなってしまったのですよ、さあ行くべき場所に行きましょう、待ってる人もいるはずだから」
顔の半分が潰れ崩れたおじいさんが、悲しそうに頷きました。
「すまんかったねえ、気付かなかったよ、ありがとうよ」
一本しかない手を杖から離したおじいさんは、あたしに手を差し伸べました。
あたしはその手を握ると、口の中で呪言をゆっくり唱え、もう一方の手で霊水をおじいさんめがけて振りかけました。
おじいさんはすーっと縮むように細くなり、道に開いた穴にしゅるしゅるっと吸い込まれて行きました。
「さようなら、安らかに…」
あたしが手を放すと、おじいさんは掻き消え、穴もすぼまり消えていきました。

矢田さんが、お清めの塩をさっと振り、お札を回収し一件目のお掃除は終わりました。
今日はまだ残り三件、まだまだ頑張らないといけません。
でも、このお掃除は、体ではなく心が疲れてしまいます。
あたしは、両手でパンと頬を叩き自分に気合を入れました。
「めげるな、母は強くなければ駄目なんだから」
あたしは矢田さんを振り返り言いました。
「さあ、次の現場に向かいましょう」
「はい、先輩」
あたしたちは、きれいに清められた事故多発地点だったカーブを離れ次のお掃除場所へと向かったのでした。

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