文字数 1,853文字

 格好良くない。
 格好のつけ方を、残念ながらボクは学んでいない。
 格好がつかないまま、ボクは〈聞いて〉いる。
 悪魔たちの〈声〉を。


          *****


 見えない。
〈見えない魔物〉が唸る。
 ビルの群れ。
 路地裏。
 暗くて狭くて、どこからかの視線を背中に感じるここで、〈見えない魔物〉が嘲る。
 咆哮が充満する。
 充ち満ちるその声は排水の嫌なにおいと絡まりあう。
 気を確かにもたないと押しつぶされてしまいそうだ。
 ボクは一度、丹田に力を入れて目を瞑り、滅入らないように自分に言い聞かせてから目を開ける。
 誰もいない。
 暗い、狭い、路地裏だ。
「お嬢ちゃん。君、耳がいいの? 悪いでしょ! 流言も聞こえないんだから。頭が悪いから、どうせ聞こえても理解できないだろうけどね。君には、才能がこれっぽちもない! わかる? 無駄! 聞こえてる? 無駄! ねぇ、聞こえてる? いいよねぇ、自分の悪口が聞こえないなんて!」
 声だけが聞こえる。ボクに対する声なのは明白だ。
 息を整える。
 銃を構える。
 銃口を向ける先は、ゆらゆら揺れている、『あの日の残像』だ。

 手が震える。
 撃てるか。
 怖い。
 でも撃つしかない。

「君の考えていることは筒抜けだよ。語彙力もないからね、思い浮かぶ言葉なんてたかがしれている、すぐわかる。わかるかな? バカにされているのが。わからないかな」

 残像は揺れる。陽炎のように。

「ねぇ、お嬢ちゃん。バカにされているの、わからないでしょう?」
 銃の引き金を引く。
 チッ、外した!
 飛び出した弾丸はゆらゆら揺れる残像から逸れて、わきにあったポリバケツを撃ち抜いた。
 散乱するごみ。
 隠れていた猫が飛び出して走り去っていく。
 残像が近づいてくるのがわかる。
 残像がボクに手を伸ばす。
 普通の意味合いでは〈見えない〉けど。

〈見えない魔物〉は、ボクには『あの夏の残像』に〈見える〉のだ。ほかの魔法少女には違う見え方をするらしいけど。それが、〈幻獣〉。

「感染しそうだ……」

 こめかみを指で押さえる。
 悪意と敵意が感染する、その前に、撃たないと。
 助けは……来ない。決めたでしょ。
 助けられるんじゃなくて、助けるんだって。
 助けるのはボクの役目なんだって。

 ずっと悩んできた。
 見えない魔物……この残像。
 ボクはあの日の残像を殺しつくす。
 ほかの魔法少女を助けるなら、自分の残像の始末を自分でつけなくちゃダメなんだ。
「自分の悩みに負けるなんてダメ。清算する。ここで終わらないために、終わらす」
 もう一度、銃を向ける。
「聞こえませーン。お嬢ちゃんは頭が悪いだけじゃないんだねぇ。ものをしゃべることも碌にできないんだねぇ。バーカ。バカは頭の中がぐにゃぐにゃだからねぇ。顔までぐにゃぐにゃ。本当に人間の顔かい、ブサイクが。ひゃっは。清算だとよ、ひゃひゃひゃひゃ。できないことはすんなや」
見えないけど、確かに存在するそれに。
「清算できない? できる。いつか。ボクは耳が悪いんだ、ごめん。キミタチの声なんて、知らないよ!」

 銃を撃つ。

 衝撃が自分にもくるが、体勢を崩さないようにして前をちゃんと見る。

「おかしいのはキミタチの方だ! ボクはキミタチには殺されない!」

 弾丸が〈見えない魔物〉に吸い込まれていく。
 首が折れて、身体から血が飛び出る。
 骨の断片が肉片と一緒に地面にぐにゃり、と落ちる。
 吐血する身体、と言えばいいのか?
 噴き出す血。血。血。血。血。
 断末魔もボクは無視する。

 そして消える、〈声〉。

 この場の〈虚妄空間〉が弾け飛んだ。


 涙があふれる。
 聞こえていたんだ、全部。
 声の針がボクに刺さって、涙が出る。
 いつだって。
 今だって。


 セピア色の思い出の中。
 泣いていた。
 ボクはあの日、泣いていた。
 誰も助けてくれなかった。
 思い出しすぎると〈虚妄空間〉に取り込まれてしまうだろう。
 残像に隙を突かれて。

 だから、涙があふれても。最後の一線で食い止めて、泣かない。思い出さないように。
「嘘つき」
 ボクはいなくなった〈見えない魔物〉の〈声〉に毒づく。

「嘘つき」

 もう一度言ってから、ボクはその場から去る。
 そう。ボクには『聞こえる』んだ。
 これが、魔法少女としての、ボクと〈幻獣〉との戦い。



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