焼却炉

文字数 2,000文字

 義彦と康彦は双子の兄弟で僕と同じクラスにいる。ふたりとも知的障碍者でHRが終わると連れ立って教室を出、一階の特設学級で授業を受ける。昼になると戻ってきてこの教室で給食を食べる。できるだけ通常学級の生徒と一緒に過ごさせたいとの両親の希望でこのような措置になったらしい。本当は特設学級にも行かせたくなかったらしいのだが、学校との話し合いで折衷案が用意されたのだった。

 飲んだくれの父親としょっちゅう殴られている母親。ぼろぼろの制服を着て暗い目をした僕に話しかける級友はいず、いつもひとりぼっちだった。給食もひとりでぽつんと食べていたが、いつの間にか義彦、康彦と机をくっつけて食べるようになった。確か担任に言われてそうしたのだった。特設学級で食べればいいのにと思ったが黙っていた。

 義彦と康彦の家は門から玄関に辿り着くまでの間に木が何本も生えていて林のようだった。玄関に入るとまずお手伝いさんが迎えてくれるのだ。ふたりには他にきょうだいがいない。彼らの部屋は十二畳ほどの真ん中をアコーディオンで仕切りそれぞれに分け与えられていた。ひとつの部屋が僕の家の居間よりもずっと大きいのだ。

 そこにはゲーム機があり、義彦と康彦は部屋に入るとアコーディオンをとっぱらい機械を起動させた。知的障碍者といっても毎日やってるからなのか彼らのゲーム操作は意外と上手かった。でも対戦すると僕の方が圧倒的に強くすぐゲームが終わってしまう。ゲームの後は漫画を読んだりアニメのビデオを見る。いずれも僕は買ってもらえない。

 そのうちドアがノックされて母親が入ってくる。最初女優かと思った。お盆に乗っているのは僕の家では絶対に出ない紅茶と夢のように旨いケーキだ。こんなきれいな人が知的障碍者を産んで僕の母のような不細工が健常者を産む。世の不可思議を僕は心の中で笑った。

 僕はゲームとケーキ目的でほぼ毎日豪邸に通った。ゲームしたり漫画を読むだけで会話をしなくていいので楽だった。だって、ふたりとも喉に詰まった言葉をつっかえながら吐き出すような喋り方で、何を言ってるのかよくわからないのだ。給食の時間中も喋っている彼らを横目に僕は黙っていた。漫画を読んでいる最中にたまに「竹中くん、な、なあ」と喋ってくるので「いま読んでる最中だから」と邪険に突っぱねた。

 そのうち僕は面白い遊びを思いついた。義彦にばかり話しかけ、康彦を無視する。要するに康彦を仲間外れにするのだ。一定期間がすぎると今度は逆に義彦を無視する。義彦と康彦は普段は仲が良いが、僕が親分みたいな立場になっていたから僕に気に入られようと積極的にこの遊びに加担した。給食の時間中はその時仲良くしている側にだけ盛んに喋りかけた。無視する側が僕たちに話かけられずしょんぼりする姿を見てふたりでおかしそうに笑った。クラスのみんなから相手にされていなかった僕の、それは復讐といえるかもしれなかった。

 夏休みに入り数日が経った。ふたりの豪邸に行くとたまには外で遊びたいという。腹が立ったが今後もゲームさせてもらうために機嫌をとっておこうと思い直し、しぶしぶ従った。ふたりについていくと学校の敷地内に入ってゆく。ここで鬼ごっこしようと言う。そんなガキみたいなこと嫌だよ、と言いかけてゲームのために黙った。義彦が鬼になり校庭の大きな欅の幹に顔をつけて数をかぞえはじめた。僕は仕方なく隠れる場所を求めて走った。

 幾度目かの鬼のあと康彦が欅の幹に顔をつけた。僕はすでに飽き飽きしておりこれが終われば帰るつもりだった。体育館の裏に焼却炉がある。焼却炉のそばに立ちゴミが燃えさかる音を聴くのが僕は好きだった。炎に巻かれ形あるものがむなしい灰と化すのを想像すると心が躍るのだった。用務員さんに見つかると危ないと言われ怒られるのだが僕はしょっちゅう彼の目を盗んでは焼却炉に行った。今は夏休みで用務員さんはいない。

 僕は焼却炉の扉のふたつの輪っかに通された鉄の棒を抜き、扉を開けた。ぎぎ……。中に入り、扉を閉めた。僕の体がようやく入るほどのわずかな空間。燃えカスは片付けられているが焦げた臭いが充満している。死体を焼く焼場ってこんな感じなのかなとふと思った。突っ立って四隅を見回しているとガン、と硬い音がする。外に出ようとするが扉が開かない。義彦と康彦の笑い声がする。扉に鉄の棒をかけたらしい。遊びのつもりか? 冗談じゃない。
「おい、開けろよ」
 叫んだが返事がない。夏草を踏みしだく音が遠ざかり、やがて消えた。

 学校の周囲は広い田んぼになっており民家はない。連日の猛暑。午前中の今でも既に熱気でムッとしている。午後にかけこの中はさらに高温に蒸しあがるだろう。熱のせいだけではない汗が全身から噴き出した。



 おおーい、義彦、康彦。
 ここから出してくれ。
 僕が悪かった。悪かったよ。
 頼むから、ここから出してくれよお。










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