第1話

文字数 2,118文字

 マヨネーズだ。
 出るんだよ、両手から。

 おっと。信じられないなんて否定しないで、最後まで落ち着いて聞いてほしい。
 人生ってやつは思いもよらないことの連続だし、もしかしたら明日ぼくは交通事故で死んでしまうかもわからない。それにしたって両手からマヨネーズが飛びだすよりかは、いくらか現実味のある出来事なわけだからね。

 ちょうど今の君がそう感じているかもしれないみたいに、当時のぼくは退屈な日常にうんざりしていた。
 だから両手からなにかを出してみようと考えたのかもしれないし、あるいはただの冗談みたいなものだったのかもしれない。
 いずれにせよその日は朝からムズムズしていて、なにか出そうな気配があった。クラスメイトの前でふざけて「破ァッ!」と両手を構えたのもそんな理由からだ。

 そしたら出たんだよ。 
 びゅるっとね。
 信じられない勢いで。
 マヨネーズが。

 驚いたね。ぼくはもちろん、クラスメイトからしたら世界の終わりみたいなものだったと思うよ。いきなりマヨネーズ出されるんだぞ。恐怖しかないだろ。
 でもその子はちょっとズレていてね、ぼくの中から飛びでた白い液体をペロっと舐めてこう言ったわけさ。
 ねえマヨネーズ出てるんだけど、どういうこと?
 そんなの聞かれても困るよ。いまだになんでマヨネーズ出るのかわからないし。

 ともあれぼくはその日から、両手からマヨネーズを出す力を手に入れた。
 波動とか炎が出せるならまだ恰好がついたけど、飛びだすものが調味料ではヒーローにもなれないし、最初に出したときに居合わせたクラスメイト以外の誰かに知られたら、いったいどんな目にあうかわかったものじゃない。
 だからぼくはマヨネーズできることを秘密にしたし、マヨネーズできることを封印した。
 でも困ったことに驚いた拍子にマヨネーズしてしまうことがたびたびあって、そのたびにえ?? みたいな空気が流れるようになった。
 そりゃそうだよね、普通マヨネーズは両手から飛び出ないわけだから。

 おかげさまで退屈な日常は打破されたわけだけど、それはぼくの期待していた変化とはかけ離れていた。
 たとえば恋人とデート中に、重要な会議に出ているときに、ジェットコースターに乗ったときに、くしゃみをしたときに、マヨネーズしてしまったら、いったいどうやってごまかせばいいのだろう。
 いやあこれ謎の白い液体なんでアハハなんて言おうものなら余計に誤解されてしまうし、なにより床や壁をべちょべちょに汚してしまう。
 ああ、またマヨネーズしてしまった……。そういう事故が起こるたびにぼくは後悔したし、コントロールできない力にうんざりしたものさ。

 でもねえ、人生ってのは思いもよらないことの連続だから、マヨネーズしてしまうことがきっかけで幸福を手に入れることだって起こりえるんだ。
 あの日のぼくは恋人に振られたばかりで、いや、両手からマヨネーズが出てしまうこととはまったく関係なくてデート中にうんこ漏らしたからなんだけど……とにかくヤケになっていて、いっそ街中で盛大にマヨネーズしてやろうと考えたのさ。
 
 で、行動に移した。
 とはいえ周囲になるべく被害が出ないように、べちょべちょした調味料をすぐに洗い流せるようなところでね。マヨネーズをスプリンクラーした。
 まあ実は密かに必殺技的なものを習得していたおかげで、それはちょっとした見世物になった。しかもぼくのパフォーマンスを見学していた人の中に、こう言ってきた人までいてね。

 まさかあなたも、両手から調味料を出せるんですか!?

 そう、仲間がいたのさ。驚きべきことにその女性はマスタードできる人だった。
 驚いたかい。
 でも、君はこれからもっと驚くと思うよ。
 だって両手からマスタードを飛ばせるその女性こそ、のちにぼくの妻になる人なんだから。

 これでわかったかな。自分がどれだけ普通の人と違っていても、理解してくれる人はいるものだし、同じように悩んでいる人と共感しあうことだってできるんだって。
 ぼくが君に伝えたいのは、つまりはそういうこと。
 両手からマヨネーズを飛ばす人間と両手からマスタードを飛ばす人間が広い広いこの世界でめぐりあって、そして愛しあって、調味料以外の素晴らしいものを生みだして、今こうして手紙というかたちで語りかけることができる。

 そうだよ、君のことさ。
 マヨネーズとマスタードが愛している君のことさ。

 だからいつの日か、君が両手からマヨネーズか、あるいはマスタードか、はたまたからしマヨネーズを飛ばすことになったとしても、どうか人生ってやつに絶望しないでほしい。
 それはぼくたちが出会った奇跡のかたちだし、ぼくたちが愛し合った証明でもあるし、なにより君がこれからめぐりあう幸福の、きっかけになるかもしれないのだから。

 ほら、勇気を出してペロっと舐めてごらん。
 美味しいだろ?
 ぼくのマヨネーズも、彼女のマスタードも、そうだった。
 つまりはそれが君の魅力なんだ。
 君という人間の、最高の調味料なんだ。
 
 

 
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