第1話
文字数 3,990文字
20××年。秋津 国は深刻な人口減少に悩まされていた。その叫びが、首相官邸に響きわたる。
「あああああああっ!?」
「そ、総理っ!?」
官房長官が発狂した総理大臣をたしなめ、言う。
「お気をたしかにっ!!」
「それは無理だ!! この国は深刻な人口減少により、存続が危ぶまれるのだぞっ!? どうしたって解決策がない!!」
「そ、そうかもしれませんが……」
やつれたほお、目の下のくまが、問題の根深さを物語っていた。
「大体だな!」
語気を荒げ、総理は憤慨する。
「どいつもこいつも、隙あらば異世界へ移住しようとするんだぞ!? 転生という形で! あいつらには愛国心ってものがないのか!!!」
「まあ、でも彼らにそれを求めるのは、酷ってもんじゃないですかね?」
けれど勤めて冷静に官房長官は返す。
「譬 えるなら、貯金が底をつき、株や不動産もない、借金だけがとりえの家を継がされるようなものですよ。そんなもん、相続したいと思わないでしょう? 誰だって健康で文化的な、最低限度の生活がしたいもんです」
「っ!?」
「だって、そうじゃありませんか。経済はガタガタ、政治は混乱、教育はお話にならず、娯楽もなく、社会は崩壊寸前ですよ?」
「そ、そこを何とかするのが、愛国心だろ?」
「いや、総理……それはあんたの仕事でしょうが!」
あんた呼ばわりされ、眉間にしわを寄せる。が、さすがは行政の長。苦笑を浮かべながらも彼は宣 った。
「sorry……」
「ふざけてるのですか?」
この手の話法は厳粛な場においては、あまり喜ばれない。
「国家とは領土、人民、そして主権がそろってこそ成立する! これはあの世界の敵ドイツの考え方ですが。然るに、本邦はその人民が、消滅寸前なのですよ? もっと真剣になってください!」
苦虫をつぶしたような顔で、官房長官がたしなめる。というか、だいぶ不快感をあらわにして。
「そ、そうはいうけどな、君。外国人研修生制度を続けた結果、海外ではthe Hell Japanの悪評で満ちているのだぞ? どこの物好きが、労働過多で給料寡少なこの秋津国に来てくれると思う? また徴用工問題の二の舞になってしまうではないか!」
「だったら、自国民を増やせばいいでしょう!」
細い腕で机を叩き、官房長官が叫んだ。
「なぜ若者たちを支援しないのです? もっと政府が国民に投資をするべきだと、私は思いますが?」
「ふぁっ!?」
驚き、目を丸くして、ブルドッグのような顔がやせこけた官房長官を覗き込む。
「国民に……投資、だと?」
「ええ、そうですが?」
「正気かね、君は!?」
「いや、いたって全うな提案だと自信を持っていえますけど?」
「 」
しばしの沈黙が流れる。まるで、そう……宇宙人でも見るような表情を浮かべていた。
「総理……何とか仰ってください。あなたはこの国の最高権力者なんですよ?」
「……………………」
しかし返って来るのは無言。と険しく、難しい顔だ。
「そんなに、自国民が嫌いなのですか? あれだけ愛国心を要求しておいて!」
「いやだって君、それは愚鈍な大衆を指導するための方便だぞ? それにウィンストン・チャーチルってアメリカの首相 だって名言を遺 してるじゃないか。『国が何をしてくれるかじゃない、諸君らが国へ何をできるか考えるべきだ」って!」
「……」
唖然 として向かい合う、最高権力者を見つめる官房長官が吐息する。
「それは米合衆国、ケネディ大統領のスピーチなのでは?」
「ふぁっ!?」
世が世なら失言で失職しかねない。もっとも今の秋津国においては、そんな元気などどこにもなかったが。
「ですから、国民はみんな死ぬほどがんばっていたんですよ! そして誰もいなくなりつつある!」
「ウラジーミル・マヤコフスキーをもじってるのかね?」
「……」
わずかに押し黙り、ついでさげすみのまなざしを送り、官房長官が苦笑を浮かべ、つぶやく。
「アガサ・クリスティだろ、バカが……」
と。
「ん? 何か言ったかね?」
「いいええ、何も(笑)」
笑うに笑えない、とはこのことだ。某国では穀物の収穫量を増産するため、稲穂の間隔を狭めるという荒業をやってのけた。結果、とんでもない飢饉に見舞われたそうだが。
(あのアホと同じことをやってるじゃねえかよ、こいつ……)
指導者を選ぶというのは、実際かなり困難を伴う。民主主義は最悪の制度といって過言ではない。
その証拠に、彼の飢餓国もまた、民主主義を称しているのだから。
「で、総理。本当に国民に投資をする気はありませんか? 今必要なのは、人間あっての国家という当たり前を取り戻すことでしょう?」
「愚民なんぞ、放っておいたって勝手に生えてくるだろ?」
「ソビエトじゃないんですから……畑から人間が取れてたまるかっ!!!」
「ええっ!?」
が――執務室に驚愕の叫びがとどろく。
「ど、どうされたのですか!?」
「愚民って……田畑から勝手に生えてくるんじゃないの?」
「 」
正真正銘のバカだ、と頭を金槌 で殴られたような気分となる官房長官。だけど役職上、そんな言葉は口にできない。
「その……総理は武田 信玄 をご存知ですか?」
だから話を逸らした。
「おお、知ってるぞ! 天狗から武術を教わり、八艘 跳びで平家の武士たちを切ったはったの――」
「それは源 義経 です! 時代が何百年もズレてますよ! 私が言ってるのは、戦国大名の話でしてね!」
「ああ、そうだったな! 『名刀を求めるな。粗雑な百本の槍には勝てないから』ってやつ――」
「だから、それは朝倉 考景 ! なんでこいつを知ってて、武田信玄を知らねーんだよ!!! 太 河ドラマでも散々やってるだろ? そもそも秋津史をちゃんと勉強したのかあんた!?」
因数分解を知ってて、四則計算できないような印象だ。
「え、私は中学時代、社会科は一度も5以下を取ったことはないぞ?」
「本当ですかねえ……」
先ほどからだいぶ間違った知識を披露 し続けている。チャーチルをアメリカの首相だとか、武田信玄と源義経を混同したり。
「う、疑うのかね、君っ!?」
「いや、別に大臣としての責務を全うしてくれるなら、バカでもチ○ンでも構わないんですが――」
「が?」
「愛国心を謳 いながら、民草を踏みつけて恬 として恥じない姿勢はいただけませんな」
「 」
ぶちっ――と血管が破裂したような音が室内をエコーした。
「わ、私が朝○人だとでもいうのかねっ!?」
「だから出自なんてどうでもいいせしょうが! 何人だろうとこの国のために骨を折り、汗を流し、国民を幸せにできる人が求められてるわけですよ!鄧 小平 じゃないですが、黒猫でも白猫でもねずみを取るのがいい猫なんです!!」
「つまり私がぶーに○んだとでも?」
「そう思うなら芋でもかじって、黙っていてほしいですな」
「ふぁっ!?」
「とりま、私が申し上げたいのはですね! 人は掘で、人は石垣で、人は城だということなんですよ! 分かりますか、総理!?」
「人生五十年、下天 のうちに比べれば夢幻 の――」
「だからボケてんのかっ!?」
「そ、そんなに怒らなくったっていいじゃない……」
「これが怒らずにいられますか! 情けは味方で、仇は敵になるんですよ!! 国民をないがしろにしてきたツケを今、この国は払わされているのですから!!!」
「そ、そんなこと……」
「あります!」
彼の断言に、執務室がシン、と静まり返る。それはもう、不気味なくらいに。
「なんてことだ……」
うなだれ、机を凝視 する総理は力なくつぶやく。
「私は……私は、なんてことを…………」
「解っていただけましたか、総理?」
もしかすると政治が動く――そんな期待にわずかばかりの望みを抱き、官房長官が安堵 の息をもらす。
「そうだ、私はこれまで間違いを犯し続けてきた」
「総理……」
「だから反省しよう! この愚かな過ちを、二度と繰り返さぬために!!!」
「では……」
やっと思いが通じた。これで自国の民草がこれ以上虐げられることはない。誰もが、その尊厳を踏みにじられることなく、貧困にあえがず、生活できる。ハエもカもねずみも泥棒もいないユートピアは目前だ!
なに、独裁?
あの第三帝国だって、アーリア人と認められた者は、週末にピクニックできるほどの文化的生活を享受 していた。歴史的に今なお残る傷跡を世界中に置き土産してきたのは、むしろイギリスではないか!
ナチズムより、立憲民主制の方が、人類へ惨禍 をもたらしたといって過言ではないだろう。
そう――これは歴史的事実だ。
ライミーこそ、アドルフより邪悪な存在ではないか!!!
そう、独裁にだって長所はある。ナチズムを否定する左翼だって、スターリンや毛沢東を賛美していたのだから。つまり、独裁は否定していない!!!
だって、強権を批判しながら、暴力革命前提の民主集中制を墨守する政党だってあるくらいなのだ。
ハイルヒトラーはダメでも、スターリンウラーや造反有理はおっけー。これは人類が勝ち取った進歩(笑)の証!!!
そうだ、独裁はバカでクズのゴミ野郎が権力を握らなければ、多くの場合上手くことが運ぶ。ヒトラーは天才だったし、ナチスの幹部は高知能だと巷ではささやかれているらしい。
共産主義も、聖人君子が統治するなら、きっと成功しただろう。
問題は……ここ秋津国では、上に行けば行くほどバカに出会える、という宿阿 だけ。総理の知性と品格が試されているのだ。
「私は――第二の秋津民族を造る!!!!!」
「ふぁっ!?」
予想を斜め上いく総理大臣の発言に、官房長官はわが耳を疑わざるを得ない。聞き間違いではないのか、と。もしくはまいどのボケということもある。
しかし……彼は言った。
「というわけだ。私はホムンクルスを大量生産することで、祖国の人口増加へ貢献したい!!! これぞ人民への投資ではないか! 君も協力してくれるね?」
と。
「あああああああっ!?」
「そ、総理っ!?」
官房長官が発狂した総理大臣をたしなめ、言う。
「お気をたしかにっ!!」
「それは無理だ!! この国は深刻な人口減少により、存続が危ぶまれるのだぞっ!? どうしたって解決策がない!!」
「そ、そうかもしれませんが……」
やつれたほお、目の下のくまが、問題の根深さを物語っていた。
「大体だな!」
語気を荒げ、総理は憤慨する。
「どいつもこいつも、隙あらば異世界へ移住しようとするんだぞ!? 転生という形で! あいつらには愛国心ってものがないのか!!!」
「まあ、でも彼らにそれを求めるのは、酷ってもんじゃないですかね?」
けれど勤めて冷静に官房長官は返す。
「
「っ!?」
「だって、そうじゃありませんか。経済はガタガタ、政治は混乱、教育はお話にならず、娯楽もなく、社会は崩壊寸前ですよ?」
「そ、そこを何とかするのが、愛国心だろ?」
「いや、総理……それはあんたの仕事でしょうが!」
あんた呼ばわりされ、眉間にしわを寄せる。が、さすがは行政の長。苦笑を浮かべながらも彼は
「sorry……」
「ふざけてるのですか?」
この手の話法は厳粛な場においては、あまり喜ばれない。
「国家とは領土、人民、そして主権がそろってこそ成立する! これはあの世界の敵ドイツの考え方ですが。然るに、本邦はその人民が、消滅寸前なのですよ? もっと真剣になってください!」
苦虫をつぶしたような顔で、官房長官がたしなめる。というか、だいぶ不快感をあらわにして。
「そ、そうはいうけどな、君。外国人研修生制度を続けた結果、海外ではthe Hell Japanの悪評で満ちているのだぞ? どこの物好きが、労働過多で給料寡少なこの秋津国に来てくれると思う? また徴用工問題の二の舞になってしまうではないか!」
「だったら、自国民を増やせばいいでしょう!」
細い腕で机を叩き、官房長官が叫んだ。
「なぜ若者たちを支援しないのです? もっと政府が国民に投資をするべきだと、私は思いますが?」
「ふぁっ!?」
驚き、目を丸くして、ブルドッグのような顔がやせこけた官房長官を覗き込む。
「国民に……投資、だと?」
「ええ、そうですが?」
「正気かね、君は!?」
「いや、いたって全うな提案だと自信を持っていえますけど?」
「 」
しばしの沈黙が流れる。まるで、そう……宇宙人でも見るような表情を浮かべていた。
「総理……何とか仰ってください。あなたはこの国の最高権力者なんですよ?」
「……………………」
しかし返って来るのは無言。と険しく、難しい顔だ。
「そんなに、自国民が嫌いなのですか? あれだけ愛国心を要求しておいて!」
「いやだって君、それは愚鈍な大衆を指導するための方便だぞ? それにウィンストン・チャーチルって
「……」
「それは米合衆国、ケネディ大統領のスピーチなのでは?」
「ふぁっ!?」
世が世なら失言で失職しかねない。もっとも今の秋津国においては、そんな元気などどこにもなかったが。
「ですから、国民はみんな死ぬほどがんばっていたんですよ! そして誰もいなくなりつつある!」
「ウラジーミル・マヤコフスキーをもじってるのかね?」
「……」
わずかに押し黙り、ついでさげすみのまなざしを送り、官房長官が苦笑を浮かべ、つぶやく。
「アガサ・クリスティだろ、バカが……」
と。
「ん? 何か言ったかね?」
「いいええ、何も(笑)」
笑うに笑えない、とはこのことだ。某国では穀物の収穫量を増産するため、稲穂の間隔を狭めるという荒業をやってのけた。結果、とんでもない飢饉に見舞われたそうだが。
(あのアホと同じことをやってるじゃねえかよ、こいつ……)
指導者を選ぶというのは、実際かなり困難を伴う。民主主義は最悪の制度といって過言ではない。
その証拠に、彼の飢餓国もまた、民主主義を称しているのだから。
「で、総理。本当に国民に投資をする気はありませんか? 今必要なのは、人間あっての国家という当たり前を取り戻すことでしょう?」
「愚民なんぞ、放っておいたって勝手に生えてくるだろ?」
「ソビエトじゃないんですから……畑から人間が取れてたまるかっ!!!」
「ええっ!?」
が――執務室に驚愕の叫びがとどろく。
「ど、どうされたのですか!?」
「愚民って……田畑から勝手に生えてくるんじゃないの?」
「 」
正真正銘のバカだ、と頭を
「その……総理は
だから話を逸らした。
「おお、知ってるぞ! 天狗から武術を教わり、
「それは
「ああ、そうだったな! 『名刀を求めるな。粗雑な百本の槍には勝てないから』ってやつ――」
「だから、それは
因数分解を知ってて、四則計算できないような印象だ。
「え、私は中学時代、社会科は一度も5以下を取ったことはないぞ?」
「本当ですかねえ……」
先ほどからだいぶ間違った知識を
「う、疑うのかね、君っ!?」
「いや、別に大臣としての責務を全うしてくれるなら、バカでもチ○ンでも構わないんですが――」
「が?」
「愛国心を
「 」
ぶちっ――と血管が破裂したような音が室内をエコーした。
「わ、私が朝○人だとでもいうのかねっ!?」
「だから出自なんてどうでもいいせしょうが! 何人だろうとこの国のために骨を折り、汗を流し、国民を幸せにできる人が求められてるわけですよ!
「つまり私がぶーに○んだとでも?」
「そう思うなら芋でもかじって、黙っていてほしいですな」
「ふぁっ!?」
「とりま、私が申し上げたいのはですね! 人は掘で、人は石垣で、人は城だということなんですよ! 分かりますか、総理!?」
「人生五十年、
「だからボケてんのかっ!?」
「そ、そんなに怒らなくったっていいじゃない……」
「これが怒らずにいられますか! 情けは味方で、仇は敵になるんですよ!! 国民をないがしろにしてきたツケを今、この国は払わされているのですから!!!」
「そ、そんなこと……」
「あります!」
彼の断言に、執務室がシン、と静まり返る。それはもう、不気味なくらいに。
「なんてことだ……」
うなだれ、机を
「私は……私は、なんてことを…………」
「解っていただけましたか、総理?」
もしかすると政治が動く――そんな期待にわずかばかりの望みを抱き、官房長官が
「そうだ、私はこれまで間違いを犯し続けてきた」
「総理……」
「だから反省しよう! この愚かな過ちを、二度と繰り返さぬために!!!」
「では……」
やっと思いが通じた。これで自国の民草がこれ以上虐げられることはない。誰もが、その尊厳を踏みにじられることなく、貧困にあえがず、生活できる。ハエもカもねずみも泥棒もいないユートピアは目前だ!
なに、独裁?
あの第三帝国だって、アーリア人と認められた者は、週末にピクニックできるほどの文化的生活を
ナチズムより、立憲民主制の方が、人類へ
そう――これは歴史的事実だ。
ライミーこそ、アドルフより邪悪な存在ではないか!!!
そう、独裁にだって長所はある。ナチズムを否定する左翼だって、スターリンや毛沢東を賛美していたのだから。つまり、独裁は否定していない!!!
だって、強権を批判しながら、暴力革命前提の民主集中制を墨守する政党だってあるくらいなのだ。
ハイルヒトラーはダメでも、スターリンウラーや造反有理はおっけー。これは人類が勝ち取った進歩(笑)の証!!!
そうだ、独裁はバカでクズのゴミ野郎が権力を握らなければ、多くの場合上手くことが運ぶ。ヒトラーは天才だったし、ナチスの幹部は高知能だと巷ではささやかれているらしい。
共産主義も、聖人君子が統治するなら、きっと成功しただろう。
問題は……ここ秋津国では、上に行けば行くほどバカに出会える、という
「私は――第二の秋津民族を造る!!!!!」
「ふぁっ!?」
予想を斜め上いく総理大臣の発言に、官房長官はわが耳を疑わざるを得ない。聞き間違いではないのか、と。もしくはまいどのボケということもある。
しかし……彼は言った。
「というわけだ。私はホムンクルスを大量生産することで、祖国の人口増加へ貢献したい!!! これぞ人民への投資ではないか! 君も協力してくれるね?」
と。