第1話

文字数 2,050文字

 夏旅in島根(石見銀山編 2015年)①

 夏はやはり旅だ、と勝手に思っている。今年は、まだ行ったことのない島根県に行くことにした。県を決めたはいいが、島根は広い。どこを目標に行こうか、とネットを見ていると、洞窟の写真が出てきた。石見銀山である。
 私は洞窟と聞くとワクワクしてしまう。薄暗くてじめっとした所になぜか惹かれてしまうのだ。世界遺産みたいだし、よし、ここにしよう、と決めた。
 あまりよく調べなかったせいで、湯泉津という石見銀山から離れた場所に宿をとってしまった。というか、湯泉津町から石見銀山がある大森町まで自転車で行けると思っていたのだ。同じ太田市内だから、その程度の距離だとたかをくくっていたのだが、まったくとんでもなかった。太田市は近年どこかと合併したらしく、実に広大だったのだ。
 電車の本数が少なかったので、ええい!と思い切ってタクシーを駆使した。珍しく女性の運転手で、立て板に水の如く解説をしてくれた。
「石見銀山が世界遺産に選ばれたのは、周りに自然が沢山残っていたからです。何年か前、外国の鉱山で事故が起きましたでしょ。あのときテレビに映ったのを見て、同じ鉱山かと驚きました。緑がなんにもない、禿げ山なんです。鉱山っていうのは木を切って地面を掘るから、だいたいそうなってしまうんですね。でも石見銀山は、昔の人が後世の人のために木をたくさん植えておいてくれたんです。そういう周りの自然と調和している点が評価されて、世界遺産に選ばれたんです」
 フムフム、と納得しているところで大森町に着いた。洞窟まで自転車で行く予定だったので、レンタルサイクル店の前で停めてもらった。
普通の自転車と電動自転車の二種類があった。電動自転車は少し値段が高く、乗ったことがなくて怖いイメージがあったので、普通の自転車にした。お釣りにもらった五百円玉が妙に光っていて、私は思わず言った。
「さすが銀山ですね。光り方が違う」
 瞳の色の薄い男性店員は、いやぁ、それはないと思いますよ、ははっ、と笑った。
さて、自転車に乗って土産物店が並ぶ細い一本道を進んだ。空気は澄み、鳥の声が聞こえてきて、のどかでとても素敵だった。だが灼熱の太陽が容赦なく照りつけてくる。
途中、神社に寄ったりしつつ暢気にペダルを漕いでいたのだが、次第に店が途絶え、両側が杉並木になってきた。平らだった道も坂道となる。電動自転車に乗った観光客に、私はどんどん追い抜かされていった。立ち漕ぎをしてすっかり汗だくになった頃、洞窟前に到着した。
入口は、丸太でかっちりと四角に囲まれている。中から白い冷気が猛烈に出ていた。なんとなく、テーマパークのお化け屋敷みたいだった。夏場でも、洞窟内は十五度だという。
「クーラーみたーい」
「すずしーい」
 子供達が口々に声を上げている。入場料四百十円を払い、中に入った。
いやはや、じっくり見るどころではなかった。汗びっしょりの私は、濡れた皮膚がスースーし過ぎて、じっとしていられなかったのである。(エッセイ「たまにちょっとやるようになったこと」参照)あまりの寒さに耐えられず、入って数歩のところで走ることにした。立ち止まって解説を読んでいた女性が、後ろから凄い勢いで駆けてくる足音に驚き、子供に慌てて言った。
「どいてあげて!」
 すみません、と言いつつ、私は人々の間を走り抜けた。世界遺産をものの二十秒ほどで駆け抜けた私は、明るく暖かい外に出てほっと息をついた。全身に太陽の恵みを感じる。
 入口と出口は別の場所だったので、さっきと違う風景が広がっていた。観光客に混じって、遺跡や土産物店など見つつ、再びレンタルサイクル店に戻ってきた。
 さっきの男性店員の父親らしい、更に瞳の色の薄い年配の男性が、銀山の解説をしてくれた。
「鉱夫は三十歳になると、鯛のおかしらを食べてお祝いしたんです。なんでかというと、それまでにたいがいの人は死んじゃうから。当時、みんな鉱夫は早死にでね。鉱山の中は酸素が薄いし、薄暗い中でじーっと座って掘ってるでしょ。粉塵も吸うし、事故も多かったんです」
 鉱山の断面図を見ながら、私は複雑な気分になった。さっきから気になっていた棚の上のぬいぐるみを指さした。
「あれはなんですか」
 らとちゃん、という名前が付いたそのキャラクターは、銀山の入場券やポスターの中でも見かけていた。
「あれは法螺貝。螺灯っていって、昔は法螺貝に油を入れて火をともして、その灯りを頼りに銀を掘ってたんです」
 洞窟の暗闇の中、それはさぞかしささやかな光だったことだろう。螺灯だけを頼りに地下へともぐっていく鉱夫を思い、私はどんよりとした気分になった。暗闇&閉所恐怖症の人はまず無理である。地道で気の遠くなるような作業は、まるで刑罰の一種みたいだと思った。
 土産物店で、銀のピアスを買った。鉱夫達がこつこつと銀を掘ったことを思いながらピアスを見ると、特別な感じがする。やっぱり石見銀山で買った銀のピアスは輝きが違うなっ、と私は思った。
 
 
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