第7話

文字数 616文字

名刺を傍らのハンドバックにしまうと、香織は涙をハンカチでぬぐい、ねえ、今日はあたしの家に泊まっていかない?と普段の人懐っこい笑みを浮かべた。
「まだ真由美と話したいことがたくさんあるの。久しぶりだから。いいでしょう?」
真由美は腕時計を見やる。12時を回っている。こんなに遅いなら東京行の終電はないかも、それなら……と思った矢先、ホームの先からほの明るい光が見えてきた。
「ごめん香織、私、明日仕事だから」
真由美の返答に香織は残念そうにしながらも、携帯をいじると自分の連絡先を真由美のものと手早く交換した。そして頬を赤らめて少し改まったように、いろいろありがとう、と言った。すると真由美は片手で彼女の肩を押し、頑張って、とだけ返した。香織の顔に、あの日の夕暮れが差した気がした。


電車に乗り、窓越しに香織を見届けると、真由美はそのまま座席に沈み込んだ。いつもの仕事以上に身体に堪えた気がする。両肩に重しが乗っかったようだ。ただ香織の笑顔が目に浮かぶと、何か胸のつかえがとれ、白湯を飲んだ時の様に胸の奥が温かくなった。
その時ふと、今まで自分の付き合いがむなしかったのは、忙しいからではなく、自分にも相手にもうそをついていたからではないだろうかという直感に、彼女は打たれた。すると今度は、急に胸が締め付けられた。


一人ぼっちの車内で、真由美は、このままでいいの……、このままでいいの……?とぽつり、ぽつりとつぶやいていた。
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