第2話 老人ホーム

文字数 1,171文字

アー、疲れたっ

 僕が育った下町では、パンチパーマにヒョウ柄スパッツ、虎の顔のプリントされた長袖Tシャツを着たオバサンが普通だったので、この高齢者入居施設の、普通に上品な服を着たお爺さんお婆さんたちは「楽勝~」って思っていたんだけど。。。

 どうしてなかなか大変だ。プライドが高くて、文句が多い。


 その中で異色なのが、サイトウさんだ。

 文句は言わないが、口数は人一倍多い。そして、それがほとんど漫談なのである。

 今日も今日とて、僕が「具合が悪い、薬が足りない」と騒ぐお爺さんに手こずっていると、すぃーと近づいてきて、話し掛けてくる。

どうせ年なんだから、手いっぱい薬を盛ってやればいいじゃないの
処方薬は勝手に盛れないんです
あれならいいんじゃない? ()ルヒネ
そんなの()ったら、ダジャレじゃすまないですよ
私にはモルヒネよりも解毒剤が必要だわねぇ
誰もサイトーさんの食事に毒なんて()ってないですよ
私は口から毒を吐くから
そっちですか。吐く前に解毒ってどんだけ先回りですか
流行(はや)りの時短。老い先短いから
リアクションしにくいこと言わないでください
あーあ、こんなとこで毒吐いても一銭にもなんないし、面倒くさいバァさんだって言われちゃうだけだし。いっそ、M-1とか出らんないかしら
M-1は漫才ですから、相方が要りますよ
『昨日死にました、何しろこの年なんで』って言ったら、お茶の間がどかーんと
どかーんと笑いませんよ。今はコンプライアンスとか、ありますからね。昭和じゃないから
つまんない世の中になっちゃったわねぇ

 正直、このサイトーさんの相手は、結構面白かったりするのだが、こういう場所で特定の入居者だけを相手すると、えこひいきだなんだと面倒なことになるので、いつも適当なところで切り上げる。向こうも心得たもので、キリのいいところで話をやめる。

 時々、僕が彼女の相手をしているのか、彼女が僕の相手をしてくれているのか、わからなくなる。

また、あのお爺さんに手こずっているの?
ええ、まぁ……いっつもあっちが調子悪い、こっちが具合悪いって延々と愚痴を聞かされるんですよ

ああ、胃の調子が悪いのは、財産がありすぎるからよ

ええ?
胃酸過多……遺産過多……ってね
……
実際、あの人はそれで、ご家族とあまり、上手くいってないみたいなの
え。そうなんですか?

前にこんなこと言ってたのよ。

『お金がいっぱいあるときに暮らしていくのは簡単。お金がないときの暮らしは、頭を使ってやりくりしなくちゃいけないから、子供たちにはそういうのを教えておきたかったんだけど、ダメだねぇ。ケチだなんだと文句ばっかりで』って。

お金があれば幸せってわけでもないのねぇ

そんなことがあったんですね……
まあ、私にとってはあなたとお話するのが財産みたいなものね
え?

満財(まんざい)……ってね

おしまい
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