ラプソディ1963

文字数 2,342文字

 わたしは、呱呱(ここ)の声をあげた。

 自らを言語情報に変換し、生まれたばかりの嬰児の意識に侵入することに成功したのだ。この星の住民たちに理解可能な言葉で説明すれば、わたしは太陽系第三惑星地球に人類(ヒューマン)の子として転生した、ということになる。

 地球で通用する暦で言えば、時間点はA. D.1963年2月17日。地点は、この星で最も強大なアメリカという国。より正確にはニューヨーク州ブルックリンの、とある病院。コンピュータに拠れば、わたしが転生に成功した男は(のち)に神と呼ばれることになる。つまり、わたしはもう地球を掌中に収めたも同然。おかげで性別(セックス)が変わってしまったが、わたしの使命の大きさに比べれば取るに足りないことだ。
 看護師の一人が医師からわたしを抱き取り、産湯を使わせようとした。その看護師の眼を見た時、わたしは慄然とした。人類の眼の奥に、もう一対の眼が光っていたのだ。なんということ! 黒蛇、まさかお前まで転生していたなんて。 

 長年敵対してきた星との最終戦争に敗れ、わたしの星は壊滅した。最後に残った戦闘機の一人乗り用コクピットに、王であるわたしの父は乗り込もうとしなかった。父は民と共に滅びる道を選び、自分の席をわたしに譲ったのだ。
 王族の一員として生を()けながら、わたしが戦闘機の操縦に天賦の才を示し、王立空軍の紅一点だったことも、父がわたしに最後の希望を託した理由の一つだったに違いない。
 王立空軍の兵たちは最後の力を振り絞って囮になり、わたしを逃がしてくれた。この乾坤(けんこん)一擲(いってき)の大勝負は成功したかに見えた。しかし、ただ一機――敵空軍の最も手強いパイロットである黒蛇が、わたしを執拗に追跡してきたのだ。

 地表の70.8%を海に覆われた青い星。地球の美しさに一瞬目を奪われたわたしは、黒蛇の攻撃を避け切れず被弾した。もはやこれまでと観念した時、コンピュータが間一髪のタイミングでわたしを言語情報に変換し、時空間ワープさせてくれた。
 しかし、黒蛇もさるもの。わたしのワープ先を(いち)早く読み取り、時空連続体の穴が塞がる直前に同じ時間点に転生したのである。

 看護師の意識を支配した黒蛇は、(おもむろ)にわたしの首に両手をかける。助けて、とわたしは叫んだ。あなたたちの星の神になる男が殺されようとしているのよ。
 ところが、人類の嬰児の声帯はあまりに不完全だった。オギャアオギャアという意味不明の雑音が病室に虚しく響く。

「デロリスさん、元気な男の子ですよ。ほら、こんなに大きな声で泣いています」
 医師は人類の女――つまりこの嬰児の母親にやさしく微笑みかけた。
 女は疲労困憊(こんぱい)していたが、それでも汗に塗れた顔を晴れ晴れと輝かせながら言った。
「名前はもう決めてあるんですよ、マイケルっていうんです。この子の父親のジェームズがとっくに考えておりますの」
 オギャアオギャア(やめて、名前なんてどうでもいいでしょ! (ひた)ってないで)。
 身体を洗うふりをしながら、黒蛇はわたしの喉にかけた手に次第に力を込める。
 こんな場合だというのに、コンピュータがメッセージを送ってきた。《時間点錯誤》。嘘でしょ、この()に及んで計算間違いだって言うの?

《コノ男ガ、後ニ神ト呼バレルノハ事実。但シ〈ばすけっとぼーる〉ノ神》

〈ばすけっとぼーる〉? なんなのよ、それ! コンピュータの次のメッセージに、今度こそわたしは絶句する。

《球ヲ、籠ニ入レ合ウ遊戯》

 王族の一員として、わたしが今まで身につけてきた教養は、この瞬間ものの見事に崩壊した。
「ちょっといい加減にしなさいよ、〇〇コンピュータ! わたしを今すぐ本当の時間点に飛ばしなさい! さもないとあんたなんか〇〇〇して、〇〇〇〇にするわよ、この〇〇〇の〇〇〇〇〇〇〇が!」 

 怒りに任せて発したわたしの言葉は、銀河系(ギャラクシー)放送コードに引っ掛かりまくった。おかげでここに紹介できないのを遺憾に思う。わたしは最も多く放送禁止用語を使った王族として歴史に名を残すかもしれない。全然残したくないのだけれど。
 コンピュータもさすがにわたしの剣幕に恐れをなしたのか、(ただ)ちに新たな時間点を弾き出した。現在の時間点から約9ヶ月後。11月22日。地点はテキサス州ダラス。

 窒息死の寸前で再びワープ。
 コンピュータに拠れば、この国の最高権力者――ということは、この星で最も大きな力を持った人物ということになる。意識への侵入、成功。最初に聞こえたのは、割れんばかりの大歓声。パレードの真っ最中だったのだ。男の意識を支配したわたしは、今乗っている車がリンカーン・コンチネンタルであり、隣にいるのが妻のジャクリーンだと瞬時に理解する。わたしの隣で、得意満面に手を振っているこの女は、愚かにも夫の中身がすっかり入れ替わってしまったことを知らない。一生知らぬままだろう。でも安心するがいい、わたしは完璧にお前の夫をコピーできるのだ。たとえそれがお前たちだけの秘密――例えばそう、ベッドの中のことであっても。

 あとは時空連続体の穴を閉じるばかり。一旦閉じてしまえば、いくら黒蛇でも侵入は不可能だ。穴はみるみる縮小していく。もう大丈夫。私は思わず安堵の溜息を吐いた。先ずこの星を手に入れてから、復讐(リベンジ)開始だ。使命は、果たさねばならぬ。わたしはにこやかに沿道の歓声に応え、自らも手を振り返す。

 その時である。
 ほぼ閉じかけた時空連続体の僅かな隙を掻い潜って、超高速の

が飛来し、わたしの背後から喉へ抜けた。この脆弱な人類の身体では、喉の傷を押さえようと両手を上げるのがせいいっぱいで、わたしはもはや声を出すことすらできなかった。
 黒蛇が戦闘機の操縦だけでなく、射撃の腕も超一流だったことを思い出した時、二発目の

がわたしの右側頭部を貫いた。
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