第4話
文字数 4,431文字
―――冬は終わった。
見よ、ハンノキの枝を。
寒さに耐えた丸い実と、
眠りから覚めた赤紫の花。
その傍らには緑の若葉が芽吹く。
銀輪の乙女が回す糸車、
ハンノキがその糸を染める。
紅色黄色に緑色。
世界が色に満ちる季節。
その夜、三代目『惑わしの森の隠者』フランはスウィンダンの安宿にいた。
足の向くまま気の向くまま。これといった当てもなくふらふらと放浪の旅を続けていたが、懐 はそこそこ温かだ。どこに行こうが治癒師 を名乗れば歓迎される。フランにはそれだけの腕があった。とある裕福な商家からいただいた謝礼は、ひと冬の実入りとしては十分だった。
(さあて、次はどっちに行こうか)
心地よく酔いの回った頭でぼんやり考える。ふと手元を見下ろすと、ジョッキが空になっていた。
「親父、エールをくれ」
「まだ飲むのかい?」
宿の主人は呆れ顔だ。
フランの他には酔客 が二人。農夫らしき男たちが、帰り支度 をしながら酔っ払い特有の大きな声で話し合っている。聞くつもりはなくても、言葉の切れっ端が耳に入ってくる。
「だからよう、無事に春が来たんで、ほっとしたってのさ」
「そりゃあ、冬が終われば春は来るさ。当たり前だろう」
「違う違う、お前は何を聞いていたんだ」
ふと農夫たちの会話に耳を傾ける。
「名も無き日に、星がやたらに降ったって話だ」
「はあ? 星が降っただと?」
名も無き日。
それは真冬の一日。『衰えゆく半年』と『盛りゆく半年』の隙間にある、闇の女王に捧げられた一日だ。女王の許しがなければ太陽はこの世に戻らず、新たな年は訪れない。孤独な闇に沈む女王の心を慰めるため、人々は断食をして祈る。どうか、太陽をこの世に戻して下さい、と。
「俺は見ちゃあいねえぞ。あの日は毎年 分 厚い雲がかかるじゃないか。そうでなきゃ靄 るし。そりゃあ風が強けりゃ、星も見えるだろうが」
「だから! このへんの話じゃねえ。よそんちの話だ」
「なんだ。なら最初からそう言え」
「さっきから何度もそう言ってるだろうが」
かみ合わない会話を交わしながら、二人連れは千鳥足で店を出て行く。フランはくすくす笑った。
(闇の日に、大量の流れ星か)
果たしてそれは吉兆なのか、凶兆なのか。
どこの話か知らないが、占術師はさぞ困ったことだろう。捧げ物をしてご機嫌を取ろうにも、冬の最中 に蓄 えを減らすわけにはいかない。百年も前なら人が捧げ物になるところだ。
ふとダナンの王子の顔がよぎった。
(そういや、あいつらは元気にやってるだろうか)
たまには様子を見に来てやると言い置いて庵を出たが、その後一度も戻っていない。
街道を東北東へ。ここからなら明日の昼にはミースに入れる。森の庵よりも王城の方がずっと近い。
四代目森の隠者、アリル。弟子の王子としての姿を、フランはまだ見たことがない。
(ちゃんと務まっているのかねえ)
自分の事は棚に上げ、上機嫌でぐいぐいとエールをあおる。いきなり訪ねていったら、彼はどんな顔をするだろうか。
(楽しみだな)
あっさりファリアス行を決めると、フランは空になったジョッキを高々と上げた。
「お代わりをくれ」
「そろそろ看板なんだがね」
宿の親父が溜め息をついた。
王都ファリアスに向かう途中に、イニス・ダナエ最大の聖地、『貴婦人の湖』がある。フランにとっては苦い思い出がたっぷり詰まった場所だ。
墓盗人だった少年時代、フランはアンセルスにある聖女エレインの大神殿に忍び込んだことがある。まんまと墓所まで潜 り込んだが、そこで取り押さえられた。
本来なら密 かに吊 るされて、儚 く人生を終えるところを、免 れて送り込まれた先がここ。湖の貴婦人、妖精女王ニムの統 べる地だった。
(素通りはできねえよなあ)
気は進まないながら、しぶしぶ足を向ける。フランが肉の器に魔力を宿し、訳知り人から『赤の魔法使い』と呼ばれているのはニムのおかげでもある。
(やれやれ)
岸辺にどさりと荷を投げ出し、草の上に腰を下ろす。
湖は今日も深い霧に覆 われている。中央には『緑玉 の島』と呼ばれる島があり、その深い森の中では人ならぬものたちと、賢者や賢女、修行者たちがひっそりと暮らしている。
島に渡りたいと望む者は多い。はるばる海の向こう、大陸から訪れる者もいる。しかし誰もがその望みを叶えられる訳ではない。ニムに認められた者の前にだけ、迎えの船が現れる。その船でなければ、島に渡ることはかなわないのだ。
(いっそ、迎えが来なけりゃいいんだが)
霧に覆われた湖面を眺めながら、フランはぼんやりと思った。
と、その思いを裏切りるかのように、霧のカーテンが割れた。水上に一筋の道が現れ、静かな湖面に波紋を描いて一羽の白鳥がゆっくりと近づいてくる。
「ようこそ、赤の魔法使い」
白鳥がしなやかな首を垂れ、フランに向かって優雅にお辞儀をした。
「おう、お前さんはニムの使いか?」
白鳥はフランを乗せるには少々 華奢 だった。船の代わりになりそうにない。ならば、今回は島に渡ることを拒まれたということか。
「貴婦人から、お言葉を預かって参りました」
「なんだ?」
つい、と白鳥は頭を上げて、ニムの声音そのままにフランに告げた。
――自らの責任を放棄するとは言語道断。
――さっさと為すべき事を為せ。
ぽかんと、フランは口を開けた。
「以上でございます」
白鳥はくるりと向きを変え、来た道を戻ろうとした。
「ま、待て」
そのまま去ろうとするところをフランが引き留めた。
「何だ、その責任ってのは」
それだけでは意味が分からない。隠者の代替わりのことか。しかしただ投げ出した訳ではない。きちんと後継者を育て上げた。為すべき事はしたはずだ。
「お心当たりはありませんか」
「ない」
きっぱりと言い切るフランを見て、白鳥は困ったように首をかしげた。
「では、それを探すところから始めないといけませんね」
「なんだと?」
「ご心配なさらずとも。魔法の島にまで話が届くほどですから、すぐにあなた様のお耳にも入ることでしょう」
背中ごしに一礼する白鳥の姿を、たちまち濃い霧が閉ざした。
「……なんだそりゃ」
何か妖精女王の機嫌を損 ねるようなことをしただろうか。白く煙 る湖を眺めながらぽりぽりと顎 を掻 き、
「ま、いっか」
考えるのは止めにして、ずだ袋ひとつ肩に背負い直し、その場を後にした。
そうして白鳥が言ったとおり、半日も経たないうちにフランはその意味するところを知ったのだった。
* * *
楽しそうにはしゃぐ赤子の声が聞こえてくる。
シャトンが昼寝から覚めたイオストレをあやしている。
その様子をまた、オルフェンが飽きもせずに眺めている。
「猫がこんなに世話好きだとは、知りませんでした」
最初のうち、オルフェンはシャトンをイオストレに近づけるのには反対だった。いくら賢いとはいえ、シャトンは猫。獣だ。赤ん坊を傷つけるかもしれない。
オルフェンの危惧 はもっともだったが、アリルはまるで気にしなかった。
「平気だよ」
しっぽをつかまれても、毛を引っ張られても、決して怒らない。
(面白いねえ。可愛いねえ)
そう言って、忍耐強く相手をしてくれる。シャトンが特別なのか、それとも子ども好きは猫全般の特性なのか。アリルは知らない。
「おかげで助かっている」
部屋の中には紐 が張り巡らされ、古布が干されている。赤子の汚れ物の始末も洗濯も、王子の仕事だ。垂れ下がる大量の洗濯物の下でアリルは生活していた。
「そんなことより、オルフェン」
王子は洗濯物の乾き具合を確かめながら、妹に問いかけた。
「朝、君に頼んだことだけれど」
「はい。手配しておきましたわ」
小さな島国とはいえ、たったひとりの赤子の身元を割り出すのは難しい。向こうから名乗り出てくれる方がありがたい。
捨て子か、攫 われてきた子か。
どちらでもないだろう、とデニーさんは言った。
今はアリルもそう思う。
赤子をくるんでいた鹿革は売ればかなりの値がつきそうだし、赤子が入っていた籠の方もしっかりとした細工である。さらに麻袋の隅には、よく見ると朱で文様が描かれていた。
占術師に尋ねたところ、
――闇への回帰。
――再生。
二つの意味が読み取れるという。
『生まれ直し、の儀式でありましょうか』
出生時に何か差し障りがあった場合に行なわれるという。それ以上は占術師も語らなかった。不確かなことは言えない、と。
何にせよ、アリルにできることは少ない。
このイオストレの世話をしながら、縁者が名乗り出てくるのを待つだけだ。そのためには外部に正しい情報が伝わらなければ。王宮から間違った噂が流れ出てはならない。
ハシバミの木の根元で発見されたこと。
生後推定二ヶ月~三ヶ月の女児であること。
赤茶色の髪に。淡いブルーの目。
色白でやや小柄。
健康状態は良好であること。
オスタラの翌日に、アリル王子が惑わしの森で保護したこと。
「城の者たちには周知徹底 いたしました。それ以上余計なことを付け加えて語らないよう厳重 に言い渡しました」
「ありがとう。助かるよ」
アリルが礼を言うと、オルフェンは頬に手を当て、ほっそりとした首をかしげた。
「けれど、少し気になることがありましたわ」
古来、イニス・ダナエでは首長の居所の門戸 は開かれている。訪れる者を拒むことはない。戦いの場にあっては、勇敢。平時にあっては、寛容。
受け入れ、与える。それが民を率いる者の資質であり役目である。
今朝は開門と同時に、赤子を背負った王子の姿をひと目見ようと、物見高い連中が王城に押し寄せた。昼前に一度、アリルはその期待に応えてイオストレを彼らの眼前に披露 した。声をかけてくるものに対しては一人ひとり丁寧に、直答 した。
赤子を見、王子と言葉を交わした者たちは、満足して帰っていった。そうして自分が見聞きしたことを、感想を交えて身近な者たちに語って聞かせた。
――絵に描いたような子煩悩 ぶりだった。
――片時も離さず連れ歩いていたよ。
――ありゃあ、きっと美人に育つだろう。
――将来の后 がね、ってことも。
后がね。お妃候補とは、ずいぶん先走った見方だ。だが、これくらいなら笑い話で済む。
「ですが、私の侍女がこんなことを町の者から尋ねられたというのです」
――誰ぞの隠し子を押しつけられたんだって?
どこから出た噂なのか、はっきりしない。
「まだ、それほど広まっている風でもないのですが。否定した方がよろしいでしょうか」
(誰ぞの隠し子)
とある人物の顔が、デニーさんの言葉と共にアリルの頭に浮かんだ。
『風の力を借りようか。ついでに三代目にも協力してもらおう』
オルフェン王女は、真面目な顔でじっと兄を見つめている。
「兄さまの隠し子、という噂が流れるよりはずっとマシだと思いますけれど」
「……そうだね」
アリルは言葉を濁 し、うやむやにしてやり過ごすことに決めた。
見よ、ハンノキの枝を。
寒さに耐えた丸い実と、
眠りから覚めた赤紫の花。
その傍らには緑の若葉が芽吹く。
銀輪の乙女が回す糸車、
ハンノキがその糸を染める。
紅色黄色に緑色。
世界が色に満ちる季節。
その夜、三代目『惑わしの森の隠者』フランはスウィンダンの安宿にいた。
足の向くまま気の向くまま。これといった当てもなくふらふらと放浪の旅を続けていたが、
(さあて、次はどっちに行こうか)
心地よく酔いの回った頭でぼんやり考える。ふと手元を見下ろすと、ジョッキが空になっていた。
「親父、エールをくれ」
「まだ飲むのかい?」
宿の主人は呆れ顔だ。
フランの他には
「だからよう、無事に春が来たんで、ほっとしたってのさ」
「そりゃあ、冬が終われば春は来るさ。当たり前だろう」
「違う違う、お前は何を聞いていたんだ」
ふと農夫たちの会話に耳を傾ける。
「名も無き日に、星がやたらに降ったって話だ」
「はあ? 星が降っただと?」
名も無き日。
それは真冬の一日。『衰えゆく半年』と『盛りゆく半年』の隙間にある、闇の女王に捧げられた一日だ。女王の許しがなければ太陽はこの世に戻らず、新たな年は訪れない。孤独な闇に沈む女王の心を慰めるため、人々は断食をして祈る。どうか、太陽をこの世に戻して下さい、と。
「俺は見ちゃあいねえぞ。あの日は
「だから! このへんの話じゃねえ。よそんちの話だ」
「なんだ。なら最初からそう言え」
「さっきから何度もそう言ってるだろうが」
かみ合わない会話を交わしながら、二人連れは千鳥足で店を出て行く。フランはくすくす笑った。
(闇の日に、大量の流れ星か)
果たしてそれは吉兆なのか、凶兆なのか。
どこの話か知らないが、占術師はさぞ困ったことだろう。捧げ物をしてご機嫌を取ろうにも、冬の
ふとダナンの王子の顔がよぎった。
(そういや、あいつらは元気にやってるだろうか)
たまには様子を見に来てやると言い置いて庵を出たが、その後一度も戻っていない。
街道を東北東へ。ここからなら明日の昼にはミースに入れる。森の庵よりも王城の方がずっと近い。
四代目森の隠者、アリル。弟子の王子としての姿を、フランはまだ見たことがない。
(ちゃんと務まっているのかねえ)
自分の事は棚に上げ、上機嫌でぐいぐいとエールをあおる。いきなり訪ねていったら、彼はどんな顔をするだろうか。
(楽しみだな)
あっさりファリアス行を決めると、フランは空になったジョッキを高々と上げた。
「お代わりをくれ」
「そろそろ看板なんだがね」
宿の親父が溜め息をついた。
王都ファリアスに向かう途中に、イニス・ダナエ最大の聖地、『貴婦人の湖』がある。フランにとっては苦い思い出がたっぷり詰まった場所だ。
墓盗人だった少年時代、フランはアンセルスにある聖女エレインの大神殿に忍び込んだことがある。まんまと墓所まで
本来なら
(素通りはできねえよなあ)
気は進まないながら、しぶしぶ足を向ける。フランが肉の器に魔力を宿し、訳知り人から『赤の魔法使い』と呼ばれているのはニムのおかげでもある。
(やれやれ)
岸辺にどさりと荷を投げ出し、草の上に腰を下ろす。
湖は今日も深い霧に
島に渡りたいと望む者は多い。はるばる海の向こう、大陸から訪れる者もいる。しかし誰もがその望みを叶えられる訳ではない。ニムに認められた者の前にだけ、迎えの船が現れる。その船でなければ、島に渡ることはかなわないのだ。
(いっそ、迎えが来なけりゃいいんだが)
霧に覆われた湖面を眺めながら、フランはぼんやりと思った。
と、その思いを裏切りるかのように、霧のカーテンが割れた。水上に一筋の道が現れ、静かな湖面に波紋を描いて一羽の白鳥がゆっくりと近づいてくる。
「ようこそ、赤の魔法使い」
白鳥がしなやかな首を垂れ、フランに向かって優雅にお辞儀をした。
「おう、お前さんはニムの使いか?」
白鳥はフランを乗せるには
「貴婦人から、お言葉を預かって参りました」
「なんだ?」
つい、と白鳥は頭を上げて、ニムの声音そのままにフランに告げた。
――自らの責任を放棄するとは言語道断。
――さっさと為すべき事を為せ。
ぽかんと、フランは口を開けた。
「以上でございます」
白鳥はくるりと向きを変え、来た道を戻ろうとした。
「ま、待て」
そのまま去ろうとするところをフランが引き留めた。
「何だ、その責任ってのは」
それだけでは意味が分からない。隠者の代替わりのことか。しかしただ投げ出した訳ではない。きちんと後継者を育て上げた。為すべき事はしたはずだ。
「お心当たりはありませんか」
「ない」
きっぱりと言い切るフランを見て、白鳥は困ったように首をかしげた。
「では、それを探すところから始めないといけませんね」
「なんだと?」
「ご心配なさらずとも。魔法の島にまで話が届くほどですから、すぐにあなた様のお耳にも入ることでしょう」
背中ごしに一礼する白鳥の姿を、たちまち濃い霧が閉ざした。
「……なんだそりゃ」
何か妖精女王の機嫌を
「ま、いっか」
考えるのは止めにして、ずだ袋ひとつ肩に背負い直し、その場を後にした。
そうして白鳥が言ったとおり、半日も経たないうちにフランはその意味するところを知ったのだった。
* * *
楽しそうにはしゃぐ赤子の声が聞こえてくる。
シャトンが昼寝から覚めたイオストレをあやしている。
その様子をまた、オルフェンが飽きもせずに眺めている。
「猫がこんなに世話好きだとは、知りませんでした」
最初のうち、オルフェンはシャトンをイオストレに近づけるのには反対だった。いくら賢いとはいえ、シャトンは猫。獣だ。赤ん坊を傷つけるかもしれない。
オルフェンの
「平気だよ」
しっぽをつかまれても、毛を引っ張られても、決して怒らない。
(面白いねえ。可愛いねえ)
そう言って、忍耐強く相手をしてくれる。シャトンが特別なのか、それとも子ども好きは猫全般の特性なのか。アリルは知らない。
「おかげで助かっている」
部屋の中には
「そんなことより、オルフェン」
王子は洗濯物の乾き具合を確かめながら、妹に問いかけた。
「朝、君に頼んだことだけれど」
「はい。手配しておきましたわ」
小さな島国とはいえ、たったひとりの赤子の身元を割り出すのは難しい。向こうから名乗り出てくれる方がありがたい。
捨て子か、
どちらでもないだろう、とデニーさんは言った。
今はアリルもそう思う。
赤子をくるんでいた鹿革は売ればかなりの値がつきそうだし、赤子が入っていた籠の方もしっかりとした細工である。さらに麻袋の隅には、よく見ると朱で文様が描かれていた。
占術師に尋ねたところ、
――闇への回帰。
――再生。
二つの意味が読み取れるという。
『生まれ直し、の儀式でありましょうか』
出生時に何か差し障りがあった場合に行なわれるという。それ以上は占術師も語らなかった。不確かなことは言えない、と。
何にせよ、アリルにできることは少ない。
このイオストレの世話をしながら、縁者が名乗り出てくるのを待つだけだ。そのためには外部に正しい情報が伝わらなければ。王宮から間違った噂が流れ出てはならない。
ハシバミの木の根元で発見されたこと。
生後推定二ヶ月~三ヶ月の女児であること。
赤茶色の髪に。淡いブルーの目。
色白でやや小柄。
健康状態は良好であること。
オスタラの翌日に、アリル王子が惑わしの森で保護したこと。
「城の者たちには
「ありがとう。助かるよ」
アリルが礼を言うと、オルフェンは頬に手を当て、ほっそりとした首をかしげた。
「けれど、少し気になることがありましたわ」
古来、イニス・ダナエでは首長の居所の
受け入れ、与える。それが民を率いる者の資質であり役目である。
今朝は開門と同時に、赤子を背負った王子の姿をひと目見ようと、物見高い連中が王城に押し寄せた。昼前に一度、アリルはその期待に応えてイオストレを彼らの眼前に
赤子を見、王子と言葉を交わした者たちは、満足して帰っていった。そうして自分が見聞きしたことを、感想を交えて身近な者たちに語って聞かせた。
――絵に描いたような
――片時も離さず連れ歩いていたよ。
――ありゃあ、きっと美人に育つだろう。
――将来の
后がね。お妃候補とは、ずいぶん先走った見方だ。だが、これくらいなら笑い話で済む。
「ですが、私の侍女がこんなことを町の者から尋ねられたというのです」
――誰ぞの隠し子を押しつけられたんだって?
どこから出た噂なのか、はっきりしない。
「まだ、それほど広まっている風でもないのですが。否定した方がよろしいでしょうか」
(誰ぞの隠し子)
とある人物の顔が、デニーさんの言葉と共にアリルの頭に浮かんだ。
『風の力を借りようか。ついでに三代目にも協力してもらおう』
オルフェン王女は、真面目な顔でじっと兄を見つめている。
「兄さまの隠し子、という噂が流れるよりはずっとマシだと思いますけれど」
「……そうだね」
アリルは言葉を