十五
文字数 879文字
翌朝、宛ても無く部屋を出た。しばらく公園のベンチに座って過ごし、陽が上る頃、秋葉原の人ごみの中に紛れた。万世橋から見る神田川の水は黒く淀み、汚れた潮の臭いがした。水面が揺れ、その度に心も揺れた。意味も無くヨドバシカメラの店内を巡り、昭和通り沿いを歩いていると、橋のたもとで、ひとりの中年女性に声をかけられた。魂を救ってくれるという。その中年女性が、なぜか故郷の母を思い起こさせ、誘われるがまま新興宗教に導かれた。マンションの一室に案内され、数人の男女と共に教祖と崇められている男の説法を繰り返し聞かされた。信者が次々と歓喜の声を上げる中、テツヤの心に光は訪れなかった。夕方近くになり、隙を見て、新興宗教を飛び出した。できるだけ遠くに逃げたかった。そして、浜町方面にしばらく歩いて隅田川に架かる大きな橋に辿り着いた。陽も暮れかかっていた。体力も限界だった。橋の歩道を歩きながら、夕暮れ時の深々とした隅田川の川面を見ていると、何度も吸い込まれそうになり、心が乱れた。西の空が紅黒い。夏が終わろうとしている。意識がまた朦朧とし始めた。昨夜の熱がまた上がってきたようだ。紅い顔をして、足をもたつかせながらも、心は時折、雪の日の良く晴れた朝の情景を思いだした。洸々と漏れてくる朝日に、眩しいと感じた少年の頃、部屋でひとり毛布に包まって、自らの体温と隣室の家族の声に、何とも言えぬ心地良さを感じたのを覚えている。台所で母が朝食を作っている。何をするわけでもなく、ただ布団の上に寝そべって、もう少しだけ眠りたいと思う。
隅田川の流れから目を離し、再び歩き始めようとした時、小さな木製の船が警笛を鳴らした。そのポンポン船のような船体が、水面を荒々しく切り裂いて降って行く。このまま東京湾に出て行くのだろうか? 海に流れ込む隅田川の河口の、広々とした光景を思い浮かべ切なさを感じ、次いでなぜか一人部屋に残してきたミライの顔が目に浮かんだ。謝って済む問題ではないのかもしれない。けれども、もう一度、ミライと正面から向き合わねば、自分の魂は一生救済されることは無いのではないか?
隅田川の流れから目を離し、再び歩き始めようとした時、小さな木製の船が警笛を鳴らした。そのポンポン船のような船体が、水面を荒々しく切り裂いて降って行く。このまま東京湾に出て行くのだろうか? 海に流れ込む隅田川の河口の、広々とした光景を思い浮かべ切なさを感じ、次いでなぜか一人部屋に残してきたミライの顔が目に浮かんだ。謝って済む問題ではないのかもしれない。けれども、もう一度、ミライと正面から向き合わねば、自分の魂は一生救済されることは無いのではないか?