第一話
文字数 5,350文字
都心から超ローカル線に乗り換え電車で揺られること一時間程。
そこへ降り立つとまずその都会的ではないホームに疑問を抱くことになるだろう。
『え?ここって東京都内ですよね?』と…
閑散としたホームには今時珍しいレトロな木造建築の待合室。かなりの年月が経っているのか雨の日には決まって雨漏りするが、どんな嵐が来ても倒壊しないから不思議だ。
レトロな駅舎を通り抜け、なぜかここだけ今時の自動改札。それ抜けようやく外へと出るとまた同じ疑問を抱くことになる…
『え?ここって(省略)』
無理もない。目の前に広がるのはのどかな田園風景、それを囲む雑木林…
駅周辺には自動販売機や公衆電話すらない。もちろんコンビニなんて当然ない。
不安と疑問を抱いたまま田んぼ道をまっすぐ歩いて行くこと多分十分くらい…ようやく町らしい風景が見えてくる。
町全体を見渡せる高台、公園に図書館、警察署まである。そして星花町住人なら知らない人はいないライフライン的中心地『スマイル商店街』にたどり着くことが出来るのだ!!
商店街は町一番の活気ある賑やかな場所で、様々な店が立ち並び情報が(大半はどうでもよいこと)飛び交うコミュニティーゾーンでもある重要な場所だ。
そこに、ひっそり佇む小さなレトロな喫茶店『
地元の人々に愛されて五年、皐月家が経営するお店だ。
カランコロン♪
ドアを開けるとレトロなベルの音が店内に響き、ふわりとコーヒーの香りが漂う。
ああ…この感じ、やっぱり落ち着くなぁ…
「あ!珠ちゃん~!!」
あたしの姿を確認するなりそれは向かってきた…いつものように勢いよく…
そしてあたしを捉えると…ぎゅ~っと力強く抱きしめる。
「わっ!?」
今日はいつもにもまして勢いが…
おかげであたしは店の入り口で尻餅をつく羽目になった。
「あ、ごめんごめん~!!嬉し過ぎてつい!えへっ…」
と、可愛らしく舌なんか出して笑う小柄な美少女…のような美少年。
いや、正確に言えば美青年になる。彼はこう見えて立派な二十歳の
成人男性
なのだから。薄い茶色の柔らかそうな髪につぶらな瞳、加えこの天真爛漫な性格はまさに子犬のようだ。
「り、凛さん…この際抱きつくのは良いんで力を加減してください…」
「うん!ごめんね?大丈夫??」
無邪気に笑いながら片手であたしを抱き起す。その力は一体どこから湧いてくるんだろう?こんな華奢で小柄なのに…。
彼は
そして……カウンターに立つ一人のイケメンに目を向ける……
「聡ちゃんは本当良い男ねぇ!良い人いないの?」
「はは、俺はまだ……珠惠が心配でそれどころじゃないですよ。」
「あはは!!そうよねぇ!珠ちゃん元気だもんねぇ!」
常連マダムの田中さんに笑われ、あたしはなんだか居たたまれなくなった。
「珠惠、さっさと手洗って来い。凛もいつまでくっついてる気だ?さっさと仕事戻れ。」
先ほどまでの穏やかな愛想笑いから一変、鋭い目つきであたしと凛さんを見る…
兄の
この人、クールそうに見えて愛想良いし面倒見も良いから評判良いんだよね。料理も上手いし、バリスタ資格持ってるし。そのうえイケンメンだから最近じゃ兄目当ての女性客も増えて来ている。
クソ真面目でお堅い頭してる過保護な男なのに…しかも店を継ぐ前は刑事をしてバリバリ働いていたりする。
「そういやお前走って帰ってきたみたいだったが…どうした?また何かしたんじゃないんだろうな?」
「何もしてないよ!人の顔みりゃいつも…本当失礼な人だね…」
「日頃の行いが悪いせいだろ。今日担任から連絡があったぞ。『最近遅刻も多くてついでに居眠りも多いから心配だ』ってな…これじゃああの学校へ入れた意味がまるでない。大体お前はいつもいついも…」
「わ~かったって!!落ち着きなくて悪かったね!お兄ちゃんこそそのネチネチした性格どうにかしないと本当お嫁さんもらえないよ?」
「大きなお世話だ。お前こそその男前すぎる性格なんとかしないと彼氏なんて出来ないぞ。お前には女の子らしさがないんだよ。凛のほうがよっぽど女子力あるぞ?」
このような兄妹の言い争いも金木犀では定番だ。常連さん達は皆暖かい目で見守ってくれる。
「聡ちゃんひどい!!俺女の子じゃないよ!?」
「そ、そうだよ!凛さんはこう見えて男の中の男なんだからね!」
「うん!俺頼りになるんだからね!」
前にも述べたように、凛さんは美少女のような外見をしているが中身は男前。迫りくるストーカーや痴漢を殴り飛ばして返り討ちにするくらい逞しいのだ。
そんな男前な彼に『可愛い』『女の子みたい』は禁句なのだ。彼も彼なりに気にしているから凄く怒る。
でもまぁ…本当女子力高いんだけど。いつもケーキとかお菓子作ってあたしの帰りを待っていてくれるし。手先が器用で、手芸も得意だからボタン付けとかちゃちゃっとやってくれるし。
「あ、そうだ!今日は珠ちゃんの為にマカロン作ったんだよ~!苺とオレンジとチョコの三種類作ってみました♪」
「やった!凛さんのお菓子は絶品なんでいつも楽しみなんです~♪」
ほら、マカロンとか作ってくれてるところとか。
凛さんのはウェイター服よりメイド服を着てほしいと思う。絶対可愛いし!現に凛さんファンの男性も多いのだから。
「…あ、お兄ちゃん。むめ乃さんて今日来る?」
「いつも来るだろあいつは…呼んでもいないのに。またいつものか?」
あたしの特異体質については多少理解してくれているので、兄は察したらしい…
むめ乃さんとは、商店街で小料理屋を営む女店主で兄の幼馴染兼腐れ縁でもある大和撫子美女だ。彼女もあたしと同じ霊感体質でついでにお祓いも出来る。
普段は天然なおっとりとした優しい女性の彼女は少し変わり者で、とある祓い屋に弟子入りして除霊云々を学んだらしい。その手の話には詳しいし。
憑かれた時は彼女に頼っているのだが…。
成功率50%
という極めてアバウトな確率の除霊で信用が全く出来ない。しかも料金はちゃっかり取るという…。「あいつ、いつもちゃっかり料金取るくらいならお前のその体質をなんとかしてくれれば良いものを…性格の悪い…」
「知識をちょっとかじった程度だから無理だって言ってたじゃん。仕方ないよ。」
「けどな…それじゃ俺が心配でいつまで経っても目が離せないだろ。」
「けどお兄ちゃんに出来ることはないよ?こっち関係は全くの素人じゃん。」
そうだ、兄はあたしと違って霊感が全くない。故に何の役にも立たない。こっちに関しては。
「だよね~?聡ちゃん全くダメだもんねぇ…祓い屋さんとかいれば良いのにね?」
無邪気な笑顔で凛さん。なんてはっきりと言うのだろう。この人は無邪気すぎるが故か人を傷つける言葉を吐くことがある。よく言えば素直、正直なんだけど。
「祓い屋なんて胡散臭い奴らを信用出来るか。むめ乃だから敢えて信用してやっているんだ、俺は。そんな職業を語る奴は大抵詐欺師だよ…大金巻き上げられて逃げられるのがオチだ。」
「うわぁ~、聡ちゃんそれすっごい偏見だよ~?嫌だなぁ、頭堅いんだから…」
「俺の経験から言ってるだけだ。刑事やってた時に何件かそんな被害があったんだよ。」
「あ、そっか。元刑事さんだもんね。で?どんな人だったの??その詐欺師の祓い屋さんて!」
興味津々に目をキラキラさせ身を乗り出す凛さん…本当この人は…
「凛、お前その澄んだ目やめろ。」
「え~!?いいじゃんいいじゃん!!」
「駄目。仕事戻りなさい。」
ぐいぐい迫る凛さんの頭を軽く叩くと、兄はさっさと厨房へ消えてしまった。
逃げたな…それか仕込みか…
むめ乃さんとはこの町へ越す前からの付き合いで、家がお隣同士だったこととあたしが異質な存在であったことから彼女は何かと気にかけ可愛がってくれた。
むめ乃さんがいなくなってから、あたしはずっと塞ぎ込んでいた。これで誰もあたしを理解してくれる人はいないんだってそう思ったから。
両親はいつもあたしの言うことに耳をちゃんと傾けてくれて、見捨てるなんてことは決してしなかったけど…むめ乃さんがいなくなって、あたしはどこかぽっかり穴が開いた感じで、勝手に閉じこもってしまったのだ。
彼女は変わり者だしちゃっかりしているけどちゃんと理解してくれたから。あたしの異質な部分を…。だからどんなに変な人で天然な人でもあたしにとっては家族同然で、優しいお姉さんみたいな人だ。
お兄ちゃんとは何かと張り合い顔を合わせれば喧嘩(お兄ちゃんが一方的に突っかかってきていただけだけど)してたけど…
『聡さんは本当に頭が堅いのねぇ…もっと柔軟に物事を考えられないのかしら?うふふふ。』
というのが彼女の口癖。あたしも大いにそう思う。むめ乃さんは兄のことを『聡さん』と呼ぶ。同い年なのに。
カランコロン♪
「こんばんわ、珠ちゃん。」
店にたむろしていた常連マダム達も帰りひと段落した頃、馴染みのベルを鳴らしながら入店したのはむめ乃さんだった。
薄紅色に蝶が描かれた着物、ゆったりと一つに結んだ柔らかそうな髪、優しくゆったりとした雰囲気をまとう彼女はまさに大和撫子。商店街では有名な美人でマドンナ的存在でもある。
「また憑かれちゃったのね?可愛そうに…」
あたしの隣にゆったりと腰を下ろすと気遣わし気に手を握ってついでに頭まで撫でてくれる。
むめ乃さん、あたしのことまだ小さな子供だと思っているんだよね…会った時は確かに生傷絶えないやんちゃな幼稚園児だったけど。
「けど、大丈夫よ。今日はね、とっておきの先生を連れてきたから!うふふ。」
「お前がやるんじゃないのか?妙な奴を珠惠に紹介するな!」
意味あり気に微笑むむめ乃さんに鋭い視線を向けると、兄はあたしと彼女の間に割って入った。
「あらあら、相変わらずシスコンなのねぇ…聡さん。そんなべったりしていたら珠ちゃんに嫌われちゃうわよ?この子だって年頃の女の子なんだから。ねぇ?」
「そんなんじゃない!と、とにかく…お前の知り合いにろくな奴はいないんだよ!俺の経験上からこれだけははっきり言える。」
「うふふ、嫌だわぁ。ただ皆さん個性的な方だっただけでしょう?本当聡さんは頭が堅いんだから。」
「お前の頭の中がふわふわし過ぎなんだよ。」
「柔軟と言って欲しいわねぇ…」
ゆったりとした口調で微笑むむめ乃さんと険しい表情で食って掛かる兄…これもまぁ、いつもの光景だ。
この二人昔から性格が正反対で、顔を合わせばこんな感じで言い合いしていたっけ。今も変わらずだけど。
「まぁまぁ。いいから私に任せて。聡さんこの件に関しては駄目駄目でしょう?役立たずなんだから黙って見ていなさいな。」
「うっ…そ、そうはっきり言うこと…」
「いいからお黙りなさいな。とっても素敵な方なのよ?うふふ。」
むめ乃さんに言い包められ渋々黙る兄…これもいつものことだ。
「…で?その『
先生
』とやらはどこにいるんだ?」「ねぇねぇ!それって本物の祓い屋さんってことだよねぇ!?」
「凛、ちょっと黙って…」
再び好奇心を擽られたのか、凛さんは二人の間にぴょこんと顔を出し目をキラキラ輝かせている。
ああ…なんか耳としっぽが見える…思いっきりしっぽパタパタ振って耳をぴんと立てた子犬みたい。
「もう少しでいらっしゃるんじゃないかしら?お店の場所は伝えてあるし…」
「うわぁ~!!楽しみ~!!ね!珠ちゃん!!」
「え?ああ…なんて言えば…」
例え優秀な祓い屋であれ変人にはあまり関わりたくないんだけどな…
むめ乃さんはともかくとして、お兄ちゃんじゃないけど祓い屋なんて名乗る人は信用できないのが普通だ。急に現れて祓いますとか言われてもなぁ。どうせ胡散臭そうなおばさんとかおじさんとかでしょ?
なんとなく偏見だらけなイメージ像を脳内に描きながら、あたしは期待など全くせずに待った。凛さん特性のマカロンとコーヒーを頂きながら。
あ~あ~!どうせなら爽やかなイケメンとかさぁ。
こう、笑顔が素敵で優しくて……