頭狂ファナティックス

オークション②

エピソードの総文字数=2,993文字

どういうこと? 説明して頂戴。
参加者は全員、眼鏡に気を取られている。しかし本当に注目すべきは司会の男と眼鏡を持ってきた少女の二人だ。もしも本当に眼鏡に未来を見通すコンプレックスが宿っているならば、二人の視線の動きは奇妙だ。
奇妙? はっきり言って私はあなたほど観察に長けていない。だからその目線を見て、相手の考えていることを見抜く、なんてことはできない。
司会の男の方はなかなかの手練れだ。このオークションの司会を任されるくらいだから当然かもしれないが。その目線の動きは読みづらい。しかし確かに眼鏡よりも少女に視線を送る回数の方が多い。あの男は眼鏡がフェイクだということを知っている。
そしてより明確なのは少女の方だ。あの娘は裏社会の人間としては未熟なのだろう。明らかにステージの上に立って困惑を隠せていない。助けを求めるように司会の男の方に何度も視線を送っている。そして何よりも、眼鏡の扱い方がぞんざいすぎる。彼女のような未熟な人間が本当に「未来を見通す道具」を持ってきたのならば、少なからず手の震えくらいは見せるはずだ。しかし彼女にはそれがない。あの娘も眼鏡がただの眼鏡だと言うことを知っている。
オークション側はなぜ騙すような真似をする? それも相手は権力者だ。オークションで不正があれば、スキャンダルになる。
そこまではわからない。そのあたりは千ヶ谷家の人々や源など事情を知っているだろう人間に聞くしかない。もっとも、聞いて教えてくれるとは思えない思惑がありそうだが。とにもかくにも、あの眼鏡は落札するべきではない。間違いなく罠だ。
あなたの言葉、信じていいのかしら? 私には判断がつかない。けれども私は自分の仕事用の番号を回収した時点で目的を達成している。未来を見通す「何か」を手に入れれば、千陰のお父さんから成功報酬をいただけるけど、そこまで欲を見せるつもりもない。だからこの場でどのように動くかは、忍谷さんに一任するわ。
あの眼鏡は見逃す。そしてオークションが終わったあと、あの少女に接触する。
 権力者たちは挙って手を挙げた。そして競売価格は驚くべき速度で吊り上っていった。忍谷はだんまりを決め込んで、一度も手を挙げなかった。赤藤はそれが正しい行動かわからなかったが、駆け引きは専門外であるため、忍谷に従うしかなかった。
 忍谷の言うただの眼鏡は21億5千万円で落札された。
 競売品の出展がすべて終わると、再び源がステージに上がり、閉会の言葉を述べた。しかし忍谷と赤藤はその話をまったく聞いておらず、これから為すべき行動について話していた。
すでに終電は終わっている。オークションを取り仕切る側の部屋が用意されているはずだ。スタッフの人数から言って、一つの階を貸しきらなければならない。そこにあの少女もいる。もしも源が最重要人物の部屋を用意するならば、どの部屋を用意する? 暗殺者としての意見を聞きたい。
その解答は単純ね。源さんの部屋からすぐさま駆けつけられる位置よ。私も源さんのコンプレックスは知らない。おそらく戦闘型のコンプレックスではない。しかし政界や財界で成り上がることができる稀有な能力を持っている。問題は二色廻の方よ。あなたは会ったことがあるかしら? 源さんの側近として、常に側に控えているわ。部屋まで同室とは思わない。しかし確実に隣合わせの部屋を取っている。暗殺者の勘だけど、あの男はばりばりの戦闘型のコンプレックスを持っている。正直に言えば、純粋な戦闘力では私ですらあの男には勝てない。そう思わせるだけの物腰を二色は崩したことがない。
そうなると、源さんと二色の部屋に隣接しているか、対面になる部屋にあの少女はいる。そして彼女が宇津木派のなかでも最重要人物ならば、VIPクラスの部屋を用意されている。ここまで推論を進めれば、該当する部屋は二つか三つに絞られる。
 忍谷と詩音が作戦を練っているあいだに、源の閉会の言葉は終わった。オークションは散会となり、権力者たちはボディガードに連れられて会場から出て行った。
 権力者たちはこのまま東京帝国ホテルに一泊するもの、タクシーを拾って帰宅するもの様々だった。
 しかし忍谷と詩音はラウンジでコーヒーを飲みながら、夜が更けるのを待った。オークションの熱が冷め、誰もが寝静まるのを待っていた。
 一度、詩音は席を外した。そして戻ってくると、30階がオークションのスタッフたちの客室になっていることを報告した。
 オークション会場に入場するさい、詰めていた警備員たちがその階で見回りをしているとのことだった。詩音は当然、その顔をそれぞれ覚えていた。
それならば31階から下に降りる。人間の当然の心理として、重要な人物は通路の奥まったところに置きたがる。階の奥にある部屋から調べよう。
 真夜中の3時になると、忍谷と詩音は31階に向かった。その階も客室として使われていたが、警備員は一人もいなかった。
 二人はエレベーターから最も遠くになる場所から、下の階に降りることにした。
 詩音は床を殴りつけた。そしてそこには大きな窓が出現した。
 これが詩音のコンプレックスだった。
 名を『月は無慈悲な夜の女王』と言う。
 能力は手で触れた場所に任意の大きさの窓を作る、というものだ。その能力の詳細はここで説明しなくとも、物語が進むと同時に明らかになっていくだろう。
 忍谷は前日に、本人から能力の概要を教えられていた。
 二人は窓を覗き込み、下の階の通路に警備員がいないことを見て取った。そして窓を開け、下の階に降りた。このとき、窓を開けたままシンボルを消滅させた場合、真四角の穴として残る。これが猫松とその二人のボディガードにつけられた傷跡の正体だ。
 詩音は穴が残らないように、窓を閉めてからシンボルを消した。これで二人が床を通過した痕跡はなくなる。
 30階の奥にあたる部屋はやはりVIPクラスのものばかりだった。そして僥倖だが、例の少女の部屋はすぐに判明した。
 それというのも、部屋のドアにはプレートが嵌められ、誰が入室しているか明確にしていた。そして源次郎助の部屋と二色廻の部屋のあいだに挟まれた部屋があったのだ。
 部屋のドアのプレートには「黒塗ほのか」と書かれていた。この部屋に入っている人間は明らかに尋常の扱いを受けているものではなかった。
 忍谷と詩音はこの黒塗ほのかという人間が例の少女だと確信した。詩音は部屋のドアを小突き、小さな窓を作った。その窓を開け、部屋の中に手を伸ばし、鍵を外した。
 二人は黒塗ほのかの部屋に入っていった。その部屋はナイトランプによって薄暗く照らされていた。そして忍谷は内装や設備から、一介の少女が一晩でも泊まれるような値段の部屋ではないことを即座に悟った。一泊でも数十万は取られるだろうものだった。
 忍谷はこの部屋が目当てのものだと確信した。
 二人はベッドに眠っている少女を起こした。その少女はやはり、あの眼鏡を持ってきた少女だった。
 少女は目を覚ますと、二人の顔をじろじろと眺めた。ここで少女が騒ぎ立てるようならば、忍谷は即座にベッドに押し倒して、口を塞ぐつもりだった。
 ところが少女はまるで二人が訪れることを知っていたかのように落ち着いていた。そして驚くべきことを言った。
あなたが忍谷夕吉さんで、こちらが千ヶ谷千陰さんですか?

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