一幕、尾崎麻衣と言う人物④
文字数 2,167文字
雄太と二人で麻衣は猫用の食器とカリカリを買う。それから一応、猫用のミルクも買っておいた。
「姉ちゃん、俺、カケルと親友になるんだ!」
キラキラの笑顔でそう言う可愛い弟に、麻衣は少しだけカケルが家に来たことを歓迎する気分になるのだった。
そしてその日の夕食はと言うと、魚のオンパレードだった。刺身、煮魚、子持ちししゃも……。これだけで麻衣の母が、どれだけカケルを歓迎していたかが伝わるだろう。
夕食の時間には父親も帰ってきており、新しい家族の登場に頬をだらしなく緩めている。
「黒猫のカケルくんかぁ! 可愛いなぁ、可愛いなぁ……」
父親はこの調子で終始ニヤニヤしている。麻衣はそんな父親に呆れたような視線を送りながら、子持ちししゃもへと手を伸ばした。
本日の夕食の主役となっているカケルはと言うと、
「なぁ、麻衣。その魚は、食べてもいいのか?」
「ダメ」
麻衣の膝の上に後ろ足二本で立ち、右の前足を麻衣の皿の上に来た子持ちししゃもへと伸ばす。しかしすかさず麻衣からその前足を弾かれてしまった。
「なぁに? カケルくん、ししゃもが食べたいの?」
その様子を見ていた母親に問いかけられた麻衣は、そうみたい、と短く返す。
「カケルくん、カケルくん。お父さんの刺身をあげようね」
「ダメよ、お父さん。猫ちゃんに人間の食べ物を与えちゃ」
「でも、今日の主役だぞ? カケルくんは」
父親はなんだか不満そうに母親へと意見する。それからしばらく、箸を口にくわえたままじーっと麻衣の膝の上に座っているカケルを眺めていたのだが、次の瞬間、はっとした様子で席を立った。
「お父さん、どうしたんだろう?」
「さぁ?」
雄太と麻衣はそんな父親の様子に互いの顔を見合わせてから、短く言葉を交わす。しばしそうしていると父親が戻ってきて、
「あった、あった!」
そう嬉しそうに声をあげた。
一体何があったと言うのだろう?
麻衣と雄太が不思議に思いながらおかずの魚に手を伸ばしていると、
「じゃんじゃじゃーん!」
満面の笑顔で父親がリビングで手元にある物を家族に見せた。麻衣たち全員の視線がそちらへと向く。それから父親の手元にあった物をまじまじと凝視する。
父親の手元にあった物。それは、
「猫、缶……?」
そう、紛れもなくそれは猫用の缶詰である。
「カリカリばかりでは味気ないだろう?」
だから、と父親はマグロ、カツオの二つの猫用缶詰を用意したのだという。
どうだ、と言わんばかりに胸を張った父親は、そのまま夕方に麻衣と雄太がホームセンターで買ってきていたカケル用の皿の上に缶詰を開ける。カシュッと言う小気味のいい音が響き、その中の香りが鼻をついたのだろう。カケルはぴょんっと麻衣の膝の上から飛び降りると、カリカリではなく猫用の缶詰へと近付いた。父親はそんなカケルの様子に喜んでいる。
「ほれほれ、カケルくんも柔らかな魚が食べたかったようじゃないか!」
父親は弾んだ声でそう言う。カケルはしばらくクンクンと缶詰の中身の匂いを嗅いでいたのだが、
「麻衣! これは食べてもいいものなんだなっ?」
そう言って麻衣の方を振り仰いだ。その声があまりにも大きな鳴き声だったため、家族の視線が一気に麻衣へと集まる。
「それは君のご飯よ」
カケルの言葉と家族からの期待の目に、麻衣は脱力気味に声を上げた。その言葉でカケルの言ったことを察した母親が、カケルの傍まで歩いて行くと、
「カケルくん。これは君のためにお父さんが用意したものよ」
だから安心して食べるようにカケルの頭を優しく撫でる。カケルはその手の気持ちよさに両目を閉じる。母親はそのままカケルの顎の下へと手を移動させると、その喉元を指先でこちょこちょと撫でてやる。カケルはゴロゴロと自身の喉を鳴らし始めた。
「カケルくんは本当にいい子ねぇ……」
母親はそんなカケルにメロメロの様子である。
こうして新しくカケルを加えた賑やかな夕食の時間は過ぎていくのだった。
就寝時間が近づくと、麻衣を除く家族の注目はカケルが一体、誰とどこで眠るのか、と言うことになった。
「ここはやっぱり、麻衣ちゃんかしら?」
「そうだなぁ。麻衣とだったら、カケルくんも意思疎通が出来るもんなぁ……」
両親はのんきなそんなことを話し合っている。雄太はと言うと、夕方にホームセンターから買ってきた、猫用のおもちゃでカケルと遊んでいる。
「雄太。そろそろ寝なさい」
「えー? もう少しカケルと一緒にいたいー!」
「明日もカケルくんはいるんだから、今日はもう寝なさい」
母親から強い口調で言われた雄太は渋々、はーい、と返事をし、自室に向かうためにリビングを出ようとする。
「おーい? もう終わりか? 雄太」
先程まで遊んでいたカケルはそう言いながら、雄太の足下にまとわりついている。雄太はそんなカケルを抱きかかえると、
「カケルと一緒に、寝てもいい?」
そう麻衣を尋ね見る。上目遣いでそう言われ麻衣は、いいよ、と言うしかなかった。
「どっちにしろ、毛が制服に付くの嫌だから、部屋には入れてあげられないし」
そう言って雄太の頭を撫でた。
「私もそろそろ寝る……。お父さん、お母さん、おやすみ……」
「おやすみ、麻衣ちゃん」
「麻衣、おやすみ」
麻衣は両親に就寝の挨拶を交わすと、二階の自室へと続く階段を上っていくのだった。
「姉ちゃん、俺、カケルと親友になるんだ!」
キラキラの笑顔でそう言う可愛い弟に、麻衣は少しだけカケルが家に来たことを歓迎する気分になるのだった。
そしてその日の夕食はと言うと、魚のオンパレードだった。刺身、煮魚、子持ちししゃも……。これだけで麻衣の母が、どれだけカケルを歓迎していたかが伝わるだろう。
夕食の時間には父親も帰ってきており、新しい家族の登場に頬をだらしなく緩めている。
「黒猫のカケルくんかぁ! 可愛いなぁ、可愛いなぁ……」
父親はこの調子で終始ニヤニヤしている。麻衣はそんな父親に呆れたような視線を送りながら、子持ちししゃもへと手を伸ばした。
本日の夕食の主役となっているカケルはと言うと、
「なぁ、麻衣。その魚は、食べてもいいのか?」
「ダメ」
麻衣の膝の上に後ろ足二本で立ち、右の前足を麻衣の皿の上に来た子持ちししゃもへと伸ばす。しかしすかさず麻衣からその前足を弾かれてしまった。
「なぁに? カケルくん、ししゃもが食べたいの?」
その様子を見ていた母親に問いかけられた麻衣は、そうみたい、と短く返す。
「カケルくん、カケルくん。お父さんの刺身をあげようね」
「ダメよ、お父さん。猫ちゃんに人間の食べ物を与えちゃ」
「でも、今日の主役だぞ? カケルくんは」
父親はなんだか不満そうに母親へと意見する。それからしばらく、箸を口にくわえたままじーっと麻衣の膝の上に座っているカケルを眺めていたのだが、次の瞬間、はっとした様子で席を立った。
「お父さん、どうしたんだろう?」
「さぁ?」
雄太と麻衣はそんな父親の様子に互いの顔を見合わせてから、短く言葉を交わす。しばしそうしていると父親が戻ってきて、
「あった、あった!」
そう嬉しそうに声をあげた。
一体何があったと言うのだろう?
麻衣と雄太が不思議に思いながらおかずの魚に手を伸ばしていると、
「じゃんじゃじゃーん!」
満面の笑顔で父親がリビングで手元にある物を家族に見せた。麻衣たち全員の視線がそちらへと向く。それから父親の手元にあった物をまじまじと凝視する。
父親の手元にあった物。それは、
「猫、缶……?」
そう、紛れもなくそれは猫用の缶詰である。
「カリカリばかりでは味気ないだろう?」
だから、と父親はマグロ、カツオの二つの猫用缶詰を用意したのだという。
どうだ、と言わんばかりに胸を張った父親は、そのまま夕方に麻衣と雄太がホームセンターで買ってきていたカケル用の皿の上に缶詰を開ける。カシュッと言う小気味のいい音が響き、その中の香りが鼻をついたのだろう。カケルはぴょんっと麻衣の膝の上から飛び降りると、カリカリではなく猫用の缶詰へと近付いた。父親はそんなカケルの様子に喜んでいる。
「ほれほれ、カケルくんも柔らかな魚が食べたかったようじゃないか!」
父親は弾んだ声でそう言う。カケルはしばらくクンクンと缶詰の中身の匂いを嗅いでいたのだが、
「麻衣! これは食べてもいいものなんだなっ?」
そう言って麻衣の方を振り仰いだ。その声があまりにも大きな鳴き声だったため、家族の視線が一気に麻衣へと集まる。
「それは君のご飯よ」
カケルの言葉と家族からの期待の目に、麻衣は脱力気味に声を上げた。その言葉でカケルの言ったことを察した母親が、カケルの傍まで歩いて行くと、
「カケルくん。これは君のためにお父さんが用意したものよ」
だから安心して食べるようにカケルの頭を優しく撫でる。カケルはその手の気持ちよさに両目を閉じる。母親はそのままカケルの顎の下へと手を移動させると、その喉元を指先でこちょこちょと撫でてやる。カケルはゴロゴロと自身の喉を鳴らし始めた。
「カケルくんは本当にいい子ねぇ……」
母親はそんなカケルにメロメロの様子である。
こうして新しくカケルを加えた賑やかな夕食の時間は過ぎていくのだった。
就寝時間が近づくと、麻衣を除く家族の注目はカケルが一体、誰とどこで眠るのか、と言うことになった。
「ここはやっぱり、麻衣ちゃんかしら?」
「そうだなぁ。麻衣とだったら、カケルくんも意思疎通が出来るもんなぁ……」
両親はのんきなそんなことを話し合っている。雄太はと言うと、夕方にホームセンターから買ってきた、猫用のおもちゃでカケルと遊んでいる。
「雄太。そろそろ寝なさい」
「えー? もう少しカケルと一緒にいたいー!」
「明日もカケルくんはいるんだから、今日はもう寝なさい」
母親から強い口調で言われた雄太は渋々、はーい、と返事をし、自室に向かうためにリビングを出ようとする。
「おーい? もう終わりか? 雄太」
先程まで遊んでいたカケルはそう言いながら、雄太の足下にまとわりついている。雄太はそんなカケルを抱きかかえると、
「カケルと一緒に、寝てもいい?」
そう麻衣を尋ね見る。上目遣いでそう言われ麻衣は、いいよ、と言うしかなかった。
「どっちにしろ、毛が制服に付くの嫌だから、部屋には入れてあげられないし」
そう言って雄太の頭を撫でた。
「私もそろそろ寝る……。お父さん、お母さん、おやすみ……」
「おやすみ、麻衣ちゃん」
「麻衣、おやすみ」
麻衣は両親に就寝の挨拶を交わすと、二階の自室へと続く階段を上っていくのだった。