第1話 プロット本編
文字数 4,792文字
【起】
「おいおい、これって……ホントか! ホントなのか!」
和武 高校、学生映画コンテストへの出品締切が来月に迫った6月上旬の、まだ誰も来ていない映画制作部の部室。なんとなく映画制作部に入り、役者と編集を担当している1年生の長谷野 圭司 が素っ頓狂な声をあげる。
「見間違いじゃないよな……」
クラス教室の半分くらいの大きさの部室。その角にある、掃除用具入れの縦長ロッカーをもう一度開ける。
「……異世界、だ……」
人が1人入れるくらいの大きさの箱、その奥に、緑が広がっている。
おそるおそる、圭司は片足を踏み入れてみる。足に土の感触。思い切って、体ごと入ってみる。立てる、歩ける、息が吸える。後ろにロッカーを残して、見当たす限りの草原と川。不思議そうにこちらを見ながら目の前を歩いているのは、間違いなくエルフと呼ばれる種族。
「……異世界、だ……っ!」
ロッカーの扉を開けると、そこにはラノベやアニメで何度も見た、「異世界」の島が広がっていた。
早速圭司は、他の部員にこのことを自慢しようとする。
まずは映画制作部の部長で、主に監督と演出を務めている「映画バカ(=映画制作に情熱を燃やす人)」、2年生の蓮 彩人 。
「あの、部長、このロッカーを開けてみてください」
「これか?」
そう言って彩人が開けてみても、箒とモップが入っているだけ。自分だけしか能力を使えないことを知り、ガッツポーズする圭司。
「見ててくださいね、俺が開けると、ほら!」
「…………え?」
「さあ、一緒に行きましょう!」
2人で草原へ出る。現実離れした景色の中、遠くでエルフのグループが走り回っていた。
「どうです、彩人さん! 俺、異世界に行けるようになったんですよ!」
どんな風に驚かれるか、圭司の期待は最高潮に。しかし。
「長谷野、お前……やったな! これはすごいぞ! これで異世界モノの映画が撮れる!」
「…………はい?」
あれ……あの……そういうことじゃないんですけど……?
***
彩人はこんこんと説明する。
「いいか、長谷野。この部は僕が立ち上げてまだ創部2年目、今年ようやくお前達が入ってきて部活承認の下限ギリギリ4人在籍になった弱小部だ。もっと部員を集めるために映画コンテストで賞を獲って箔をつけようとした。
来週から撮ろうとしてた脚本は、正直予算や人員を気にしてコンパクトな作品にした。でも異世界がロケ地になればどうだ! 世界最高のCG技術でも表現できない本物の異世界! 最高の映像が簡単に撮れる! 賞も撮れる!」
「いや、ですから、その、もっと俺が異世界に行けるってことに驚いてください……」
映画バカの彩人には、圭司の異能など伝わらない。異世界も、ただのロケ地になっている。
その後から来た、脚本と役者を担当する2年の天堂つばめ、カメラマン・音響担当であり圭司の片思いの相手でもある1年の天草菜子、2人の映画に情熱を燃やす女子も、圭司の異世界ワープそのものには感動しない。
「ワクワクが止まらないよ! 脚本リライトしないと!」「(ワイバーンを見て)アタシ、空の変な生き物撮りたい!」と、まったく圭司の能力そのものには興味がない様子……。
こうして、「異世界=ロケ地、異世界に行くこと=ロケハン」という状態で、映画制作が始まった。
【承】
去年から映画を撮っている2年の彩人とつばめ、中学でも映画制作部に入っていた菜子の3人と違って、圭司は今回初めて映画を撮るので、映画の撮影の仕方も勉強しながら3人の活動を見ていた。
まずはつばめが脚本をリライトする。もともとは学校を舞台にしたラブコメだったが、舞台を異世界に移した60分程度のラブコメを考えることに。
「圭司君、ちょっとシーン膨らませたいから、異世界連れてってくれる?」
「はい……」
コンビニでお菓子買ってきてくれる?くらいのトーンで異世界行きを頼まれる圭司。異世界でエルフを見かけたので声をかけてみると、なんと話が通じた(つばめにも日本語として聞こえる)。言語変換も自動でされているようで、圭司の異能はかなりハイレベルらしい。
そして、話す中でこの異世界の島の名前が「セキレン島」だと知った。
「つばめさん、すごくないですか! 会話できるんですよ!」
「すごいじゃん圭司くん! これでエルフも役者として使えるわ!」
「そういうことではなくて!」
結局、エルフが主演の方が面白いということになり、役者を探すことに。すると、女子エルフのユラ(360歳:人間でいうと高校生ほど)がやりたいと志願してくる。彼女はかつて、皆の前で歌やお芝居を披露するエルフの演劇グループに入ることを夢見ていたが、オーディションで落選していたのだった。
彼女の意志を汲み、ユラが主演、圭司が助演でラブコメを撮ることになった。
脚本が書きあがり、続いては彩人にバトンタッチしてカット割が始まる。脚本を撮影しやすいように300ほどのカットに分けていき、脚本の修正指示が入れば、つばめもすぐに修正していく。2人の集中力に、圭司は「自分はなんとなく楽しそうだからこの部活に入ったから、この人達みたいに熱い想いは持っていないな」と少し悔しくなった。
カット割りが終わり、いよいよ撮影をするための役者の動きやカメラアングルを考える絵コンテ制作に入っていく。絵コンテはカメラも重要になってくるため、4人全員でしょっちゅうセキレン島に行くことになる。
圭司達は主演のエルフであるユラにも話を聞きながら、セキレン島(歩いて1周2時間弱)を歩いて良いロケ場所を探していく。自分には脚本も監督もカメラもできない、と落ち込んでいた圭司だったが、ユラが一生懸命脚本を覚えているのを見て、自分にできることを精一杯やろうと決め、良いロケ地の聞き込みや撮影場所の下見を積極的にやっていく。その姿を、片思いの相手である菜子も目で追っていた。
部室に行かないと異世界に行けないため、時に週末も学校に行って作業を続け、2週間で絵コンテが完成。他のエルフやドワーフの脇役やエキストラも揃え、クランクインとなった。
【転】
いよいよクランクイン。通常のラブコメを、異世界を舞台に置き換えたことで、「食パンではなく、香り草を口に挟みながら家を出ていく」「カフェデートの代わりに酒場に行き、大酒飲みのドワーフに絡まれる」など、シュールながらに面白い映像が取れていく。
始めてやる映画撮影に、圭司はテンションが上がっていく。編集で使うためのカチンコ、録音のためのガンマイク、撮影中に移動で横切られないようにするための交通誘導、さらには広場で子どもに邪魔されないための子どもとの鬼ごっこなど、新しく見るものや体験するものばかりで、圭司は映画の楽しさを知っていく。
同時に、少しでも気になることがあったら止める彩人、カメラでごく些細な失敗をしてもリテイクする菜子たちの「プライドを持った仕事」を見せられ、自分も同じように燃えたい、と感じるようになっていった。
撮影は順調に進んでいたが、終盤、かなり重要となるユラが歌うシーンで、ユラが歌えなくなってしまうというアクシデントが発生。彼女はかつて、オーディションで歌をトチってしまい落選したため、「失敗したらどうしよう」というトラウマが蘇ってしまっているのだった。
何度やっても震えてしまい、遂には撮影現場を飛び出すユラ。彼女のことを、助演である圭司がすぐに追いかける。1人で泣いていたユラの隣に、圭司が座った。
「ユラはすごいよ。昔からの夢をずっと忘れずにいて、ちゃんと実現しようとしてる。輝いてるよ。俺もこの映画で、1つでもいいから、輝ける場所を作れたらって思ってるよ」
その言葉に奮起したユラは見事に歌い切り、撮影は無事にクランクアップした。そしてその日の夕方、現実世界の帰り道で、菜子が書店に用があったため、圭司と一緒に帰ることになる。緊張で始めはそっけなく接してしまったものの、「ユラも頑張ったし、自分も」と覚悟を決めて好きな映画の話を振り、たくさん話すことができた。
【結】
最後に残っているのは編集作業。彩人とつばめ、2人の先輩に教わりながら、編集ソフトを使っていく。少し親密になった菜子からフリー音源や効果音について教えてもらい、編集の奥深さを理解していった。
コンテストへの提出期限も迫ってきた編集の後半。ユラが夜中、自分の想いに気付く重要なシーンを切り貼りしていく中で、圭司はふと、「やっぱりこのシーン、合ってない気がする……」と気付く。候補を探したけど良いところが見つからず、近くの建物の端で撮ったシーンだった。
期限が近いと分かっているため、いったんはそのまま編集を終えるものの、部活が終わって家に帰る途中、映画に燃えている彩人・つばめ・菜子そしてユラの顔を思い出し、圭司は決意したように学校へ戻っていく。
翌日、圭司は彩人に相談した。
「ユラのあのシーン、どうしても撮り直したいです」
「でもあの時、良い場所なかったからなあ」
「大丈夫です、見つけてきました」
実は昨日の夜、学校に戻った圭司は部室からセキレン島に行き、夜遅い時間まで良い撮影場所をリサーチしていたのだ。
「これです」
写真を見せる圭司。その写真に映っていたのは正に、彩人が理想としていたような海の見える広大な草原だった。
「よし、行こう!」
「はい!」
こうして撮影に向かい、深夜まで編集をして、映画部一同はなんとか撮影を終わらせた。
***
「あー、くそう! 悔しい! 異世界に行ってまで受賞逃すなんて!」
コンテストの結果発表が行われたコンベンションセンターを出て、彩人が地団駄を踏む。
残念ながら結果は落選だった。
「彩人、メールでジャッジペーパー来てるわよ」
つばめがベンチに座ってスマホをスクロールする。
「えっと……『CG技術で再現された異世界は非常にクオリティーが高く、応募全作品の中でもトップクラスだった。特にエルフの質感は素晴らしく、本当に生きているようだった。一方、現代ラブコメのパロディというストーリーはテンションだけで書いた感があり、練られていない。まるで、異世界を表現できるようになったので、急遽そういう方向性に変えたような印象がある』」
「ぬああああ! 審査員め、知りもせずに勝手なことを!」
かなり鋭い審査員の目はごまかせなかったようだ。
「待って、最後にもう一言書いてある。『しかし、とても楽しんで撮っていることは、見ている方にも伝わってきた。高校生らしい勢いが満点の、瑞々しい作品だったと思う』」
「ふふっ、勢いだけなら誰にも負けませんよね、きっと」
菜子が口に手を当てて破顔する。彩人も、つばめも、圭司も、つられるように口元を緩めた。
結局、圭司の能力はロケにしか使われなかったものの、圭司は「まあ今回はそれでいいかもな」と思える。他の3人のようにロケ地探しにこだわりを持ち、映画撮影が大好きになった自分にも気付けた。
そして部室に戻る帰り道。菜子から「カッコ良かったよ」と赤い顔で言ってもらえた。
「よし、しばらくコンテストもないから、思いつくまま短編でも撮ってみるか」
部室に戻ってきて開口一番、彩人が提案する。賛成、と菜子が元気に手を挙げた。
「ちょっと撮影場所探しながらアイディア練るか。ほら、圭司、掃除用具のロッカー開けてくれ」
「……へ? 異世界で撮るんですか?」
「当たり前だろ、いつお前の能力が無くなるか分からないし。それに」
「それに?」
「あっちのみんなも楽しそうだったからな」
気付いた圭司は微笑む。ああ、そういうことか。それなら、一緒にまたやってみようかな。
「じゃあ行きますよ!」
ロッカーの扉を開ける。その奥の草原から「あ、圭司、また何かやるの? 混ぜて混ぜて!」とユラのとびっきり明るい声が聞こえた。
「おいおい、これって……ホントか! ホントなのか!」
「見間違いじゃないよな……」
クラス教室の半分くらいの大きさの部室。その角にある、掃除用具入れの縦長ロッカーをもう一度開ける。
「……異世界、だ……」
人が1人入れるくらいの大きさの箱、その奥に、緑が広がっている。
おそるおそる、圭司は片足を踏み入れてみる。足に土の感触。思い切って、体ごと入ってみる。立てる、歩ける、息が吸える。後ろにロッカーを残して、見当たす限りの草原と川。不思議そうにこちらを見ながら目の前を歩いているのは、間違いなくエルフと呼ばれる種族。
「……異世界、だ……っ!」
ロッカーの扉を開けると、そこにはラノベやアニメで何度も見た、「異世界」の島が広がっていた。
早速圭司は、他の部員にこのことを自慢しようとする。
まずは映画制作部の部長で、主に監督と演出を務めている「映画バカ(=映画制作に情熱を燃やす人)」、2年生の
「あの、部長、このロッカーを開けてみてください」
「これか?」
そう言って彩人が開けてみても、箒とモップが入っているだけ。自分だけしか能力を使えないことを知り、ガッツポーズする圭司。
「見ててくださいね、俺が開けると、ほら!」
「…………え?」
「さあ、一緒に行きましょう!」
2人で草原へ出る。現実離れした景色の中、遠くでエルフのグループが走り回っていた。
「どうです、彩人さん! 俺、異世界に行けるようになったんですよ!」
どんな風に驚かれるか、圭司の期待は最高潮に。しかし。
「長谷野、お前……やったな! これはすごいぞ! これで異世界モノの映画が撮れる!」
「…………はい?」
あれ……あの……そういうことじゃないんですけど……?
***
彩人はこんこんと説明する。
「いいか、長谷野。この部は僕が立ち上げてまだ創部2年目、今年ようやくお前達が入ってきて部活承認の下限ギリギリ4人在籍になった弱小部だ。もっと部員を集めるために映画コンテストで賞を獲って箔をつけようとした。
来週から撮ろうとしてた脚本は、正直予算や人員を気にしてコンパクトな作品にした。でも異世界がロケ地になればどうだ! 世界最高のCG技術でも表現できない本物の異世界! 最高の映像が簡単に撮れる! 賞も撮れる!」
「いや、ですから、その、もっと俺が異世界に行けるってことに驚いてください……」
映画バカの彩人には、圭司の異能など伝わらない。異世界も、ただのロケ地になっている。
その後から来た、脚本と役者を担当する2年の天堂つばめ、カメラマン・音響担当であり圭司の片思いの相手でもある1年の天草菜子、2人の映画に情熱を燃やす女子も、圭司の異世界ワープそのものには感動しない。
「ワクワクが止まらないよ! 脚本リライトしないと!」「(ワイバーンを見て)アタシ、空の変な生き物撮りたい!」と、まったく圭司の能力そのものには興味がない様子……。
こうして、「異世界=ロケ地、異世界に行くこと=ロケハン」という状態で、映画制作が始まった。
【承】
去年から映画を撮っている2年の彩人とつばめ、中学でも映画制作部に入っていた菜子の3人と違って、圭司は今回初めて映画を撮るので、映画の撮影の仕方も勉強しながら3人の活動を見ていた。
まずはつばめが脚本をリライトする。もともとは学校を舞台にしたラブコメだったが、舞台を異世界に移した60分程度のラブコメを考えることに。
「圭司君、ちょっとシーン膨らませたいから、異世界連れてってくれる?」
「はい……」
コンビニでお菓子買ってきてくれる?くらいのトーンで異世界行きを頼まれる圭司。異世界でエルフを見かけたので声をかけてみると、なんと話が通じた(つばめにも日本語として聞こえる)。言語変換も自動でされているようで、圭司の異能はかなりハイレベルらしい。
そして、話す中でこの異世界の島の名前が「セキレン島」だと知った。
「つばめさん、すごくないですか! 会話できるんですよ!」
「すごいじゃん圭司くん! これでエルフも役者として使えるわ!」
「そういうことではなくて!」
結局、エルフが主演の方が面白いということになり、役者を探すことに。すると、女子エルフのユラ(360歳:人間でいうと高校生ほど)がやりたいと志願してくる。彼女はかつて、皆の前で歌やお芝居を披露するエルフの演劇グループに入ることを夢見ていたが、オーディションで落選していたのだった。
彼女の意志を汲み、ユラが主演、圭司が助演でラブコメを撮ることになった。
脚本が書きあがり、続いては彩人にバトンタッチしてカット割が始まる。脚本を撮影しやすいように300ほどのカットに分けていき、脚本の修正指示が入れば、つばめもすぐに修正していく。2人の集中力に、圭司は「自分はなんとなく楽しそうだからこの部活に入ったから、この人達みたいに熱い想いは持っていないな」と少し悔しくなった。
カット割りが終わり、いよいよ撮影をするための役者の動きやカメラアングルを考える絵コンテ制作に入っていく。絵コンテはカメラも重要になってくるため、4人全員でしょっちゅうセキレン島に行くことになる。
圭司達は主演のエルフであるユラにも話を聞きながら、セキレン島(歩いて1周2時間弱)を歩いて良いロケ場所を探していく。自分には脚本も監督もカメラもできない、と落ち込んでいた圭司だったが、ユラが一生懸命脚本を覚えているのを見て、自分にできることを精一杯やろうと決め、良いロケ地の聞き込みや撮影場所の下見を積極的にやっていく。その姿を、片思いの相手である菜子も目で追っていた。
部室に行かないと異世界に行けないため、時に週末も学校に行って作業を続け、2週間で絵コンテが完成。他のエルフやドワーフの脇役やエキストラも揃え、クランクインとなった。
【転】
いよいよクランクイン。通常のラブコメを、異世界を舞台に置き換えたことで、「食パンではなく、香り草を口に挟みながら家を出ていく」「カフェデートの代わりに酒場に行き、大酒飲みのドワーフに絡まれる」など、シュールながらに面白い映像が取れていく。
始めてやる映画撮影に、圭司はテンションが上がっていく。編集で使うためのカチンコ、録音のためのガンマイク、撮影中に移動で横切られないようにするための交通誘導、さらには広場で子どもに邪魔されないための子どもとの鬼ごっこなど、新しく見るものや体験するものばかりで、圭司は映画の楽しさを知っていく。
同時に、少しでも気になることがあったら止める彩人、カメラでごく些細な失敗をしてもリテイクする菜子たちの「プライドを持った仕事」を見せられ、自分も同じように燃えたい、と感じるようになっていった。
撮影は順調に進んでいたが、終盤、かなり重要となるユラが歌うシーンで、ユラが歌えなくなってしまうというアクシデントが発生。彼女はかつて、オーディションで歌をトチってしまい落選したため、「失敗したらどうしよう」というトラウマが蘇ってしまっているのだった。
何度やっても震えてしまい、遂には撮影現場を飛び出すユラ。彼女のことを、助演である圭司がすぐに追いかける。1人で泣いていたユラの隣に、圭司が座った。
「ユラはすごいよ。昔からの夢をずっと忘れずにいて、ちゃんと実現しようとしてる。輝いてるよ。俺もこの映画で、1つでもいいから、輝ける場所を作れたらって思ってるよ」
その言葉に奮起したユラは見事に歌い切り、撮影は無事にクランクアップした。そしてその日の夕方、現実世界の帰り道で、菜子が書店に用があったため、圭司と一緒に帰ることになる。緊張で始めはそっけなく接してしまったものの、「ユラも頑張ったし、自分も」と覚悟を決めて好きな映画の話を振り、たくさん話すことができた。
【結】
最後に残っているのは編集作業。彩人とつばめ、2人の先輩に教わりながら、編集ソフトを使っていく。少し親密になった菜子からフリー音源や効果音について教えてもらい、編集の奥深さを理解していった。
コンテストへの提出期限も迫ってきた編集の後半。ユラが夜中、自分の想いに気付く重要なシーンを切り貼りしていく中で、圭司はふと、「やっぱりこのシーン、合ってない気がする……」と気付く。候補を探したけど良いところが見つからず、近くの建物の端で撮ったシーンだった。
期限が近いと分かっているため、いったんはそのまま編集を終えるものの、部活が終わって家に帰る途中、映画に燃えている彩人・つばめ・菜子そしてユラの顔を思い出し、圭司は決意したように学校へ戻っていく。
翌日、圭司は彩人に相談した。
「ユラのあのシーン、どうしても撮り直したいです」
「でもあの時、良い場所なかったからなあ」
「大丈夫です、見つけてきました」
実は昨日の夜、学校に戻った圭司は部室からセキレン島に行き、夜遅い時間まで良い撮影場所をリサーチしていたのだ。
「これです」
写真を見せる圭司。その写真に映っていたのは正に、彩人が理想としていたような海の見える広大な草原だった。
「よし、行こう!」
「はい!」
こうして撮影に向かい、深夜まで編集をして、映画部一同はなんとか撮影を終わらせた。
***
「あー、くそう! 悔しい! 異世界に行ってまで受賞逃すなんて!」
コンテストの結果発表が行われたコンベンションセンターを出て、彩人が地団駄を踏む。
残念ながら結果は落選だった。
「彩人、メールでジャッジペーパー来てるわよ」
つばめがベンチに座ってスマホをスクロールする。
「えっと……『CG技術で再現された異世界は非常にクオリティーが高く、応募全作品の中でもトップクラスだった。特にエルフの質感は素晴らしく、本当に生きているようだった。一方、現代ラブコメのパロディというストーリーはテンションだけで書いた感があり、練られていない。まるで、異世界を表現できるようになったので、急遽そういう方向性に変えたような印象がある』」
「ぬああああ! 審査員め、知りもせずに勝手なことを!」
かなり鋭い審査員の目はごまかせなかったようだ。
「待って、最後にもう一言書いてある。『しかし、とても楽しんで撮っていることは、見ている方にも伝わってきた。高校生らしい勢いが満点の、瑞々しい作品だったと思う』」
「ふふっ、勢いだけなら誰にも負けませんよね、きっと」
菜子が口に手を当てて破顔する。彩人も、つばめも、圭司も、つられるように口元を緩めた。
結局、圭司の能力はロケにしか使われなかったものの、圭司は「まあ今回はそれでいいかもな」と思える。他の3人のようにロケ地探しにこだわりを持ち、映画撮影が大好きになった自分にも気付けた。
そして部室に戻る帰り道。菜子から「カッコ良かったよ」と赤い顔で言ってもらえた。
「よし、しばらくコンテストもないから、思いつくまま短編でも撮ってみるか」
部室に戻ってきて開口一番、彩人が提案する。賛成、と菜子が元気に手を挙げた。
「ちょっと撮影場所探しながらアイディア練るか。ほら、圭司、掃除用具のロッカー開けてくれ」
「……へ? 異世界で撮るんですか?」
「当たり前だろ、いつお前の能力が無くなるか分からないし。それに」
「それに?」
「あっちのみんなも楽しそうだったからな」
気付いた圭司は微笑む。ああ、そういうことか。それなら、一緒にまたやってみようかな。
「じゃあ行きますよ!」
ロッカーの扉を開ける。その奥の草原から「あ、圭司、また何かやるの? 混ぜて混ぜて!」とユラのとびっきり明るい声が聞こえた。