明け渡し《あけわたし》~ 第2話

文字数 1,056文字

B.罪を犯さないために

神に逆らい、私利私欲を求めることから、信者たちも党派心をもったり、不道徳になったり、キリスト教を歪曲させたりします。それらの結果は火を見るよりも明らかで、さまざまな困難な問題や解決できない悩みが出てまいります。

このままではいけない、しかし自分たちの手には負えないし・・・と自覚した信者たちは、神に解決してもらおうとします。信者たちは、問題や悩みを神に明け渡し、ゆだねるのです。それは、小さな子どもが、もつれた糸をほどいてもらうために母親の手にそれをゆだねるのに似ています。
神はそれを解決することができ、また、信者たちを愛し、信者たちのことを心配しているので、喜んで解決しようとしてくれているのだと、信者たちは信じているのです。

ところで、信者たちは根本原因である罪が解決されない限り、問題や悩みはなくならないと知っていますが、同時に、罪は死ぬまで自分に宿っていることも知っています。
また、信者たちは、神を愛し喜ばせたいと願っていますが、やることなすこと不完全で欠点だらけで、むしろ逆に神を悲しませていることを自覚しており、心を痛めています。

そこで信者たちは、このジレンマから脱出しようと、罪ある浅はかな自分を頼みとせず、自分を捨て、まさに罪のない全知全能で頼むに足って余りある神に自分を明け渡し、ゆだね、まかせてしまうのです。
それは、文楽人形が黒子の意思通りに動くのに似ています。信者たちは、神が語らせようとする通りに語り、神が動かそうとする通りに動こうとします。

なぜなら、そうすることで、罪が消えてなくなるわけではありませんが、少なくとも罪を犯さなくてすみますし、罪を犯さなくなれば少なくとも神を悲しませたり、人を傷つけたり、自分を惨めにしたりすることはなくなるはずだからです。
神は信者たちの一言一句、一挙手一投足にまで関心をもち、支配すると信者たちは信じています。

ところでこの作戦も、落ち度なく行えればこれも一種のエデンの園なのかもしれませんが、これまた現実はそうとなってはいないようです。つい罪が顔を出し、神にまかせきれずゆだねきれずに、自分が出しゃばって勝手な口出し手出しをし、いらぬ問題や悩みをまたしてもつくってしまうのです。

それで、はずかしながらもその問題や悩みももう一度神にゆだねるしかなくて、「ゆだねきっておけばこんなことにならなかったのになあ・・・」と反省するものです。
ところが、実は、ゆだねきったとしても(あるいは、ゆだねたつもりでも)結果がすべて良いとは限らないのです。
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