第4話 岩澤たける

文字数 1,780文字

 岩澤たけるは大型ディスカウントショップに来ていた。仲間に持たせている買い物かご二つにはビール、チューハイ、ワインなどが溢れんばかりだ。今夜は女の子たちも呼んでパーティーをする。うまくいけば前から気になっていた平田久美とヤレるかもしれない。
 金子が東京の専門学校に通う兄貴から貰ったクスリを持ってくると言っていた。何度かキメたことがあるが、セックスのときに使うと全身を剣山で軽く刺されるような感覚がして最高に気持ちいい。彼女はクスリを嫌がるかもしれないから、こっそり使うのも手だなと思った。とにかく彼女とヤレるならそれでいい。
  レジに着くと、たけるはクレジットカードを慣れた手つきで取り出した。父親から好きなように使っていいと渡されている。
「一回で」
  普段なら、「かしこまりました」という返事がくるところだが、小太りなレジ係の女性が放った言葉は違った。
「どなたか身分証はお持ちですか?」
  学生証なら持っているが、それを出したら自分たちが高校生であることがバレてしまう。あえて雑多に商品を陳列し、激安を売りにしているこの店には、ガラの悪い若者や底辺と呼ばれる大人たちがこぞってやってくる。そうした客層と同じくらい店員の質もすこぶる悪い。
  たけるはこの店と、好んでここを利用する人たちを心底見下している。しかし他に比べて規定がゆるいような気がしていたので、酒を買うときはいつもここを使っていたのだ。実際のところ、一度も年齢を聞かれることはなかった。
  たけるは仲間と目配せしたが、誰一人この状況を打開する助けになるものは持っていないようだ。そこで、たけるは落ち着きを払って、さも申し訳なさそうに言った。
「すいません。今は誰も持っていないです。僕たち大学生で、みんな成人ですけど後で持ってくるのはだめですか?」
  身分証は大学生の従兄弟に借りればいい。盛り上がるのに酒は欠かせない。とにかく、ここを乗り切らなければならない。急がないと女の子たちが家に着いてしまう。
 レジの女性は、いかにも業務用といった笑顔は絶やさずにいるものの、眉一つ動かさずに言った。
「申し訳ございません。今ここで、ご提示いただく必要がございます」
  たけるは頑として譲らないレジ係と、酒の入ったカゴを交互に見ているうちに、抑えのきかない感情が湧き上がってくるのを感じた。
 まるで地面にできた裂け目から、原油のように粘り気のある真っ黒な液体が噴き出すような感覚であり、自分の思い通りにならないと、いつもこの衝動に襲われた。
 直後、たけるはレジカウンターを思い切り蹴っていた。何度も何度も蹴る。慌てた仲間が数人で押さえにかかるが、それでも止めない。たけるが豹変したのを見て、さっきまで笑顔を絶やさなかったレジの女性は脅えきっている。周りの客たちが騒ぎ始めた。
  たけるの仲間たちが、彼を囲んで抱え上げる。その中の一人が叫んだ。
「このままだと警備員を呼ばれちまう!」
 たけるは仲間に抱え上げられて出口へ向かう途中、体をひねってレジの女性を見た。警備員を呼ぶためなのか、受話器を持っている。たけるは拳を突き出して叫んだ。
「ババア、覚えてろよ!ぜってえ、ボコってやるからなっ」
  女性の手から受話器が落ちた。
  今夜のパーティはなくなった。久美とヤルのもおあずけだ。仲間と別れて一人きりで薄暗い部屋にいると、レジ係の顔が脳裏に浮かんだ。腹立ちまぎれに床に転がっていたダーツの矢を闇雲に投げると、大型液晶テレビの画面に突き刺さった。そんなもの、また買えばいい。両膝を抱えて部屋の隅を睨んでいると、またレジ係の顔が浮かんできた。
  明日は仲間と市電で憂さ晴らしだ。あそこは親父の名前が役に立つ。頭のデキも悪いくせに、東京の有名私大へ金の力で入れてもらい、遊びまくっただけで戻ってくると、家の不動産業と財産を譲り受けたロクデナシだ。
 そんな奴がデカい顔をしていられるこんなだっせぇ町は、卒業したらすぐに出て行ってやる。地元が一番とか言ってる奴らは、ネットを見た方がいい。そうすれば、変わった人間の多い恥ずかしい町だと笑われていることに気付くだろう。俺はこの町を絶対出ていく。
  たけるはダーツの矢をもう一つ放った。今度もそれはテレビ画面に突き刺さった。
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