第52話 グラントリー兄さまの執務室

文字数 1,887文字

 翌日は、王妃様も王太子様も仕事があり、ルイ様も体調管理上午前中は自室で寝ているようなので、私はのんびりお部屋で……と思っていたのだけど、王太子殿下から執務室に誘われた。

「私の執務室だったらマリーの本当の兄上もいるし、ウィンゲート家の人間に見られて困る書類も無いからね」
 にこやかにそう言われて連れて行かれた。
 そうしてもう仕事に入っている文官や侍女、近衛たちに王太子殿下は言う。

「今日は私の妹に兄の仕事ぶりを見てもらおうと連れて来たんだ。皆の周りをウロウロするかもしれないが、気にせずいつも通りの仕事をしてくれたまえ」
 当然ながら少しざわつく。王太子殿下は侍女に紅茶を入れるように頼んで私にはソファーを勧めてくれた。

「退屈だったら、自由に見て周って構わないからね。先ほども言ったけど、マリーに見られて困る書類は置いてないから」
 私にだけでなく、皆にも聞こえるように言っている。隠さず見せろと言う事だ。って、何で?
「はい、わかりました。グラントリー兄さま」
 そう言って私は、自分の本当の兄、エイベルお兄様の方をチラッと見た。
 卒倒してないのが不思議なくらい顔色が悪い。

 私は入れてもらった紅茶を飲んでしまってから、エイベルお兄様のデスクに向かった。
「エイベルお兄様。ごきげんよう」
「……マリー……姫様」
 エイベルはそこまでは普通に言って後は小声で
「今度は何やらかしたんだ」
「失礼ですわ。王妃様が家族ごっこをしたいっておっしゃられたから、わたくしは王太子殿下の妹になっているのですのよ」
 私だってそうそう問題起こさないわよ……多分。

「家族ごっこ……まぁ、良い。大人しくしてるんだぞ」
「わかっておりますわ」
 ウロウロはするけどね。

 私はそう言ってエイベルお兄様のデスクを離れて、他の方のデスクに向かって行った。

「あら、まぁ。こちらの計算はこうすれば良いのだと思いますわ」
 私はなるべく柔らかい物腰で、にこやかに訂正をしている。同じ方向から書類を見て訂正しているので、殿方と身体が密着しているけど、仕方ないわよね。
 ここで間違った数字を訂正しないと、間違った数字を元に更に計算されてしまう。

「ああ、それとこちらも……。あら? この書類は」
 ……って、大丈夫なの? ここの文官達。

「すごいな、エイベル。そなたの妹がいたら、書類チェックの仕事が無くなるかな? ああ、今は私の妹でもあるか」
 いつの間にか、エイベルお兄様の横に来て王太子殿下がそんな事を言っている。

 ここにいるのは、次世代の重鎮候補で……多少の入れ替えはあると思うが、将来王太子殿下が国王になった時に支えるメンバーだ。
 ただ、今はその任に着いた者がほとんどで、エイベル他数人で指導しているところであった。

「計算の間違いはともかく、陳情書の違和感や改善についてまで指摘をしている。今日ここに来たばかりの女性が……だぞ。怖いな、そなたの妹」
 そんな事を王太子殿下は言っていたようだった、その時の私の耳には入らなかったけど。

 エイベルお兄様と王太子殿下が一緒にいるわ。
 ふと、視線を感じて振り返ったら2人して私をガン見していた。

 思わず、ヘラッと笑って手を振ってみたけど……やっぱり、書類に夢中になってしまって、殿方との距離が近かったかしら。
 王太子殿下が私の方にやって来る、そして……私の横で座っている文官の頭を叩いた。
「私の妹にくっつかれたといって、ヘラヘラ笑ってるんじゃない」
 普通に妹にくっついてくる虫を追い払っている兄さまに見えるわ、王太子殿下。

「グ……グラントリー兄さま? わたくしが書類に夢中になってしまって」
「全く……妹がいると言う事はこういう事なんだね」
 ふう~という感じで王太子殿下ため息を吐いている。

「おいで、仕事をあげる」
 そう言って空いてるデスクに私を座らせた。
「出来た書類は、こちらに持ってくる事」
 王太子殿下はそう大声で言って、私にはにこやかに
「今日からマリーの仕事は、エイベルの補佐だ。マリーは受け取った書類をこちらの紙に修正して……もしくは改善案を書いて、元の書類と一緒にエイベルに渡す事」

 私は呆然と王太子殿下の言っていることを聞いていたのだけど、これって私もお役に立てるって事? この仕事を完ぺきにこなしたら、エド様の評判も上がるかしら。
「わかりましたわ、グラントリー兄さま。わたくし、がんばりますわ」

 私はそう言って、さっそく仕事にとりかかったのだった。
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