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文字数 1,464文字

徒歩で三時間の距離にある城壁のない町へと、ミクリラはイグネフェルを導いた。
君のお父さんとお母さんはどこにいるの?
いないよ。
小高い丘の上の町は、まだ水没を免れており、麦やさまざまな野菜の畑の中心に、漆喰の小さな家々が寄せ集められた風情(ふぜい)だった。
………………。

……死んじゃったの?

そう。
家と家の間には、ところどころ麻布のテントが張られていた。だがその下にいる痩せた男たちは、物を売るでもなく、黙して座り、一日が過ぎるのを無為に待っている。
大丈夫なの?

仕事か、自分の畑はあるの?

暮らしていける?

聞いてどうすんの?
あの辺りの畑はあらかた水没してしまったことをイグネフェルは思い出した。
心配だよ。君と同じくらいの他の子たちはお父さんとお母さんがいたり、それか結婚したり……
あたしを他の馬鹿な()たちと一緒にしないでくれる?
でも……
……。
……寂しくないの?
ウザい!!!
!!
……ご、ごめん…………。
砂が打たれた通りを、イグネフェルは、ミクリラの後ろについてしょんぼりと歩いた。

そのうちに、四角形の広場に出た。

一辺が二十歩程度のその広場には、石畳が敷かれているが、管理は行き届いていない。砂が詰まり、隅のほうには草が生えていた。

広場の正面には小規模な魔女の教会があった。

この広場も教会の敷地なのだろう。

片隅のベンチにミクリラが腰を下ろした。

彼女の家を出てから初めての休憩だった。

……あのさ……

そんなにションボリしなくていいじゃん。悪い奴じゃないのはわかったからさ……ウザいけど。

ごめん。
あんた、昨日の夕方起動したばっかでしょ?

その割に気が回るっていうか、よくそんな振る舞いができるね。

変かな。
変っていうか、もっと人形みたいなの想像してたから。
これも紋様の力だよ。

この十七歳の外見にふさわしい経験知や世間知が組み込まれてて、そのプログラムに則った言動をするようにできている。

へえぇ……
おい、あれはイグネフェルじゃないか?
通りから声がした。

反応しかけたイグネフェルを、

無視して。
ミクリラが制する。
まさか。どう見たって青二才だよ。
通りを行く老人たちの気配にイグネフェルは集中した。

囁き交わすその声には、刺々(とげとげ)しいものが含まれていた。

ねえ、あんたの爺さんは息子についてあんたに何て教えたの。
民衆の味方で、悪い魔女に(あらが)った英雄だったって。
生きてたらあんなに若いわけがない。

アイツはくたばったんだよ、大して苦しみもしねぇでな。

英雄ならそれを讃える歌がある。
まったくだ。バカ言ってもらっちゃ困るよ。

あいつが生きてるなら毎日アタシが山羊の小便を引っ掛けてたのは誰の墓だって言うんだい。

それは……。

悪い魔女が弾圧するから、敵将を讃えるような歌がなくても別に不思議じゃ……。

アイツはくたばったよ。間違いない。オレはアイツの棺桶に唾をかけてやったんだ。
そりゃそうだよな。

チッ。

生きてたら今度はオレがこの手で殺してやるのによ。

……………………。
老人たちは去っていった。
違う……の……?
…………
……あ、あたしは知らないよ!

会ったことあるわけじゃないし、ていうか生まれてなかったし……

そんなことより、ここに来た目的を忘れないで。魔女を倒すんでしょ。
う、うん。
ミクリラは曇天を指さして、強引に気をそらさせた。
あそこ。

あそこに魔女セレナルがいる。

空に?
『世界の涙の魔女』の居城は、1,000年の昔から王都上空の浮遊城塞にある。
どうやって行くの?
飛んでいくの。
と、当たり前のように答えた。

そして顎で神殿を指す。

そのための翼が、ここに眠ってるから。
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登場人物紹介

イグネフェル

本作主人公の紋様兵器。魔女を討伐するべく旅に出る。

涙を流す機能がない。

ヴィオレンタ

本作のヒロイン。

セレナル

『世界の涙の魔女』。

30年前の器継承戦争によって魔女の地位を継いだ。

ミクリラ

30年前に名を上げた英雄オーレリアの孫娘。

ナーシュ

イグネフェルの創り主。

30年前の器継承戦争で息子イグネフェルを失い、自身は顔面を奪われた。

ヴィゼリー

西の浮遊要塞の司令官。生ける紋様兵器。

リーセリー

ヴィゼリーが連れている紋様兵器。

オーレリア

30年前の器継承戦争の英雄。ミクリラの祖父。

アグア

東の浮遊要塞の司令官。

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