第一話 突然の告白
文字数 2,510文字
突然の告白は、俺の生活を一変させた。
「オレ、和沙 が好きなんだ」
一緒に大学構内のカフェで親友と勉強していたときだった。親友の、親友だと思っていた加藤孝弘 がいきなり俺にコクってきた。
いきなり、ではないかもしれない。ちょうどそのとき俺は自分のお見合いの話を孝弘にしていたのだ。
大学生でお見合いってなんだって思うだろう。
しかし、俺の家はけっこう家格が良いので、良家のお嬢さんと今から縁を作っておくことを両親が熱心に進めていたのだ。
俺自身はそんなことはうざったかったんだけど。
だから孝弘に愚痴を言った。
「結婚なんて考えられないし、お嬢様ってどういう人種なのかもよく分かんないんだよな」
って。まったく他意はなかったし、純粋な俺の気持ちだった。
そうしたら、孝弘が真剣な目で俺を見て、言ったんだ。「オレ、和沙が好きなんだ」って。
孝弘が俺を好き? うそだろ。冗談だろ。それは親友だという意味だよな。
俺は数秒固まって、作り笑いをした。俺が好き、それはちょっと過激な友情アピールだろ。
「ああ、俺も好きだよ、孝弘」
だから俺も軽く返した。そうしたら、孝弘は俺よりも大きな手を俺に伸ばして、俺の短い茶髪を包み込んできた。あっけにとられて黙っていると、そのあとにこいつは俺にキスをしてきようとしたのだ。
ありえねえ!
「何すんだ!」
とっさに顔をそらせて孝弘をかわす。俺は怒りで真っ赤になった。
強引に孝弘の手を振り払い、カフェの席をたつ。
頭が混乱している。なんで。今まで、ついさっきまで親友だったのに……!
「お前が変態だって知らなかった。二度と俺の前に顔みせんな!」
孝弘を思い切り罵倒して、俺はカフェテリアを出た。
それから俺、南海和沙 は一人暮らしのアパートに帰った。今日の講義はみんな終わったが、あんまり頭に入ってない気がする。それもこれもみんな孝弘が悪い。いきなりあんなことを言い出してきたあいつが。そうだよ、なんであんなことを。
孝弘とはゼミが一緒だった。経営学のゼミで、小売店の経営について研究しているゼミ。
俺は将来的に何かの店を開きたかったから。
孝弘も一緒で、カフェなんかの経営をしたいらしい。
そんな経緯で知り合った俺たちは、ゼミでは顔を合わせなければならない。
それも気が重かった。
疲れた身体をベッドへ投げ出して、ベッドサイドに置いてあるお見合い写真を見る。
細面の可愛い女の子が着物を着てほほ笑んでいる。
可愛いと思うのに、俺のこころは今日のことでいっぱいだ。
孝弘はごつい感じの大男だ。精悍な顔つきは女子にも人気があり、スポーツ選手のような筋肉質の腕が、薄手のタートルネックで惜しみなく強調されている。
今は一月なのにそんな薄手で寒くないのかと聞いたら、鍛え方が違うと言われた。
そんな孝弘から見れば俺はひょろくてなまっちろくて頼りないんだろう。オシャレの為に染めた茶髪もやわい猫毛だ。
だから間違って庇護欲とか掻き立てられたのかもしれない。
なんて、何でお見合い写真を見ながら孝弘のことを考えているんだ。
「寝よ……」
俺は複雑な想いを抱えて寝ることにした。
その日から、孝弘はゼミで俺と会っても目を合わすことはしなくなった。
なぜかずきりと胸が痛む。
そうだ、俺、親友っていう親友が孝弘しかいなかったんだ。
その親友を失って、俺は自分の友人関係が希薄なことに気がついた。
一緒に酒を飲みに行くヤツも、カフェで弁当や学食を食べるヤツも、いなかった。
あの日から俺は一人になってしまった。
胸がもやもやする。あいつがもっと普通だったならこんな思いをしなくてすんだのに。
孝弘は俺の顔をみない。
まるっきり他人になってしまったかのような俺たちに、教授やゼミの仲間が俺に声を掛けてくる。
「君たち喧嘩でもしたの?」
って。喧嘩、か。というか痴情のもつれか? そんなこと言えるか。
孝弘なんて勝手にすればいい。
俺だって勝手にする。
そうだ、お見合いの女の子と話を進めてもらうとか。
彼女が出来れば寂しさも紛れるじゃないか。
「喧嘩なんてしてないですよ」
軽く教授にそういうと、俺はその日のゼミを終えて、またアパートへと帰った。
早速電話することにした。
……孝弘に。
やっぱりあいつのあの俺を無視した態度が気に食わない。
これは文句を言ってやらなければ気が治まらない。
数回のコールで孝弘は電話に出た。
「なに、和沙。変態の俺とは会わないんじゃないの?」
平坦な感情の無い声。
その声にぐっと俺は喉が詰まった。
しかし、絞り出すように言う。
「へ、変態って言ったのは悪かった。でもあのゼミでの態度はないんじゃないか」
「オレの顔はみたくないんだろ」
「……でも!」
「なあ、和沙。どうして電話してきた。俺は和沙が好きだといった。それは俺がお前をそういう目でしか見てないってことだ。俺は自分をごまかせない。それを知っておけ」
俺は息が苦しくなってきた。突然壊れた友情に。
「……前みたいに戻れないか?」
「そうして欲しいのか。それは無理だ」
「……でも!」
「和沙。でもでも、って。駄々っ子みたいだな。じゃあこうしよう。オレが和沙を好きなのは変わらない。だから少しだけ、恋人ごっこをしようじゃないか。それならオレは和沙の傍にいる」
「こいびとごっこ?」
なんだよそれ。俺は孝弘の言葉を復唱した。
「和沙の家は厳格で、恋人が男だっていうのは許さない家だろう。和沙、お前自身も潔癖に育っているしな。俺たちみたいなのは理解に苦しむだろ? それは分かってた。でも、それを承知で好きになってしまった。変態って言われても仕方がないと思った。お前って潔癖だから。でもこうして電話してくるんなら、オレにもチャンスをくれ。お前がオレを好きになってくれるようにする。それが恋人ごっこだ。どうしてもダメだったら俺はまた和沙の前から存在を消す」
それは今日みたいに冷たい孝弘になるということで。
俺はそれが耐えられなった。
「わかった。恋人ごっこな。いまいち良くわからないけど、やってみる」
「そうか。じゃ、また明日。大学でな」
そう言って孝弘は電話を切った。
「オレ、
一緒に大学構内のカフェで親友と勉強していたときだった。親友の、親友だと思っていた
いきなり、ではないかもしれない。ちょうどそのとき俺は自分のお見合いの話を孝弘にしていたのだ。
大学生でお見合いってなんだって思うだろう。
しかし、俺の家はけっこう家格が良いので、良家のお嬢さんと今から縁を作っておくことを両親が熱心に進めていたのだ。
俺自身はそんなことはうざったかったんだけど。
だから孝弘に愚痴を言った。
「結婚なんて考えられないし、お嬢様ってどういう人種なのかもよく分かんないんだよな」
って。まったく他意はなかったし、純粋な俺の気持ちだった。
そうしたら、孝弘が真剣な目で俺を見て、言ったんだ。「オレ、和沙が好きなんだ」って。
孝弘が俺を好き? うそだろ。冗談だろ。それは親友だという意味だよな。
俺は数秒固まって、作り笑いをした。俺が好き、それはちょっと過激な友情アピールだろ。
「ああ、俺も好きだよ、孝弘」
だから俺も軽く返した。そうしたら、孝弘は俺よりも大きな手を俺に伸ばして、俺の短い茶髪を包み込んできた。あっけにとられて黙っていると、そのあとにこいつは俺にキスをしてきようとしたのだ。
ありえねえ!
「何すんだ!」
とっさに顔をそらせて孝弘をかわす。俺は怒りで真っ赤になった。
強引に孝弘の手を振り払い、カフェの席をたつ。
頭が混乱している。なんで。今まで、ついさっきまで親友だったのに……!
「お前が変態だって知らなかった。二度と俺の前に顔みせんな!」
孝弘を思い切り罵倒して、俺はカフェテリアを出た。
それから俺、
孝弘とはゼミが一緒だった。経営学のゼミで、小売店の経営について研究しているゼミ。
俺は将来的に何かの店を開きたかったから。
孝弘も一緒で、カフェなんかの経営をしたいらしい。
そんな経緯で知り合った俺たちは、ゼミでは顔を合わせなければならない。
それも気が重かった。
疲れた身体をベッドへ投げ出して、ベッドサイドに置いてあるお見合い写真を見る。
細面の可愛い女の子が着物を着てほほ笑んでいる。
可愛いと思うのに、俺のこころは今日のことでいっぱいだ。
孝弘はごつい感じの大男だ。精悍な顔つきは女子にも人気があり、スポーツ選手のような筋肉質の腕が、薄手のタートルネックで惜しみなく強調されている。
今は一月なのにそんな薄手で寒くないのかと聞いたら、鍛え方が違うと言われた。
そんな孝弘から見れば俺はひょろくてなまっちろくて頼りないんだろう。オシャレの為に染めた茶髪もやわい猫毛だ。
だから間違って庇護欲とか掻き立てられたのかもしれない。
なんて、何でお見合い写真を見ながら孝弘のことを考えているんだ。
「寝よ……」
俺は複雑な想いを抱えて寝ることにした。
その日から、孝弘はゼミで俺と会っても目を合わすことはしなくなった。
なぜかずきりと胸が痛む。
そうだ、俺、親友っていう親友が孝弘しかいなかったんだ。
その親友を失って、俺は自分の友人関係が希薄なことに気がついた。
一緒に酒を飲みに行くヤツも、カフェで弁当や学食を食べるヤツも、いなかった。
あの日から俺は一人になってしまった。
胸がもやもやする。あいつがもっと普通だったならこんな思いをしなくてすんだのに。
孝弘は俺の顔をみない。
まるっきり他人になってしまったかのような俺たちに、教授やゼミの仲間が俺に声を掛けてくる。
「君たち喧嘩でもしたの?」
って。喧嘩、か。というか痴情のもつれか? そんなこと言えるか。
孝弘なんて勝手にすればいい。
俺だって勝手にする。
そうだ、お見合いの女の子と話を進めてもらうとか。
彼女が出来れば寂しさも紛れるじゃないか。
「喧嘩なんてしてないですよ」
軽く教授にそういうと、俺はその日のゼミを終えて、またアパートへと帰った。
早速電話することにした。
……孝弘に。
やっぱりあいつのあの俺を無視した態度が気に食わない。
これは文句を言ってやらなければ気が治まらない。
数回のコールで孝弘は電話に出た。
「なに、和沙。変態の俺とは会わないんじゃないの?」
平坦な感情の無い声。
その声にぐっと俺は喉が詰まった。
しかし、絞り出すように言う。
「へ、変態って言ったのは悪かった。でもあのゼミでの態度はないんじゃないか」
「オレの顔はみたくないんだろ」
「……でも!」
「なあ、和沙。どうして電話してきた。俺は和沙が好きだといった。それは俺がお前をそういう目でしか見てないってことだ。俺は自分をごまかせない。それを知っておけ」
俺は息が苦しくなってきた。突然壊れた友情に。
「……前みたいに戻れないか?」
「そうして欲しいのか。それは無理だ」
「……でも!」
「和沙。でもでも、って。駄々っ子みたいだな。じゃあこうしよう。オレが和沙を好きなのは変わらない。だから少しだけ、恋人ごっこをしようじゃないか。それならオレは和沙の傍にいる」
「こいびとごっこ?」
なんだよそれ。俺は孝弘の言葉を復唱した。
「和沙の家は厳格で、恋人が男だっていうのは許さない家だろう。和沙、お前自身も潔癖に育っているしな。俺たちみたいなのは理解に苦しむだろ? それは分かってた。でも、それを承知で好きになってしまった。変態って言われても仕方がないと思った。お前って潔癖だから。でもこうして電話してくるんなら、オレにもチャンスをくれ。お前がオレを好きになってくれるようにする。それが恋人ごっこだ。どうしてもダメだったら俺はまた和沙の前から存在を消す」
それは今日みたいに冷たい孝弘になるということで。
俺はそれが耐えられなった。
「わかった。恋人ごっこな。いまいち良くわからないけど、やってみる」
「そうか。じゃ、また明日。大学でな」
そう言って孝弘は電話を切った。