番外編 『帰ってきた! 日塔奈美の普通の大冒険』

文字数 4,562文字

※この話はさよなら絶望先生の最終回前後のネタバレが含まれます。原作の最終回を読んでない方はまずそちらから読んでもらうことを推奨します。

私の名前は日塔奈美。純粋無垢な可愛い乙女である。今日はまずあびるちゃんと動物園に行って、その後は麻菜実ちゃんの家に遊びに行く予定だ。それからは……時間が余ったらそこら辺でもブラブラしようかな。

奈美 「ヤッホーあびるちゃん! 早速動物園に入ろう!」

あびる 「うん」

あびるちゃんと動物園に行く、それには多少の覚悟が要るのだ。何故なら

あびる 「見てあれ! あの尻尾! 協会基準より微妙に長いけど比較的黄金比に近いあの構造美が……」

尻尾の話ばかりになるからだ。正直尻尾の話を聞くより、動物を見て癒されたい。だがしかし

あびる 「あの尻尾触ってみたいなあ。きっとふわふわしてるだろうし!」

普段おとなしいあびるちゃんも、尻尾を語ってる時だけはとってもテンションが高いのだ! 友達としては幸せそうなあびるちゃんの邪魔はしたくないのである。

あびる 「飼育員さんに頼んでみようかな」

奈美 「それはやめておいた方がいいんじゃないかな? 忙しいだろうし」

あびる 「まあそうだよね」

?? 「そんなのあんまりだぁ!!」

奈美 「えっ?」

後ろを振り向くと二人の男の人が怒鳴りあっていた。

男1 「僕に責任を全て押し付けて、自分は逃げるつもりですか!」

男2 「そうは言ってない、ただ一時的に君には職場から離れてもらって」

男1 「全部僕のせいにして、そのままやめさせるか左遷させるかする魂胆でしょ!!」

どうやら会社のトラブルで上司と部下が揉めているようである。

奈美 「わあ……とんでもないところに遭遇しちゃったなぁ。あれじゃトカゲの尻尾切りだよ! ……ってはっ⁉︎」

失言してしまった! 恐る恐るあびるちゃんの方を見てみると

あびる 「トカゲの尻尾!!」キラキラ

あびるちゃんは男二人のいる方に向かった。と、止めないと!!

奈美 「あびるちゃん、そ、それは流石に!」

ガシッ

あびるちゃんは上司らしき人の腕をつかんだ。

男2 「な、なんだお前は⁉︎」

あびる 「トカゲの尻尾切り、するつもり?」

男2 「なっ! 人聞きの悪いことを」

あびるちゃんって確か、トカゲの尻尾切りの収集癖があった気がする。でもトカゲの尻尾切りは悪いことだし、助長させちゃいけないことだから止めないと!!

奈美 「あびるちゃん、落ち着いて!」

でもあびるちゃんは止まらず口を開いた。

あびる 「それは悪いことですよ? 良いんですか、大の大人がそんなことして!」

奈美 「えっ」

男2 「お前には関係ないだろっ!」

あびる「少なくとも私は先ほどの会話を聞いていました。それに途中からですが、スマホで録音もしています。これを会社に送りつけても良いんですよ?」

男2 「そ、それはやめてくれ!」

あびる 「なら責任は人に押し付けないで、しっかり取ってください!! あなたに実力があるなら責任を取ったって失態を取り返せるでしょ!!」

男2 「……ちっ。分かったよ」

サッ

男1 「ありがとうございます!! この恩はどう返せばいいか……!」

あびる 「恩なんて別にいいよ。もうトカゲの尻尾切りにあわないようにね?」

男1 「はい!!」

・ ・

奈美 「それにしても、トカゲの尻尾切りを集める習慣のあるあびるちゃんのことだから、てっきり上司側に協力するのかと……」

あびる 「奈美ちゃん、それは偏見だよ」

奈美 「ごめんなさい!! 」

あびる 「私はトカゲの尻尾切りにあった人たちをコレクションしてるけど、できることならトカゲの尻尾切りはあって欲しくないの」

奈美 「あ、あびるちゃん」

あびる 「確かに尻尾切りは集めたいけど、だからって目の前で尻尾切りにあおうとしてる人を見ないフリ、なんてできないよ。自分の幸せのために人を巻き込むのはまた違うと思うから」

奈美 「そうだよね……。自分の幸せだけを求めるのは間違ってるもんね!!」

* *

奈美 「ってことがありまして」

麻菜実 「えっ動物園に行ったんじゃないの? いつの間に道徳みたいな話に」

奈美 「あびるちゃんは深いんだよ……うん。まあそれはともかく、一ついいかな? 麻菜実ちゃん?」

麻菜実 「うん、いいよ。どうしたの?」

奈美 「麻菜実ちゃんさ〜。私が家に遊びに来たとき、何しようかって聞いたよね?」

麻菜実 「うん」

奈美 「でさ、編み物でもして遊ぼうかって私に聞いたよね?」

麻菜実 「うん」

奈美 「いやね? 編み物って時点で予想はしてたけどさ」

麻菜実 「?」

奈美 「これ内職じゃん!! 遊びと言いつつ私内職手伝ってるじゃん!!」どよんど

麻菜実 「えっダメだった?」

奈美 「ダメじゃないけども!! なんか違うじゃん!!」

麻菜実 「じゃあ工芸でもしようか?」

奈美 「工芸?」

麻菜実 「とりあえずこのパーツとあのパーツを組み合わせていく、誰でもできる単純作業を……」

奈美 「だからそれ内職じゃん!!」どよんど

* *

奈美 「つ、疲れた〜! 動物園行ったり友達の家に行ったりしてたのに、道徳考えさせられたり内職手伝わされたりするとは!! ってあれは……?」

先生だ! なんでこんなところに?

奈美 「先生、こんなところで何してるんですか?」

望 「ひ、日塔さん⁉︎ ……べ、別になんでもありませんから!」

奈美 「先生? そんな態度取ってたら逆に気になっちゃいますよ?」

望 「ぐっ……。分かりましたよ、言います。墓参りですよ! 墓参り! ただの墓参りです!」

奈美 「墓参り? お彼岸は過ぎてますけど」

望 「私の身内の方ではないんです。万が一にも遺族の皆さんに会ってしまったら気まずいので、日付を変えて行こうかなと」

奈美 「へえ……私もついて行っていいですか?」

望 「ダメに決まってるじゃないですか! 日塔さんは夏目漱石の『こころ』を読んだことはありますか? あの作品では主人公が先生の墓参りに出くわしたことで、先生の機嫌を損ねてしまいました。要するに、ダメです!」

奈美 「えっKと親友なんですか?」

望 「そういうことではなくてですね……」

奈美 「あっ……じゃあ自殺に追い込んじゃった人がいるとか……?」

望 「そんなこともないですから! 冗談でも言うべきことではありません!!」

奈美 「ごめんなさい……でもつい気になっちゃって」

望 「気になることを聞かないのが大人です」

奈美 「でもだって!! 先生、とっても悲しい顔をしてたから!」

望 「えっ」

奈美 「……って、それって言い訳ですよね。やっぱり失礼でした……ごめんなさい」

望 「まあそんなに落ち込まないでください。失敗は次からしなければいいのですから」

奈美 「先生……!」

望 「それに自殺に追い込んだわけじゃないとはいえ、私に責任があるのは間違ってません……」ぼそっ

奈美 「えっ今先生なんて言いました?」

望 「な、何でもないです!! もう日塔さんは家に帰ってください! 絶対に、付いてこないでくださいよ?」

そう言って先生はいなくなった。

私も子供じゃない。

人の事情に突っ込んではいけないことくらい、分かる。

でも、でも……先生のあんなに悲しそうな表情、私見たことなかったから。

どうしても気がかりなのだ……そっと後ろからついていく。

トコトコ

* *

墓地へやってきた。先生が見える。少しずつバレないように近づいていく。もう少しで墓石に刻まれた名前が見える。

あと少しだ。勇気を出してさらに進んだ。そして見えた。そこには

『赤木家』と書いてあった。

その文字を見た瞬間、なぜか私は急に強い眠気に襲われてしまった……。

* *

そこに刻まれた文字を見るたびに、ここに来るたびに、現実を、あの日のことを、思い出してしまう。それでも私は、受け止めなくちゃと、ここに来る……。

望 「もうあれからどれくらい経ったんでしょうか……月日は早いものです」

サッ

??「先生!」

望 「えっ」

?? 「そんなに悲しい顔をしないでください! 笑顔でいてくれないと私も笑えないですから!!」

望 「ひ、日塔さん?」

奈美 「でもありがとうございます。何回も何回もあれから欠かさず来てくれて、私は本当に嬉しいんです!」

そこにあった笑顔は、いつものとは、また違う笑顔だった。

望 「日塔さん……ではない? なるほど、今日はあなたですか……」

奈美 「そんなに落ち込む必要はないんですよ? 十分!! 私は幸せ者ですから!」

望 「……」

奈美 「だから先生は先生の幸せを手に入れてください! 先生が幸せになるために生きてください!」

望 「……風浦さん」

奈美 「それだけ言いたかったんです!! じゃあ先生、また学校で!」

望 「ま、待ってください!!」

奈美 「……?」

望 「一言だけ言わせてください。

私も大切な生徒、そしてあなたと、過ごせているこの毎日が幸せです。心配されなくたって、私だって十分幸せ者です!!」

奈美 「一言ではないじゃないですか」クスクス

望 「笑わないでください!」

奈美 「……じゃあそろそろ帰りますね」

彼女は後ろへ振り向いた。遠くへ行ってしまいそうな気がした。

望 「待ってください! ふ……いえ、カフカさん!」

奈美 「……何ですか?」

望 「もう一言だけ言わせてもらいます……

明日もちゃんと登校してきてください! そしてまた、会いましょう! あのクラスで!」

一瞬風が吹いて

可符香 「うん。ありがとう、先生!」

満面の笑みが見えました。

* *

望 「おーい。大丈夫ですか、日塔さん」

奈美 「あれ?? 先生? ここは?」

もう日が沈み始めて暗くなってきていた。

望 「近くの公園のベンチですよ。あなたが急に眠ってしまいましたから、とりあえず地面に横にさせるわけにはいかなかったので」

奈美 「私なんで眠っちゃったんだろう? 不思議と覚えてないなぁ」

望 「前回は屋台のラーメン屋さんであなたと会いましたね。つくづくあなたと会うとロクなことがありません」

奈美 「ひどいこと言わないでください!」

望 「ほら家に帰りますよ? 私は仮にも教師ですからね、時間も時間なので、生徒を家まで送り届けなくては」

奈美 「ありがとうございます!」

望 「やれやれ。これからも大変そうです……普通のくせに」

奈美 「普通のくせにとか言うなぁ!」

その後はしばらくお喋りをして、家の前に着いた。もう夜だった。先生に改めてお礼を言う、すると先生は笑いながらこう言うのだ。

望 「ではまた明日……学校で会いましょう」

先生は去っていった。
月が綺麗だった。
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