第18話:日連地区に福祉アパート30室建築

文字数 1,578文字

 資金はと、聞かれ約6億円と答えた。それなら大丈夫ですねと言われ、無理しないで持続可能な範囲で、やって下さいねと告げられた、そして、NPOとして申請すると優遇がある事を教えられた。この話を友人の一人、建設会社の息子、宍戸良二に連絡すると、もし、福祉アパ-トを建てるなら、父に話しても良いと言ってくれた。

 そこで、2004年8月のお盆に、宍戸工務店を訪ねると、友人の宍戸良二が、父で宍戸工務店の社長、宍戸良吉さんを紹介してくれた。社長が、自己資金はと、聞かれ、約6億円と答えた。それを聞いて、それだけあれば資金的には、問題ないと話した。もう役所も当たったのかと聞かれ、東京都庁行き、社会福祉課で、話すと喜ばれたと伝えた。

 アパートは、30世帯2Kを30室で、家賃付き3万円と言うと、人気になり凄い倍率になると言われた事を伝えた。福祉の対象はと、聞かれ、シングルマザーと、貧困高齢者と答えた。そうね。もし、アパート建てて、入居して、お金を払えなくなったどうするのと聞かれた。その時は、出ていただくしかないと言うと、本当に、その話を君が、相手にできるかと聞き直した。

 多分、大丈夫だと言うと多分じゃ駄目だ、出て行ってもらうように非情に話せるか、または、恩情をかけて、その人に無償で、アパートを提供していくか、2つに1つしか道はないと強い口調で言った。その覚悟を決めてからでないと君にとっても相手にとっても困ることになると語った。身銭を切っても、続ける覚悟があれば、手伝ってやると言ってくれた。

 覚悟はありますと伝えて、継続していく自信もあると宣言。すると、わかった相談に乗ってあげると優しい顔に戻った。そして、木造アパートの資料を集めて連絡すると宍戸工務店の社長が、言ってくれた。その後9月2日に、30世帯の木造アパートの5社による競争入札の価格と図面が、集まった。その結果、MD社の1億9千万円のアパートに決定。

 そして、9月15日から建築開始という事に決まった。そして、電気、上下、水道、整地などを3千万円で、宍戸工務店が、請け負ってくれた。これにより総額2億2千万円で30世帯の木造アパートが2005年1月16日に完成。その後、東京都の福祉課の職員との話し合いで、収入を確認して、貧困家庭に限定して、応募を受け付ける事にした。

 インターネット、東京都庁・福祉課の強力で、応募開始すると倍率27倍に達し、30世帯が決定した。2005年1月末に、当選した30世帯の家庭が決定し、入居してきた。ちなみに、藤野駅まで、日連橋を通り徒歩10~15分の近さで、すぐ近くに、スーパーもあり、住みやすい、住環境の場所に、低家賃アパートが、建った。

 その後、落成式には、藤野町の町長など15名の関係者が来て、福祉用30世帯の木造アパートの完成を祝ってくれた。翌日から、次々と入居者達が、東京の各地から引っ越してきた。この結果、栃木健吾の資産残高が、約4億円となった。この福祉住宅の話は、東京都庁でも話題を集めた。その後、東京都から入居30世帯に1世帯10万円の補助金が提供された。

 東京都から感謝状をもらい、これからも福祉用アパートを建てて欲しいと依頼された。この頃、中国で、2005年3月下旬から歴史教科書問題や日本の国連安保理常任理事国入り反対の署名活動が始まり、インターネットサイトや携帯メールなどで中国各地に拡大した。4月2日には、四川省成都で日系スーパーに対する暴動が発生し、大きな騒動に発展。

 4月9日には、北京で、日本に対する大規模なデモの一部が、暴徒化した。4月16日には、上海でも日本に対するデモの一部が、暴徒化した。4月17~18日にかけて、町村信孝外相が、北京を訪問し、事態について中国側の謝罪と賠償を求めた。中国政府は、暴力行為には遺憾の意を表した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み