005.ゲーム脳の変態は、嬉々として、鬼畜仕様の無理ゲーに愉悦する!
文字数 3,676文字
約半年ほど経った頃、運命の歯車が、遂に動き出した。カルマは逸早く異変を感じ取っていた。生後十日過ぎくらいに、不審な六人一組の斥候部隊がラック村に隠密潜入して居たからだ。
何故、身動き取れない赤ん坊の身でそれが解ったのか、其れはゲームシステムの恩恵だった。脳裏に浮かぶ周辺地図(脳裏地図)で、簡単に味方と敵を識別出来た。人物情報で、所属している勢力も解る。全て情報表示で数字と文言で確認出来るからだった。
此の【アルグリア世界】の住民からしたら、十分チートな能力だった。鑑定系のスキルがあれば、もっと詳細に情報を獲得出来るが、無くても十二分にありがたい力だった。
カルマとしては、両親に異常を伝えたい処だったが、伝える術が無かった。言葉は「あぅあぅあぅ!」くらいしか話せず、筆記で伝えようにも、何故か物が持てない! 流石に筋力【1】ポイントでも羽ペンくらい持てる筈だが、持てない。地面に書こうにも、外は極寒の氷雪地帯だった。
異変を知らせる事が出来ずに、遂に運命の日を迎えた。
「うわぁぁぁ~! 盗賊だぁ~! 襲撃だぁ~!」
「ぎゃあああああ~!」
ラック村は、盗賊を装った武装集団の襲撃を受けたのだった。父親のカルスは、其の声を聞くや否や、母親のマルナと赤ん坊のカルマを逃がすべく行動に移した。
こんな寒村の限界集落に、夏期でも雪が溶けない豪雪地帯を超えて、盗賊が来るなど、自分達親子が目当てだとしか、カルスには思えなかった。
「マルナ! どうやら囲まれているようだ! 俺が囮になる、お前はカルマを連れて逃げろ!」
カルスとの一瞬の目配せで、マルナはカルマを抱き、頷き返す。
「解ったわ! カルス、死んじゃ駄目よ! 直ぐ追い掛けて来てね!」
「ふっ、閃光と謂われた俺だぜ! 直ぐ追い付くさ!」
「カルマ、お出掛けしましょう?」
「ははは、とんだお出掛けだ! 直ぐ追い付く! マルナ、カルマを頼んだぞ! 愛してる!」
「カルス! ・・・・・・」
二人は抱き合い、接吻を交わし屋外に慎重に出たのだった。外は盗賊を装った集団によって、家は燃やされ、住民は問答無用で殺されていた。
「裏山から、ハルベルト山脈に抜ける道に、山小屋がある! 其処で落ち合おう!」
そう言い放つとカルスは、剣を握り締め、住民を襲っている明らかに訓練を受けた集団に突っ込んで行った。
其の言葉を聞くと同時に、マルナはカルマを抱き抱え、裏山の道無き道を進むのだった。
父ちゃん、いくら昔は冒険者で鳴らしたと言っても、相手は殺しを専門とする暗殺部隊百名が相手だ! 勝ち目は無いよ!
情報が全て解るカルマは、冷静に状況を分析していた。
あれ、此れってヤバくない?
「はぁ、はぁはぁはぁ!」
母ちゃんも運動不足で体力が落ちてるから、追手を振り切れるかは難しい。
くっ、父ちゃんが殺られた!
脳裏地図の父親の印が灰色に変わる。そして、母親と自分の青色の印に迫る、敵の赤色の印。
其の赤色の印が、点滅をし始めたのを確認したカルマは、追手に追いつかれた事を知った!
「はぁ、はぁはぁ。カルマ、貴方は私が守る!」
いつもおっとりした母親の決死の覚悟が、カルマの集操感を押し上げる。
ヒュ―――――――! ガッ!
「当たったぞ! 追え逃がすな!」
「「「はっ!」」」
矢を右肩に受けたマルナは、其れでもカルマさえ無事なら問題ないと、雪の道を逃げ進む。
「おい、其処までだ!」
マルナは追い詰められていた。道無き雪に埋もれた山道は、女の身で追手を振り切る事は出来なかった。
「貴方達、一体何者? 間違っても盗賊では無いわね?」
「ふっはははは! 其れを知って如何する? 今頃は【カリトリアス】殿下も、此の世とお別れしているだろうよ! 安心して、親子三人で冥府へ旅立て!」
「おい、喋り過ぎだ!」
「構うものか、どうせ此処で死ぬんだからな!」
「貴方達、私が誰か知らないようね?」
「ああ、知る必要が無いからな! 死ね!」
暗殺者がマルナに殺到しようとした時、後ろへ後退ったマルナの足下が崩れ、マルナが悲鳴を挙げながら峡谷の谷底へと落ちて行く。
「ちっ! 手間を掛けさせる! 死体は回収する命令だぞ!」
「仕方ない、降りるぞ!」
「お前は、頭に報告に行け!」
「はっ!」
四人の暗殺者達は、即座に行動に移った。一人は本隊に状況を知らせに。残りの三人は母子の遺体を回収する為に。
くっ、此処は何処だ? あっ、母ちゃんは?
あっ、母ちゃん・・・・・・!
母親は子供を守る為に、魔力で自分の身体では無く子供を包み、子供を優しく抱えながら、守るように死んでいたのだった。
「あぅあぅあぅ・・・・・・」
カルマの声は母には、もう届かない。カルマ自身も極寒の谷底では、此の侭では凍え死ぬしかない。
追手も諦める気配は無い。脳裏地図の赤色の印が、カルマの青色とマルナの灰色の印を、目指して近付いて来る。
そんな状況でも、カルマは冷静に分析を開始する。現在地の確認。追手の到着予想時刻。自分のHP(生命力)。自分の身体の調子。全てを確認したカルマが出した結論は、ある場所に向かう事だった。
運命には、必ず思惑がある。劇なら演出家の。映画なら監督の。小説なら作者の。此の世界(ゲーム)なら神(運営)の思惑が必ず存在する。
無ければゲームが進まないし、面白くないと確信するゲーム脳の変態は、常人の思考回路とは別の思考で、自分独自の答えを導き出す!
あそこだ!
カルマは自分の導き出した答えに向かって、匍匐前進を開始する。此処からは時間との戦いだった。
悴む身体で、凍える手足で、赤ん坊は一心不乱に匍匐前進で進む。
脳裏情報に浮かんでいるのは、HP(生命力)の残数値と、匍匐前進のスピードを上げる為に使用するMP(魔力)数値、スピードを維持するEP(持久力)数値、そして燃料であるFP(満腹度)数値だった。
極寒の冷えはHP(生命力)を、極寒の痛みはMSP(精神力)を徐々に削っていく。悴む手足が、徐々に機動力を落としていく。スピードを上げるMP(魔力)を使用すると、FP(満腹度)の減りが早くなる。スピードの強弱によって、EP(持久力)が下がっていく。
手足の感覚も、寒さで既に無い。身体を動かしているようで、動いている気がしない。
ヤバい!
<<個体名【カルマ】のHP(生命力)が【0】になりました!>>
あっ!
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「お帰りなさいませ、【カルマ】さま。プレイ時間は【百八十一日十八時間二十五分十三秒】でした。プレイ結果によって、獲得した英雄ポイントは【三百七十七】です! リスタートされますか、それともプレイアバター【カルマ】でのプレイを終了されますか?」
ふー、全く駄目だった。雪の降り積もっている中を、闇雲に進むのは自殺行為だ。先ず吹雪くと息が出来ない。
必ず正解のルートがある筈だ。考えてみれば、解る事だ。マルカ王国の辺境の村、ハルベルト山脈、答えはあそこに必ずある。ふっふふふふ。楽しい、久々にワクワクが止まらない。
「・・・・・・リスタートのようですね、【カルマ】さま? 最高難易度のシナリオは、如何だったでしょうか?」
「ああ、勿論リスタートで頼むよ【ジョドー】! 最高に興奮したよ! 最高のシナリオだ!」
無表情の執事が間抜けにも、口をアングリと空けた侭、暫し固まっていたのは決して錯覚では無かった。
「・・・・・・ゴホン! 左様でご座いましたか、お気に召して頂いたご様子。此のジョドー、感無量にご座います! 準備が整いました! ご武運を!」
「ありがとう、ジョドー! 行って来るよ!(へぇ、良い旅を以外にも、バリエーションがあったんだ!)」
【カルマ】の身体が、徐々にエフェクト処理され分解されて、消えて行く。
【アルグリア戦記の総合案内人】であるジョドーは、プレイヤーネーム【カルマ】を見送った後、現在プレイ中の一千万のプレイヤーの中で、鬼畜最高難度のシナリオ【創造神の試練】をプレイ後に、クレーム以外の言葉を、況してや賛辞の言葉を、初めて聞いた事に漸く気が付いた。
「くっくくくく。色々常人離れ過ぎて、禁止事項の斜め上を行く、流石は【廃神】と呼ばれる【カルマ】さまです。此のジョドー、思わず台詞を間違えてしまいました!」
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「おぎゃああああああああああああああああああ~!」
「マルナよくやった! 元気な男の子だ! ・・・・・・よし! 【カルマ】と名付けよう!」
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【アルグリア戦記】には、セーブ機能は存在しない。全て最初からのスタートと為る。現実の世界で、セーブなどは出来る筈もない。此処は【アルグリア世界】、もう一つの現実の世界。現実の一秒が、三千百十万四千秒に相当する仮想の現実世界。現実の一時間が、百二十九万六千日(三千五百五十年と二百五十日)に相当する【悠久の歴史を刻む世界】。
果たして、【アルグリア世界】は、仮想の現実世界なのだろうか? 其れとも、実はもう一つの現実世界【異世界】なのだろうか? 其の答えは【プレイヤー】だけが知っている。
To be continued! ・・・・・・
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