第二話
文字数 1,339文字
それからは何度もしつこく、数学を質問された。俺は段々と断るようになる。デートにも誘われたが、それも断った。
夏期講習が終わろうとすると、恵三郎さんから声を掛けられた。
「いいとこ、連れて行くから」
「いいとこって?」
俺はピンク街に連れられた。
「恵三郎さん。良くないですよ」
「童貞を卒業しなければ、浪人生を卒業できないぞ」
「それでいいですか? 駄目でしょ」
「そんなことはない。将来に稼いで、利子をつけて返そう。今回は僕が全部出すから」
ヘルスでは年増のババアが出てきた。更に不細工で、これは本当に酷い。俺は顔から視線をずらす。風俗嬢はこちらを覗き込んで笑う。ただ、対応もテクニックも上手だった。
終わった後に、吉野家で恵三郎さんと牛丼を食べた。
「どうだった?」
「まあ」
「まあって?」
「まあです」
「夢太郎、女は初めてか?」
「まあ」
「大人になれたか」
「まあ」
玄関に入ると、家は暗かった。下駄箱を見ると、模試の結果が届いている。B判定だ。頑張れば合格する筈。
翌日の夜に母に呼ばれて、キッチンにて話をした。
「昨日は楽しかった?」
「……」
「もう、キツイでしょ? ねえ」
母の語り口は優しい。
「別に」
「医学部を諦めるの?」
「嫌だ」
「お父さんはもう、拘っていないよ」
「……」
「あなたは何がしたいの?」
「……」
「医者に、なりたいの?」
「……」
「なにか、おっしゃい」
諦める選択を出来るのは、これが最後だと思う。しかし、今までの絵図を白紙にし、これから何かを積み上げるのが、とても億劫だ。
その翌日に予備校へ向かう途中、カップルを見た。女は派手なファッションで、太った男と手をつないで歩いている。女の顔をよく見ると、ブスだ。アンパンマンの様な顔をしている。ただ、胸がスイカで色っぽかった。よく見ると、スタイルがいい。
その翌週に、俺は母とチューターの三人で面談をした。
「模試ではB判定ですが……」
とチューターが切り出す。母の顔が変わった。
「そうですか。今年こそは大丈夫そうでしょうか?」
「でも、最近は授業中に寝るなど、よろしくない面も多々あります。叱っても、直りません」
母が、夕飯の時にする顔に戻った。
「そうですかー」
「二浪目までが、就職できる限界なので、決断をするべきなのかもしれません」
「はい。主人も私も、医者になることが全てじゃないと、考えるようになりました」
チューターが安心した顔をする。
「夢太郎君はどう思っているの?」
「どうって」
「だから……」
「よくわからない」
母がキレた。
「あんたの未来でしょ!」
「……」
チューターは困惑した。
「夢太郎君、どうするの?」
「もう少し考えます」
チューターは畳みかけた。
「医学部ばかりが人生じゃないですよ。それにね、アメリカのように大学卒業後に、医師を目指す手もあるから」