第2話:人魚姫は人間になる
文字数 1,220文字
フィアンセを置き去りにし、父上に秘密で海の宮殿を抜け出したシュプリーは、海の底の外れにあるダリーの住処へ行きました。
この魔法使いは普段海の底の洞穴の奥深くに隠れるようにして住んでいますが、どうやら時々陸にも上がっているらしく、家を空けていることもあります。
どうやらこの日は滞在中だったようで、洞穴の奥には不気味な赤い明かりが灯っていました。
それを見たシュプリーはほっと胸を撫で下ろし、洞穴の奥へと泳ぎ進んでいきました。啖呵を切って家を飛び出したものの、ダリーを捕まえられなければ彼女は一度家へ戻らなければなりません。
「こんにちは、ダリーさん」
挨拶をしながら奥を覗き込むと、ダリーは以前彼女のもとを訪れた時と同じようにウツボの足をくねらせながら、読書をしているところでした。彼女はかぶりものが好きなようで、いつも白っぽい布を頭から掛けています。その陰から覗く両目が、シュプリーの姿を見てにやりと笑いました。
「お久し振りですね、お嬢さん」
わざとらしいほど恭しく礼をした魔法使いに向かって、早速シュプリーは用件を述べ始めました。
「ダリーさん、ものは相談なんだけれど、私、人間になりたいの。ソロンさんの時とは逆ね。お願いできるかしら?…それともやっぱり、前みたいに代品が必要?」
ソロンが変身した時は、ダリーは彼に代金として珍しい品物を三つ要求しました。景徳鎮の陶磁器とナイルの水、そして生きた黒サソリです。王様だったソロンは権力と財産にものを言わせて三つの品物を集めましたが、サソリはダリーのところへ持っていく途中に死んでしまいました。品物のひとつを届けられなかったことで、ダリーはソロンの足を、魚ではなくイカに変えたのです。
しかし、ダリーは首を振りました。
「代品をよそから持ってくる必要はありませんよ、お嬢さん。ただ私は、貴女の声を頂ければ、それで結構です」
奇妙な要求を聞いたシュプリーは、思わず首を傾げました。一方でダリーは彼女の反応を予想していたかのように、愉快そうに口角を吊り上げました。
「変わった代品かと思われるかもしれませんが、まあこれは一種のセオリーでしてね。というよりまあ、予防のようなものです。私たちの存在は、人間に知られてはいけないんですよ。ですから貴女が人間になったあと、他の人間たちに色々な事をばらしてしまわないように、声を頂くんです」
「そういう事情なら、仕方ないけど…」
会話ができなければ自分の名前を伝えることも難しいのではないかとシュプリーは心配になりましたが、しかし何とかなるだろうと思い直しました。海の生き物の中には喋れない種族はいますが、シュプリーたちは彼らとも友達なのです。人間とも言葉なしで友達になれるだろうと、彼女は考えました。
「よろしいですか?」
被り物の陰から念を押すように訪ねてきたダリーに対して、シュプリーは決意を込めて頷き返しました。
*
この魔法使いは普段海の底の洞穴の奥深くに隠れるようにして住んでいますが、どうやら時々陸にも上がっているらしく、家を空けていることもあります。
どうやらこの日は滞在中だったようで、洞穴の奥には不気味な赤い明かりが灯っていました。
それを見たシュプリーはほっと胸を撫で下ろし、洞穴の奥へと泳ぎ進んでいきました。啖呵を切って家を飛び出したものの、ダリーを捕まえられなければ彼女は一度家へ戻らなければなりません。
「こんにちは、ダリーさん」
挨拶をしながら奥を覗き込むと、ダリーは以前彼女のもとを訪れた時と同じようにウツボの足をくねらせながら、読書をしているところでした。彼女はかぶりものが好きなようで、いつも白っぽい布を頭から掛けています。その陰から覗く両目が、シュプリーの姿を見てにやりと笑いました。
「お久し振りですね、お嬢さん」
わざとらしいほど恭しく礼をした魔法使いに向かって、早速シュプリーは用件を述べ始めました。
「ダリーさん、ものは相談なんだけれど、私、人間になりたいの。ソロンさんの時とは逆ね。お願いできるかしら?…それともやっぱり、前みたいに代品が必要?」
ソロンが変身した時は、ダリーは彼に代金として珍しい品物を三つ要求しました。景徳鎮の陶磁器とナイルの水、そして生きた黒サソリです。王様だったソロンは権力と財産にものを言わせて三つの品物を集めましたが、サソリはダリーのところへ持っていく途中に死んでしまいました。品物のひとつを届けられなかったことで、ダリーはソロンの足を、魚ではなくイカに変えたのです。
しかし、ダリーは首を振りました。
「代品をよそから持ってくる必要はありませんよ、お嬢さん。ただ私は、貴女の声を頂ければ、それで結構です」
奇妙な要求を聞いたシュプリーは、思わず首を傾げました。一方でダリーは彼女の反応を予想していたかのように、愉快そうに口角を吊り上げました。
「変わった代品かと思われるかもしれませんが、まあこれは一種のセオリーでしてね。というよりまあ、予防のようなものです。私たちの存在は、人間に知られてはいけないんですよ。ですから貴女が人間になったあと、他の人間たちに色々な事をばらしてしまわないように、声を頂くんです」
「そういう事情なら、仕方ないけど…」
会話ができなければ自分の名前を伝えることも難しいのではないかとシュプリーは心配になりましたが、しかし何とかなるだろうと思い直しました。海の生き物の中には喋れない種族はいますが、シュプリーたちは彼らとも友達なのです。人間とも言葉なしで友達になれるだろうと、彼女は考えました。
「よろしいですか?」
被り物の陰から念を押すように訪ねてきたダリーに対して、シュプリーは決意を込めて頷き返しました。
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