第十四章 『合』の本性

エピソード文字数 2,535文字

 やがて、土が、盛り上がり始め、動き出した。
『合』が高笑いして、
「こいつを殺せれば、私の勝ちだ!」
 と、叫んだ。
「……『合』さん、あんた……!」
 『合』のあまりに驚かされる行動に、彪が愕然として、つぶやいた。
「……彪様!」
 遺体がよみがえるところなど初めて見るのだろう、恐ろしくなったのか、暎蓮が、彪に身を寄せる。その彼女の動きに、我に返った彪は、暎蓮の肩に手をかけ、うなずいてみせた。
「大丈夫、お姫様。……お姫様のことだけは、必ず、俺が、護るから」
 それを聞いた暎蓮は、瞳を潤ませた。……彼女もまた、しっかりと、うなずく。
 土が崩れる音に、二人は再び振り向いた。
 土がはじけ、辺りに飛び散る。
 そして、そこから。靑黒い塊が、地上に出てきた。……人間の、片腕だった。
 もう片方の手先も、地上に出てきて、二本の手は、土を押しのけ、また、払い、遺体の肉体自体が、地上に出て来ようとしていた。
「彪様……」
「うん」
 彪は、暎蓮に握られた手を、握り返した。
 土の中から、もう変色した皮膚を持った、腐って崩れかかった衣服をまとった、女の姿が、起き上がろうとしていた。その首には、かつて羅羅の髪で縊り殺された痕だろう、黒いあざがある。
 三十年前に死んだわりには、保存状態が良すぎる死体だった。やはり、『仙士』の『術』の力に違いなかった。
「私は……」
 女は、かすれ声で言った。まだ、声もよく出ないようだった。
「お前は、羅羅だろう」
 『合』にそう言われて、女は、我に返ったように、つぶやいた。
「私は、『瀬 羅羅』……。なのに、この体は」
「恨みを、晴らさせてもらうぞ」
 『合』は、そう言って、短刀を構えた。
『合』は、自分の背後にいる妻にも言った。
「……お前も、それで、もう、いいな?」
 そこで、信じられないことに、初めて、『合』に憑りついていた妻が、口を開いた。
『冗談じゃ、ないわ。……あなた。私が、知らないとでも、思っているの?』
 一同は、『合』の妻を一斉に見た。
『……あなた……。確か、『羅羅』さん、と言ったわね』
 妻は、自分の肉体に入った羅羅を見て、言った。
『確かに私はあなたに殺されそうになったけれど。私は、まだあの時、死んではいなかった。気を失っていたところを、街の『仙士』にここまで運ばれて……。どうなることかと思ったわ。その時、この男は、あなたの頼んだ『仙士』と取引して、私をその『仙士』に殺させて、そのうえで、ここに私を埋め、私の死体の『気配』がここから漏れない『術』をかけさせたのよ。だけど、一瞬早く、私は、この男になんとか憑りつくことができた。私が恨みを晴らしたいのはむしろ、……この男のほうにだわ』
「同じ『仙士』様が。……なんてことを……」
 暎蓮が、袖で口を覆った。
 妻は、つづけた。
『この男は、私と結婚したけれど、それは単なる気まぐれにすぎなかった。すぐに、私にも飽きて、鬱陶しがっていたわ。あれやこれやと言い訳を作り、女遊びも、散々していたしね。……つまり、口先だけの、本当は、情のない男なのよ。そこの『巫覡』様のおっしゃっていた通り、私が死んだその後も、街の『仙士』に頼みつづけて、自分が私にとり殺されないように、と、自分が私に憑りつかれていることが他人にわからないように、『術』が解ける前に、何度も重ねて同じ『術』をかけさせつづけていた。機会があれば、すぐにでも、憑りついた私のことも滅したいと思っていたくせに、なにかあったら、すべてを羅羅さんのせいにしようとして、長い間、羅羅さんを恨みつづけるふりをしていた。……ひどい人!』
「じゃあ、奥さんが『合』さんに憑りついたのは、『合』さんに、羅羅さんへの恨みを晴らさせるためじゃなくて、最初から、『合』さんを恨んで、『合』さんをとり殺すつもりでのことだったのか!」
 それで、ようやく、数々の疑問点に合点がいった。彪は、『合』に向けて、言った。
「……羅羅さんへの『呪詛』も。ただの演技だったのか!?」
 それに対して、『合』は、言った。
「『呪詛』は演技じゃないよ。……こんなしつこい女。たとえ、霊体だけでも、邪魔だ。ましてや、私を恨んで、『呪詛』をかけていたなんて、考えただけでも鬱陶しい。私を恨んで死んだのはわかっていたから、滅せるものなら、滅したいと、ずっと、思いつづけていたのさ。それがたまたま、『呪詛』という形を取っただけだ」
 それを聞いた彪は、眉間にしわを寄せた。……彼は、強く『合』に言い放った。
「『合』さん。……あんた、羅羅さんと、奥さんに、謝れよ!」
「なに!?」
 子供である彪に、叱咤されるとは思わなかったのだろう、『合』が怒りの形相になる。しかし、彪は、そんな『合』の表情など歯牙にもかけずに、言い切った。
「もとはと言えば、あんたが悪いから、羅羅さんも奥さんも、苦しんで死んだんだぞ!」
「坊や……」
 変色した肉体に入ったまま、土の中で座っていた羅羅が、彪の意外な言葉に、声を詰まらせた。
 当の『合』は、今度は言い訳するように、叫んだ。
「わ、私だって、こんな女たちは願い下げだったんだ!もっと若く、美しく、従順な……そう、そこの『斎姫』のように!そんな女だったら」
「……あんた!」
 彪が、本格的に怒りの表情になった。暎蓮も同様のようだった。
 その時、ずるり、と音を立てそうな勢いで、妻は、『合』の体から離れた。『合』の目の前に浮かんだ妻の霊体は、言った。
『……あなた。もはや、なにも言わないわ。……死んで!』
 妻の額から、角が生えた。顔が、鬼に豹変する。
 妻は、部屋の外にいた、自分の肉体内の羅羅に言った。
『羅羅さん。……あなたの力も、少しお借りするわ。私も、もう、魂の力があまり残されていないの』
「えっ」
 羅羅が、戸惑ったかのように声を上げた。
 次の瞬間、妻は、羅羅に素早く向かい、自らの肉体に飛び込んだ。一つの体の中で、二つの魂が、強引に一体化される。妻の肉体の中から、羅羅の悲鳴が聞こえた。
「ええ!?」
 今、目の前で起きた現象に、驚きのあまり、彪と暎蓮が、思わず叫んだ。
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登場人物紹介

白点 彪(はくてん ひゅう)

十三歳。『玉雲国』の『宮廷巫覡』で、強力な『術』を使える『術者』でもある。

この国の『斎姫』で初恋の相手、十一も年の違う憧れの『お姫様』である暎蓮を護るのに必死。

温和な性格。

甦 暎蓮(そ えいれん)

二十四歳。しかし、『斎姫』としての不老の力で、まだ少女にしか見えない。『玉雲国』の王である扇賢の妃。『傾国の斎姫』と言われるほどの美女。世間知らず。

彪が大のお気に入りで、いつも一緒にいたがる。しかし、夫の扇賢に一途な愛を注いでいる。

使う武器は、『破邪の懐剣』と『破邪の弩』。

桐 扇賢(とう せんけん)

十七歳。暎蓮の夫にして、『玉雲国』の王。『天帝の御使い』、『五彩の虎』の性を持つ。単純な性格ではあるが、武術や芸術を愛する繊細な面も。

生涯の女性は暎蓮一人と決めている。

彪とはいい兄弟づきあいをしている。愛刀は、『丹水(たんすい)』。

関 王音(せき おういん)

二十代後半。扇賢のもと・武術の師で、宮廷武術指南役。美しく、扇情的だが、『天地界』中にその名と顔が知れ渡っているほどの腕の『武術家』。

暎蓮にとっては、優しい姉のような存在。彪や扇賢にとっては、やや恐れられている?

愛刀は『散華(さんげ)』。

ウルブズ・トリッシュ・ナイト

二十代後半(王音より少し年下?)。扇賢のしもべで、『玉雲国』ただ一人の『騎士』を自称する、人間界の西方が出自の金髪美男。暎蓮に懸想しており、彪や扇賢とは好敵手関係?戦うときは銀の甲冑と大剣を持つ。マイペースな性格。

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