"狂信者"との昼食
文字数 2,633文字
わたしは心をつくして主に感謝し、あなたのくすしきみわざをことごとく宣べ伝えます。いと高き者よ、あなたによってわたしは喜びかつ楽しみ、あなたの名をほめ歌います。
(旧約聖書『詩編』9編1節~2節)
4時限目が終わった。生徒達は仲の良い者同士集まり、グループをつくって机を囲んでいる。教室の最前列、どの輪にも入れず、一人寂しく英語のテキストを机にしまう者がいた。それは言うまでもなく陽太である。
(4時間目が終わった。そしてこれから1日の中で一番嫌な時間が来る。昼休み!ほとんどの生徒は友達と机を寄せ合って食べるけど、僕は一人ぼっちだ。友達のいない寂しい可哀想な奴って感じでいつも見られてるんだろうなー……。ああもう嫌だ。さっさと食べて寝てるフリをしよう。そうしよう。あ、サイッコラさん来るんだっけ。ああもう考えるのもめんどくさいくらい憂鬱だ。)
クラスの視線が2人へ注がれる。聖書科の授業に反発して、黒板に"訳の分からぬ"文を書いて回った女子生徒が、クラスに馴染めず1人でいる男子生徒に声をかけたのだ。教室内の生徒達が興味を持つのも無理はないであろう。無論その興味は、困惑や嘲笑を含んだものである。
おっ、ボッチからリア充に昇格か。
サイッコラさんの弟子第1号?
オイオイオイ
社会的に死ぬわアイツ
2人は廊下に出た。愛花は周囲の嘲笑を歯牙にもかけず堂々と歩くが、さほど強くないメンタルにダメージを被った陽太は、精神をオーバーキルされ俯き気味である。階段を上がって、踊り場へ。愛花は胸を張ってドヤ顔で歩くが、陽太の歩く姿はもはやゾンビである。屋上へ向かう扉の手前で、愛花は立ち止まる。
メンタルに急激なダメージを負い、一時的な狂気に陥っている陽太。
そんな彼の様子に気づいていないのか、愛花は鼻歌まじりに弁当の包みを広げる。
愛花につられ、陽太もそれに続いた。ただし、その動作は緩慢かつ無気力であった。
以前から抱いていた疑問を打ち明けてみる陽太。愛花は、よくぞ聞いてくれたという雰囲気を醸し出す。
うん。だから私は何を言われても、どう思われても怖くないよ。だってイエス様に従ってるだけだから。そして、エペソ人への手紙6章12節!わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである!
陽太は無難な受け答えを心掛けつつも、心の中では呆れかえっていた。今まで人の視線を恐れて怯えながら生きてきた陽太と、嘲笑を歯牙にもかけないどころか自分の正しさを信じて疑わない愛花。あまりに感覚がかけ離れ過ぎていた。
答えに窮する質問である。特に陽太のように他者の目線を気にする人間にとっては。聖書が神の言葉だと信じて疑わない者に対し、そんなの信じられないと言えば、相手に不快な思いをさせるだろうという危惧が、陽太の口を塞ごうとする。しかし愛花は、陽太がキリスト教徒でないことを承知した上で尋ねている。上っ面のリップサービスなどかえって失礼にあたると考え、率直に自分の感想を述べてみることにした。
一瞬凍り付く陽太。愛花は不敵な笑みを浮かべていた。
陽太は、どうやって奇跡を起こすつもりなんだとツッコミを入れたくなったが、何を言ってもこの荒馬めいた"狂信者"を止めることはできないだろうと考え、出かけた言葉を飲み込んだ。