第4話 お嬢さま、着席する

文字数 1,356文字

と、取りあえずお店に入ろうか? 怖くないから、ね? ね??


慌てた男性客は、そう言って蘭子(らんこ)を店内へといざなう。


……聞きようによってはとても危険なセリフであるが、もちろん彼に悪意はないし、ここは当然怪しいお店ではない。


う、うう……!


蘭子が『アキバ絶対領域』の店内に足を踏み入れたのを確認して、男性客は、


じゃ、じゃあね……!


逃げるように去っていった。


そして、入口に立ちすくむ蘭子を、スタッフのメイドが出迎えた。


可愛いお嬢さま、ご入域でーす!


おかえりにゃさいませーー☆


他のメイドたちも、口々に「おかえりにゃさいませ」と言って蘭子を迎えた。


――――。


彼女にとっては聞き慣れた、『可愛い』とか『お嬢さま』といったワードが、蘭子の混乱をおさめてくれた。


――はっ!?


そ、そうよ! 社会見学に来てあげたわよ!

はい。どうぞどうぞ~☆


にこやかな顔でおじぎをする女性スタッフ。18、9歳くらいだろうか。


もちろん、コスチュームはメイド服である。裾の広がった短めのスカート。白と黒のツートンカラーだ。頭には猫耳のような飾りが、ぴょこんと乗っかっている。


(これが……メイド喫茶とやらの正装なのね)


落ち着きを取りもどした蘭子は、メイドのことをまじまじと観察する。


そして首を回し、店内を見わたす。



白を基調とした内装。パステル調のピンクやブルーがアクセントとして配色されている、ポップで可愛らしい空間だ。


ふ、ふん! 幼稚ね!


ちなみに言っておこう。

彼女は、こういう色が大好きである。小学校のランドセルも、パステルの水色だった。


しかし、もう『中学生(おとな)』になったのだから、もっとシックな趣味に走るべきだと最近は思っていて、寝具のカバーもピンクからグレーに変えさせたし――朝食時には、無理してブラックコーヒーを飲んだりもしている(実は、しずかがこっそりと砂糖を少量まぜてくれている)。



入口側の壁はガラス張りになっていて明るい。飾り棚には、やはりパステルカラーで着色されたフィギュアや、小物類が並べられてある。


ま、まあ、エントランスにしては中々じゃない?


奥の部屋は、どうなってるのかしら?


蘭子は背伸びをして、カウンターの奥へと目をやる。


奥はキッチンとスタッフルームですにゃ☆
……?

席って、これだけなの?

はい☆


何度でも言おう。

蘭子は超絶お嬢さまだ。


彼女の部屋は天蓋(てんがい)付きのクイーンベッドが悠々と収まるほどの広さだし、家族で食事をとるテーブルなどは、まるでヨーロッパの貴族かと思わせるほどの長さだったりする。


一般的な飲食店の規模など、彼女の常識の中には組み込まれていない。


お好きな席へどうぞ~☆
…………。


促されて、蘭子は席を物色する。


店内には、カウンター席の一番奥に男性が1人、その背後のテーブルに2人組の男性客。小さなステージのような空間を挟んだ席に、女子大生らしき3人のグループが座っていた。


(お、男の人……!)


蘭子は奥のほうを避けて、入口付近の、4人掛けのテーブルを選んで着席した。



そしてそこは――

まったくの偶然ではあったが、とある人物にとっては大変都合のいい席だった。


そう……。


…………。


道路向かいのビルから、スナイパーライフルのスコープをのぞき込む、とある過保護なメイドにとっては、とても監視しやすい席だったのである。


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登場人物紹介

寝具堂 蘭子

しんぐどう・らんこ


ちょうぜつお金持ちな13歳のお嬢さまだよ。


お屋敷のメイドに甘やかされて育ったから、常識はずれは仕方がないね。中学生になったのを機に、下々の暮らしを査察するため秋葉原に降り立ったんだって。上から目線だね。


頭とおしりをくっつければ寝子(ねこ)になるんだよ。よかったね、蘭子ちゃん☆

息吹 しずか

いぶき・しずか


お屋敷のメイドだよ。

ノーマルなメイドだよ。

ガチでお嬢さまが大好きな26歳なんだって。


お嬢さまのぷにぷにほっぺをつつくのがマイブーム。なんとこのブームは、13年も続いているんだ。持続力がえげつないね。

万間 カケル

まんま・かける


しずかさんの幼なじみだよ。

寝具堂のお屋敷につとめる、報われない26歳の執事だよ。


おもにツッコミを担当するオスなんだって。希少種だね。

かたりべにゃんこ


たまにしゃべるにゃんこだよ。


おそらく神かなにかの化身だね。

もしくはネコ。

ねーぶる

『アキバ絶対領域』のスタッフだよ。


猫種はマンクス。しっぽのない猫さんなんだって! 趣味はカメラを持ってお散歩すること。好きな食べ物はサーモンのお寿司らしいよ。

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