第一幕第八場(10)

文字数 828文字

お姫さまは毎晩、鏡の前に立って、背がのびるのを待ちました。

(つぶやくように)母親の服を身につけて。
よくわかるね。
わかりますよ。
リキ君!
王さまが、毎晩、お妃を思い出しては、泣くので……
タカ君!
お姫さまは……
お姫さまの名前は、ダユといいました。
ダユは、踊りました。
ただ、王さまを、なぐさめたくて。笑わせたくて。
笑ってよ。見てよ。
これは、お話よね? ただのお話よね?
王さまは娘を、深く、愛していました。
ダユも父親を、深く、愛していました。
二人はたぶん、ちょっと深く、愛しあいすぎたんだね。
ダユは、踊るために、キレイな服をもらいました。宝石もね。欲しいモノは何でも、もらえるのでした。
踊るための広間。舞台。劇場。
町。
町?

そう。町ごとそっくり、彼女のもの。イスという町だよ。きらきら光る海辺の町。おおぜいの男たちが彼女を一目見ようと集まってくる。その男たちもみんな、彼女のものだ。

生かそうと、殺そうと、思いのまま。

生かそうと、殺そうと……
大丈夫。これは、お話だからね。
生かそうと、殺そうと。
だめ。聞いてはだめ、だめ!
聞いてよ。俺の話。
あなたじゃない。あなたじゃない。
俺は何をしてる。
知ってる? 自分自身を思いどおりにできない人間ほど、他人を思いどおりにしようとするんだよ。
だめだ。溺れる。
溺れてもいい。
顔を上げて。前を見て!
ある日、イスは海に沈んだ。
なぜ?
町を守っていた堤防が切れて、波が一気に押しよせた。誰かが水門を開けたんだ。
誰が?
誰だろうね。水門の鍵は、ダユが持っていた。
どういうこと?
終わりにしたかったんじゃないですか?
何を?
何もかも。
だから言っただろう。助けて。
おいで。こっちへ。
だめ。こっちを見て。
いい子だね。
見て! 聞いて。私の手を、つかんで!
手を?
手を。
さあ、手を。
四人、いっせいに手をさし出す。
溶暗。

イメージ曲:ドビュッシー「沈める大伽藍」(『前奏曲集Ⅰ』より)
https://www.youtube.com/watch?v=WChDaoOEHbs

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登場人物紹介

リキ(力) 若い男。

タカ(高) 若い男。リキの「同居人」。

ゲン(源) 若くない男。タカの「客」。

ハツ(初) 若くない女。ゲンの妻。

ナツ(夏) 少女。

リキ&タカ(二人同時に)

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