頭狂ファナティックス

もしも明日があるならば

エピソードの総文字数=3,306文字

 夕食の支度を終えて三人で待っていたが、秋姫が戻ってきたのは料理が冷めてからだった。いつも食事は綴が用意するのだが、大事をとって安静にしたために料理を作ったのは銀太だった。秋姫は一人で帰ってきた。夕食の場で互いに報告をした。綴だけ早めに夕食をとって、銀太の部屋に移動してベッドで横になっていた。紅月は片手で器用に料理を口に運んでいた。
ごめんなさい。お医者さん連れてこれませんでした。最初に医療施設を数件回ったんですけど、どこも無人でびっくりしましたよ。しかも薬とか救急品とか、みんな持ち出されているんです。
何件目か忘れましたけど、喫茶店とかのお店の人たちが寝泊まりしているところがありまして、お医者さんの行方を聞いたんです。そしたら、そういう専門職の人はみんなショッピングモールにいるって。なんでもショッピングモールを占拠して、食料とか医療品を独占している徒党があるそうなんですよ。学生も優秀な人はそこに集められて、籠城して封鎖期間を乗りきるつもりだそうです。
ショッピングモールですか。その徒党のリーダーはおそらく常盤先輩です。空白組の一人の。今日、守門先輩に会って聞いたんですよ。常盤先輩は学園が封鎖されると知ると否や、ショッピングモールを制圧したって。
銀太てめえ、そんな大事なことを黙っていたのか。あの人が大人しくしているとは思っていなかったが、独自にレジスタンスを作るとはな。即座にショッピングモールを襲撃して、生活に必要なものを根こそぎかっぱらうとはやってくれるじゃねえか。
守門先輩と別れたあと、ごたごたに巻き込まれたせいで言うのを忘れてたんだよ。常盤先輩本人は悪党に生活必需品を略奪される前に、自分が確保して分配する役割を務めると言っているそうだよ。
ああ、そりゃあ、あの人は分配するだろうな。優秀な人間にはな。強者は自分の手元に置いて、力の及ぶ限り保護する。弱者は助けを求めてきても蹴り飛ばして、のたれ死のうが気にもしない。常盤先輩はそういう人だ。この学園の中に法がないというのならば、新たに法律を作ればいい。それを為すには、優秀なリーダーと優秀な人材、そして豊富な資本が必要だ。常盤先輩はショッピングモールの中に国を作るつもりだろう。そして学園の封鎖を耐え忍ぶ。選ばれた人間だけでな。
紅月さんの言うとおり、本当にその国の恩恵にあずかれる人たちを選んでいるようでした。私もショッピングモールの正面口まで行ったんですよ。けれども見張りの人たちが立っていて、中に入れさせてもらえませんでした。名前、学年、クラス、そして成績まで聞かれて、正直に答えたら私は中に入る資格がないって。
紅月さんのことも話したんですけど、治療を受けたいならば、日が昇っているうちに本人が訪ねて来いとのことでした。お医者さんを派遣するつもりはないそうです。なんだか嫌な感じです。具体的にはどのくらいの生徒を受け入れるつもりなんでしょうか?
ショッピングモールの広さを考えると多くても上位一割だろうな。それ以上増えると内ゲバが起きる。それなら明日になったら行くか。日が昇っているうちに、と門番が言ったのなら、夜間は人の出入りを禁じるよう常盤先輩から厳命されているはずだ。今の時間に行っても追い返されるだけだろう。明日、ショッピングモールに顔を出せば、常盤先輩もクラスメートのよしみで治療ぐらい受けさせてくれるはずだ。
 四人が順に風呂に入り終え、就寝の時間になると、ようやく長い一日が終わろうとしていた。全員がすでに学園に閉じ込められて一週間以上経つように感じていたが、実際はまだ二日目だった。紅月は寝る前に秋姫の手を借りて右腕の包帯を取り換えたが、赤黒くなった包帯には少量だが膿がついており、やはり熱湯と無水エタノールだけでは消毒が不十分であるようだった。
ショッピングモールに行ったら、まともな消毒剤と抗生物質も貰わないといけませんね。無料で貰える保証はないですけど。ふっかけられる覚悟もした方がいいかもです。
正直に言えば、俺一人だったら手放しで仲間に入れてくれるだろう。負傷しているとはいえ、俺も空白組の一人だ。食料その他の一部を渡すくらいなら、俺が仲間になることで治療してもらった方がいい。だがその場合、秋姫先輩や綴ねえも一緒に仲間に入れてくれるかはわからない。それに一度ショッピングモールで生活を始めたら、風紀や物資の管理のために安々と出入りはできなくなるだろう。
治療の条件に仲間になることを要求されたら、私たちのことは気にせず了承してください。別々に生活することになっても、私たちは私たちでどうにかします。紅月さんが治療を受けることが先決です。生徒会の件とは違って、敵対組織に寝返るというわけではないのですから。
 包帯を取り換える紅月と秋姫の様子を綴は自分のベッドの上から眺めていたが、新しい包帯を巻き終えるタイミングを見計らって、面映ゆそうに枕を胸に抱きしめながら切り出した。
今日は誰かと一緒の布団で眠りたいな……。体調は落ち着いたけど、何だか心細い……。
それなら私が添い寝してあげましょう。綴さんと一緒の布団で眠るのは久しぶりですね。
俺も誰か看病してくれる人に付き添ってほしいな。今夜は熱を出すだろうから。こんな怪我をした上に、消毒も不十分とくればな。
そしたら三人で寝よ? ちょっとベッドが狭いかもだけど。
おいおい、そしたら銀太だけハブか? せっかくなら四人で一緒に寝ようぜ。こうなりゃ三人も四人も変わらんよ。つい最近、綴ねえも言ってたじゃねえか。四人みんなで抱き合いたいみたいなこと。裸がいいとも言ってた気がするが、さすがにそこはパジャマで。
 紅月は言うが早いか、隣の部屋に行くとすでに電気を消して、ベッドに入っていた銀太を叩き起こして自室に連れてきた。
四人で寝るの? どういう話の流れでそうなったの?
まあまあ、細かいことはいいんだよ。それにこの四人の共同生活もいつまで続くかわからんしな。これからは状況に応じて、寝る場所を転々とする羽目になるかもしれん。背の高い銀太と綴ねえがベッドの中央に寄れ。脇に俺と秋姫先輩が寝る。
 四人は綴のベッドに潜り込んだ。毛布は冷たかったが、四人の体温ですぐに温かくなった。紅月は包帯の血が布団に滲まないように右腕を毛布の外に出しながら、顔を綴の胸に埋めた。綴はその頭を両腕で抱きかかえ、髪を撫でながら匂いを嗅いだ。
 一方で秋姫は軽く触れるだけに留めて、頭を銀太の胸に預けていた。秋姫の髪は指で梳きたくなるような処女らしいものだった。銀太は静かに相手の髪の中に指を入れ、電気を消していたために見えはしなかったが、感触で指の隙間から水が溢れるように和毛が滑るのがわかった。四人は長旅から帰郷した旅人のように深く眠った。

 白いカーテンの隙間から研いだ刃物のような鋭さと冷たさを持つ冬の朝の陽光が顔にあたり、紅月は目が覚めた。夢の中でも綴の匂いと体温と肉の柔らかさを感じていた心地よさから、寝坊というほどではないが、いつもより長く眠っていた。隣では銀太と秋姫が抱き合いながら寝息を立てており、綴がいなくなっていた。朝寝の癖がある綴が紅月より早く起きているのは珍しく、紅月はベッドをこっそりと抜け出して部屋を一周したが三人の他に誰かがいる気配もなかった。綴は銀太の部屋で習慣である日記を『バベルの図書館』につけているのだろうと考え、紅月は隣の部屋へ向かった。
 横隔膜を振るわせる男の叫び方だが、その声色は少女のものである奇妙な絶叫に銀太と秋姫は無理やり眠りから引きずり出された。二人は顔を見合わせたあとにベッドを飛び出し、取り返しのつかない事態が起きた予感から戦慄を覚えながら絶叫の出処へ向かった。銀太の部屋の前には叫び声を上げて肺から空気を出し切ったが、錯乱状態のせいで呼吸ができなくなっている紅月が突っ立っており、その目線の先には藤椅子に座っている綴がいた。
 藤椅子に座っているのは左半身だけであり、綴の身体は頭頂から股にかけて切断されていた。右半身はつり合いを失って椅子の足元に崩れ落ちていた。

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