このひと時、沈黙を解いて

エピソード文字数 1,152文字

 交番の中はガランとしていた。
 扉を閉じると、私とアルバートさんだけになる。

 ――こ、これは…。

 修道院に入る前に読んだ、数々の恋物語が、私の頭に浮かぶ。
 二人きりというこの状況は、恋物語の定石だからだ。

 私の気持ちはいざ知らず、アルバートさんは戸棚から、忘れ物の入った籠を取りだした。
 カゴの中には本当に、聖書、ロザリオと十字架が入っていた。

「新しい本ですね。それになんて綺麗なロザリオと十字架。きっと大事にされていたのでしょう…」

「それが届けられてから、二か月が経つそうです。
 今、見回りに出ている上司が〝落とし物だ〟と、町の人から受け取ったものだと聞いています。
 落とし物なので、他の人に譲るわけにもいかず、困っていると聞いて…。
 落とし主がこれから現れるにせよ、現れないにせよ、一度清められて、しかるべきところでお預かりしていただければ、物にとっても幸いでしょう」
 ―――なんて、尊い方だろう。
「落とし物を拾うたびに思います。落とした時間に居合わせれば、拾ってすぐに差し出すのに、と」
 そういうと、アルバートさんは、落とし物から、私へ視線を移した。

「先ほどは。突然声をかけたので、驚かれましたか?」
「ええ。少し…」
「落し物は、あなたと話したいキッカケでした」

 ――私と、話したい、キッカケ…。
 胸の鼓動が早まる。

「先日は、その……」
 アルバートさんは言葉をにごす。
「あなたを困らせて、しまいましたね、シスター」
 私は言葉に詰まる。困ったのは本当だけれど、でも。
「…いいえ」
 首を横に振ると、その場で両手を握り合わせ、目を閉じる。

「――主よ。今ひと時だけ、私が沈黙を破ることをお許しください」

 まぶたを開け、アルバートさんを真っ直ぐに見つめた。

「アルバートさん」
「はい」
「私は、修道者の戒律で、一日のほとんどを〝沈黙〟して過ごします。
 信仰や、仕事においても、必要以上の会話は禁じられているのです」
「なるほど。それで先日…〝沈黙も祈りの道〟と、諭されたのですね」
「ええ。けれど…あなたの告白に、私はお返事をしなければならない」

 言わなければならない。
 告白されて、アルバートさんの想いに揺らいだ。
 けれども、修道女である以上、戒律を守らなくてはならない。

 ――ごめんなさい、と言ってしまえば…。

 またいつもの、清貧で静かな生活に戻る。
 けれど。ごめんなさいの言葉が、なぜかこの口から、出てこなかった。
「……わたくし、は…」
 とてもアルバートさんの目を見ることができず俯く。

「振られることは……覚悟しております」

 すると、うつむく私の上から、アルバートさんの優しい声がかけられた。
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