rain sound-16
文字数 1,234文字
―◆―
ラベンダーの香りがする。
タイムリープとは時間跳躍と身体移動を同時に行うこと…と説明を受けても分からないものは分からない。
「小説にならない人生を生きているものはいない」
もう定年を迎えて久しい芦田が言った。
国立文系クラスの朱夏にとって古文は受験に直結する科目の一つだった。英語-言い換えれば語学全般-が苦手な朱夏には英語の次に苦痛な科目でもある。 将来何の役に立つのかも分からない。
そんな気分で、あと2分で終わることを時計で見ていた。
ふいに授業を止めた芦田はかみしめように言った。
「皆が小説に足りうる人生を送っている。無論、私も含まれるのだろうが……いかんせん歳を取り過ぎた」
そこでチャイムが鳴る。
荷物をまとめて職員室に戻っていく芦田の背中がやけにくっきりと見えた。
あぁ、私はこの先を知っている。
このあと碧子が来てこう言うのだ。
「――」と。
あれ? 思い出せない。
ああ、コレはリアルタイムで進んでるから。記憶そのものがないのだから仕方がない。
でも、私はこの続きを知っているような気がする。
このあと碧子が来てこう言うのだ。
「朱夏」と。
あれ? なにかが違う。もう一度。
このあと碧子が来てこう言うのだ。
「あか! 起きなさい!」と。
「あと20分…」
ポコンと頭を叩かれる。「5分なら分かるけど。20分って人をなめてるの!?」
ラベンダーの香りがする。
「あか! これ以上この状態を続けるなら恥ずかしい話をするよ!」
雨の音もする。
雨? ラベンダーじゃなくって?
深町君はどこ?
暗い。どこまでも黒い。黒洞々たる闇があるばかりである。何も見えない。怖い。
「何も見えない。怖いよう…」
「目閉じてるんだから当たり前でしょ! こんなコントな会話を妹とする日が来るなんて!」
そういえば目を閉じてるような気がする。
意識して目を、まぶたをあげてゆく。だんだんと輪郭がはっきりとしていく。
「どうして玄ちゃんがここにいるの?」
「どうしてって、家の居間に私がいちゃ悪いの!」
「だって文化祭が…って、今日は何日?」
居間に掛けてある日めくりを見ると24日だった。文化祭の前日である。
「ウソ…」
「あ、忘れてる。母さんか」
玄ちゃんはそう言って立ち上がり日めくりを一枚はがした。
「帰ってきたと思ったらすぐに寝ちゃうから。さっさと制服着替えて来な。ごはんだよ」
「玄ちゃんラベンダーの香りがするけど」
「トイレの消臭剤買ってきたから」
「そっか。そっかぁ…」
朱夏は居間の家具調こたつの周りに敷いてある長座布団から起き上がるとペタペタ数歩歩いて自分の部屋の戸を引いた。
6月25日 雨 文化祭1日目 古本市の残り 847冊
未来のことは考えない。なぜならすぐに来るからだ。
ラベンダーの香りがする。
タイムリープとは時間跳躍と身体移動を同時に行うこと…と説明を受けても分からないものは分からない。
「小説にならない人生を生きているものはいない」
もう定年を迎えて久しい芦田が言った。
国立文系クラスの朱夏にとって古文は受験に直結する科目の一つだった。英語-言い換えれば語学全般-が苦手な朱夏には英語の次に苦痛な科目でもある。 将来何の役に立つのかも分からない。
そんな気分で、あと2分で終わることを時計で見ていた。
ふいに授業を止めた芦田はかみしめように言った。
「皆が小説に足りうる人生を送っている。無論、私も含まれるのだろうが……いかんせん歳を取り過ぎた」
そこでチャイムが鳴る。
荷物をまとめて職員室に戻っていく芦田の背中がやけにくっきりと見えた。
あぁ、私はこの先を知っている。
このあと碧子が来てこう言うのだ。
「――」と。
あれ? 思い出せない。
ああ、コレはリアルタイムで進んでるから。記憶そのものがないのだから仕方がない。
でも、私はこの続きを知っているような気がする。
このあと碧子が来てこう言うのだ。
「朱夏」と。
あれ? なにかが違う。もう一度。
このあと碧子が来てこう言うのだ。
「あか! 起きなさい!」と。
「あと20分…」
ポコンと頭を叩かれる。「5分なら分かるけど。20分って人をなめてるの!?」
ラベンダーの香りがする。
「あか! これ以上この状態を続けるなら恥ずかしい話をするよ!」
雨の音もする。
雨? ラベンダーじゃなくって?
深町君はどこ?
暗い。どこまでも黒い。黒洞々たる闇があるばかりである。何も見えない。怖い。
「何も見えない。怖いよう…」
「目閉じてるんだから当たり前でしょ! こんなコントな会話を妹とする日が来るなんて!」
そういえば目を閉じてるような気がする。
意識して目を、まぶたをあげてゆく。だんだんと輪郭がはっきりとしていく。
「どうして玄ちゃんがここにいるの?」
「どうしてって、家の居間に私がいちゃ悪いの!」
「だって文化祭が…って、今日は何日?」
居間に掛けてある日めくりを見ると24日だった。文化祭の前日である。
「ウソ…」
「あ、忘れてる。母さんか」
玄ちゃんはそう言って立ち上がり日めくりを一枚はがした。
「帰ってきたと思ったらすぐに寝ちゃうから。さっさと制服着替えて来な。ごはんだよ」
「玄ちゃんラベンダーの香りがするけど」
「トイレの消臭剤買ってきたから」
「そっか。そっかぁ…」
朱夏は居間の家具調こたつの周りに敷いてある長座布団から起き上がるとペタペタ数歩歩いて自分の部屋の戸を引いた。
6月25日 雨 文化祭1日目 古本市の残り 847冊
未来のことは考えない。なぜならすぐに来るからだ。