13 スススの原

文字数 3,633文字

「さ、出かけるとしよう。早く着きたいな」
 二人は、歩き始めた。
 ヒムのしげる丘を越え、小川をわたり、そしてその間も、旅のこと、湖のことと話はつきないのだった。
 やがて二人は、スススの原にさしかかり、しばらくそこを歩いたが、ちょっと困ったことになっていた。
「変だな。ここをすぎると、すぐ湖なのに、なかなか出られないぞ」
「道に迷ってはいないだろうね。ハーレイ、何か同じ所をぐるぐる回ってる気がするよ」
「そこなんだ。ノール、ここのスススは、どうしてこんなに大きいんだい。何しろ、のっぽの君より大きいんだからね。前も後ろも、スススで何も見えない」
「まったくだよ。ハーレイ、これじゃ、スススのうず巻きに入っちゃったみたい。ひどいや」
「なんか、閉じこめられてる感じで、気分よくないな。ところでノール、今度は、君が先に行ってくれないか?」
 そこで、ノールは先頭に立って歩き始めた。
 スススはびっしり生えているので、かきわけて進んでも、すぐ閉じてしまう。これでは、 今どこから来たのかも、わからなくなってしまう。
 しばらく歩いて、二人は、とうとう立ち止まってしまった。
「つかれちゃった……」
 だまりこむ二人。出るのは、ため息ばかり。
「ねえ、ハーレイ。ぼく、考えてみたんだけど」
 ノールが、何か思いついたようだ。
「通った所は、スススを結んで目印にしようよ。そうすれば、同じ所に来ても、すぐわかる。もし、目印のところに出ちゃったら、そこからは別の方へ行けばいいんだし」
「わ、そりゃいい考えだ。さっそく、やろうぜ!」
 二人は、元気を出して、もう一度歩き始めた。ところが、おかしいのだ。
 目印に結んだスススは、二人が別の所に行ってしまうと、まるで怒ったようにほどけ出し、元どおりになってしまう。
 ハーレイもノールも、同じ場所に戻っても、そこが一度来た所だということに気づかない。
 ここのスススたちは、二人を出られなくしようとしているのだろうか?
 ハーレイたちは何も知らず、張り切って出口を探していたが、とうとうすわりこんでしまった。
「ノール、もう目印つけはやめにしない? この分じゃ、全部に目印をつけるまで、出られないような気がするよ」
「そうかな……うん。そうかもね。じゃ、どうする?」
「あのさ。つかれたせいかもしれないけど、スススがひどくからまると思わない?」
「そうなんだ。まるで、前に進むのをじゃまするみたい。それに、何かきゅうくつになってきた」
「うん。ぼくも、そう感じてた。ここへ入った時から、まわりはスススで何も見えない。それは、ずっと同じ。でも今は、ほら。空もよく見えないぞ。おおいかぶさってきてるんだ。そのうち見えなくなっちゃうよ。君とぼく以外」
「よせよ。気味わるい」
「ほんとに閉じ込められちゃったんじゃ……」
「ハーレイ。こわいよ」
 二人は、くっついて座っていたが、ノールが、こんなことを言い出した。
「ぼく、ちょっとまわりを見てくるよ、ハーレイ。気をつけるから、大丈夫さ」
 これは、どうしたのだろう。
 こわがっていたノールが立ち上がり、ふらふらと出て行ってしまう。まるで、あやつられるように。ハーレイも、眠るようにぼんやりしていて、それを止めようとしない。
 ノールが、スススをかき分けていく音が、遠ざかっていく。それが聞こえなくなった時、ハーレイは、すっかり眠りこんでいた。
 たった一人でいる自分に、ノールは気づいた。
「あれ。ハーレイ? ぼく、いつの間に……こんな所にいるなんて、どういうわけだい。おーい、ハーレイ。意地悪するなよ。君はどこ?」
「ここさ」
 なあんだ。ハーレイは、すぐ後ろにかくれているようだ。
「ハーレイ、ぼくたち、別々になっちゃ……あれ?」
 そう。誰もいない。ノールが後ろのスススをかき分けたとたん、ハーレイの声は左から聞こえ出した。
「ちがうよ。ノール。こっちさ」
「早く出といでよ。ハーレイ」
 左へ行ったが、やはりハーレイはいない。そして、右から声が。
「ぬけ道は、こっちさ。ノール」
 同じだ。声だけで、誰もいない。
「いいかげんにしろよ、ハーレイ。でも今度こそ」
 さあ、声は前から! ノールは夢中でスススの中に飛び込んだが、すぐに、声は別の方からひびく。
「何か、頭がおかしくなっちゃったよ。それに、ハーレイだって、誰だって、こんなことできっこないんだ。その声は、ほんとのハーレイじゃないね……」
 ノールは、自分に言い聞かすようにつぶやいた。一人で心細く、あたりはますます静かだった。
 ノールは恐くなり、立ちすくんでしまった。
 
 そのころ、ハーレイは、スススをちぎって折り合わせ、何かを作っていた。
 ただ、ハーレイは眠っているのに、手だけが動いていた。彼自身も気づかぬうちに、それはどんどんできあがっていく。
 
「ハーレイは、一人でぬけ出してしまったんじゃ……」
 スススがざわつき、ノールの腕にからみついた。ふりほどくと、今度は足に。
 彼は、はじかれたように飛び上がり、夢中でかけ出した。じっとしていては、あぶない。
 もう、道など気にしていられない。ハーレイと離れてしまうんじゃないかと思いつつ、走り続けた。
 スススは、がさがさとまといつき、ハーレイの声が、いっぺんに、そこらじゅうから聞こえてきた。
 ノールは、大声で叫びながら、泣きそうになった。
 とうとうスススにさえぎられ、足がもつれ、押し倒され、もみくちゃにされた。息苦しく、もがいた。
「やめて!」
 その時、ノールは空へ、すっと放り出された。体を、ものすごい風が吹きぬけた。
 そして、湖が見えた!
 あ、出口は向こうだ-。落ちたところで、ノールは何かにぶつかった。
「あいた!」
 ハーレイは、目をさました。
「いててて」
 ぶつかって来たのは、ノールじゃないか!
「やだな、ノール。何してんだい?」
「あっ。ハーレイ! やっと会えた! こわかったよ。湖を見た。スススがからまって……そうだ、出口はあっちさ。逃げたんだ。めちゃくちゃさ、そして……」
「おい。どうしたの? 落ち着いて。少し休もうと言ったのは、ノール、君じゃないか」
「え、ぼくが?そんなこと、言ってないよ。おかしいな。ぼくもね。声だけで、君がいないんだ」
「ぼくは、ここにいるよ。まったく。ほんとにひどいや」
「ひどいのは、こっちさ。ま、話はあと。出口はわかってる。すぐ行こう」
「出口だって?わかった。ここから出られるなら、文句なしだ」
 二人は、自分の荷物を持つと……
 おや。ハーレイは、何か変なものを握っている。
「あれ。何だこれ」
「これは、どこかで-そうだ。これは、お守りだ。スススを折り合わせて作るやつでさ。君が作ったの?」
「うん。いや、変だな。そんなおぼえないぞ。何で持ってんだろ」
「前に、ユティが作ったのを、見たことがあるよ。でも……ああ! ハーレイすててっ。それ、折り方が逆だあ!」
「ええっ!」
——悪魔を呼ぶぞ。
 ガサッ。
 二人が走ると同時に、スススが襲いかかった。
 二人とも、真っ青だった。
 ハーレイは、すぐ投げ捨てたが、お守りも、逆に折ると、悪魔を呼ぶとされている。もちろん、ハーレイが自分でそんなことをするはずがない。
 出口がわかってる! それだけで、勇気がわいた。
「こっち、ハーレイ! ぼく見たんだ。湖へ出るんだ」
「急ごう、ノール! ここはうんざり。でも、これでおしまいだ!」
 でも、スススはもっと速く、もっと不吉だった。
「急いで! また、からみついてきた」
「必ず出るんだ。湖へ!」
 二人は死にものぐるいだった。
 しかし、先は行きづらくなり、足もにぶってきた。気持ちばかりで、どうにもならない。
「もうすぐさ」
「もうすぐなのに」
 それでも、二人は進んだ。
「あっ」
 ハーレイが倒れる。
 ノールも、そこまでだった。スススは、まわり中から、ヘビのようにからまってきた。
 二人はもがいた。もうだめだ。ぐるぐる巻きにされ、逆さになったり、ぶつかったり。
 ハーレイは、動転してしまった。からみつくスススを手で引きちぎり、猛烈に暴れて苦しくなった。
 もう一度、はげしい風が吹いた。
 それでスススのはずれたひょうしに、ハーレイは別の方へかけ出した。
「ハーレイ、そっちじゃない! 止まって、ハーレイ!」
「もういやだ!」
 
 風がスススをなぎ倒し、時間がとまった。
 ハーレイの先で、湖が開けていた。
 
 二人は、かまわず飛び出した。
 もうスススも、じゃまはできない。
 
 やったー!
 二人は、スススの原をとびぬけ、走る。
 湖は、目の前だ。
 ハーレイも、ノールも、太陽の光をあび、足もとの大地を気持ちよく感じながら、湖の岸辺をかけ回った。
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登場人物紹介

リダン|大陸の旅人

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