モサク

文字数 2,763文字

 今から十年後、2678年に計画されている、機械と人間による支配構造に対する革命。私はこれを阻止すべく、とある学術機関で諜報活動を行っている。

 人類に代わってロボットが台頭した現代の社会。「人間の本分は学ぶことにある」という名目で人類は果てしなく広大な学術機関に隔離されていた。ここでは約一億二千万もの人間が暮らしている。このような学術機関は他にも幾つかあるようだが、その全貌は知らない。

 私は人間のみが通ることを許された階段へと足を踏み入れる。

「折本、遅かったじゃねえか。もう始まるぜ」

 名前も知らない男が私に話しかける。「そうだな。ありがとう」と私は彼に言う。

 この学術機関の地下では、人間と低級機械による革命会議が日夜行われている。数人の人間がロボットの愚痴を吐きだすために始めた集会がこの革命集会の発端らしい。その本人たちも知らぬ間にこれほど大きな組織になったという。

 設立者の一人である柏田が壇上で演説を行う。

「まず! この度、再び集会が行えること、俺がこの場で皆の耳を貸してもらえる機会を設けてもらえたことに感謝の意を述べる! 今日、今から十年後。遠い未来かもしれないが、俺たちは必ずこの作戦を成功させる! この不条理な支配構造を俺たちの手で終わらせるのだ! 声高らかに自由を掲げよ!」

 彼の話に大きく頷く者や、合いの手をいれる者、わけもわからず騒ぎまわっている者たちに混ざって、私は人込みを通り抜けていく。

 私は、大きな垂れ幕が掛かった通路を進んで行った。いくつものセキュリティを突破し、最後に古典的な合言葉による問答を行う。そして、扉は開かれる。

「よう、久しぶりだな。今日の会合で、また同胞が増えそうだ」

 首のみが回転し、私の方をじっと見据える。彼は設立者の一人である――否、今は一機と呼んだほうが正しいのか。人間の脳を移植したロボット、私が唯一知る同一体。ボスと呼ばれる組織の頭である。

「まあ、掛けろよ。おい、N73! 折本に茶を出してやれ」

 N73と呼ばれた家政婦ロボットは「ええ、ボスが動けないからって。何でも仕事を私に押しつけるのはよくないと思いますよ」と言って厨房へと消えていく。

 現在は、人間とロボットが知的生命体としての立場を確立している。しかし、その中でロボットは大きく二つに分けられている。上位存在と呼ばれる個体と、低級機械と呼ばれるものだ。その違いは使役するかされるかに過ぎない。

「どうやら、機際テロリズム対策推進本部が本格的に動き出すらしい」

私はボロボロのソファに腰を掛けて言う。

「その話は本当か? 少し厄介なことになってきたな。知っての通り、この場所はある程度の機密対策はしているが、今は少しでも人数を増やしたいからな。正直言って検問は緩い」

 ボスは言う。実際に、機際テロリズム対策推進本部から諜報活動でやってきた私が、既に組織の核心にまでいるのだから、検問が緩いなんてものではない。

 今から十年後に予定されている大きな人間革命。既に多くの人間が加担しているため、途中で弾圧するのは非効果的かつ、後に国家の危機となる火種を残す可能性がある。そのため私たちテロリズム対策課は、革命自体を失策に終わらせるという計画を立てた。その第一段階で、今回、私が組織にテロリズム対策課の動きを伝えた次第だ。

「少し、検問を厳しくするしかないだろうな……。新たな同胞獲得は難しくなっていくかもしれんが、今の母集団を考えれば人員補強は容易い」

 ボスは私の狙い通りに事を進める。検問を堅くすることによって、これ以上の人員を獲得させないことが目的だ。

「お待たせしました」

 N73は私にお茶を用意する。私は「ありがとう」と言う。

 再び、正面の扉が開いた。先ほどまで壇上で現状打破を熱心に唱えていた柏田と、警備を中心に仕事をしている堀上だった。

「ななみちゃん、お茶、二つお願いね」

 柏田と堀上は私が腰かけるソファの隣にあるチェアに腰を掛ける。N73は「ええ~、お二人とも、ボスと違って歩けるんですから、自分で用意してくださいよ」と言って、再び厨房へと消えていった。

 先ほど私が述べたことをボスは二人に説明した。二人とも、深刻そうな顔つきになる。

「つまり、現在の組織のメンバーは全員信用する、と割り切って計画を進めていくわけですか?」柏田は言う。

「ああ、そういうことになる。もし、お前が不安なら個人的に調査を行ってもいい。まあ、しかし、折本曰く、奴らが動き出すのは半年後らしいからな。じっくりと検問は堅くしていこう」ボスはキコキコと奇妙な音をたてながら言う。N73がそんなボスの様子を見かねて、接続部に油を差す。

「正直に言って、俺は未だ折本のことを信用しているわけじゃない。二重スパイという可能性もあるからな。これ以降、不穏なことが起きるならば真っ先にお前を調べることになる」

柏田は私を睨みながら言う。彼は賢い男だ。私が国務機関へスパイとして潜入している、という偽りを、可能性という面を考慮した形ではあるが、確実に見抜いている。「何か起きたら、お前を調べる」と言うことで、私の二重スパイ活動の抑止力にもなっているし、状況さえかみ合えば、私から国務機関の情報を手に入れられることも計算のうちに入っているのだろう。そして、私を疑う、と表明している時点で、彼が不可解な死を遂げたら、半自動的に犯人は私へと導かれるのだ。

「まいったな。でも、私が信頼を得られない出生をしているのは確かだ。ただ、私は今の世界は間違っていると、本気で思っている。柏田が想定するようなことは起きないから安心してくれ」



 ほどなくして、定例会議は終了する。私は元来た道を辿り、地上へと出た。

 地上と言っても、太陽や空は見えない。私の遥か上にはガラス張りの天井が設置されており、そのまた更に上には、ロボットたちの居住区や娯楽施設の建物が乱立している。

 これでいいのだろうか、という疑問が時たま私の脳内にあぶくのように湧き上がる。

 私はそんな思いを払拭するように胸のポケットから煙草を取りだした。





 彼は軽く伸びをする。そして、今日執筆するのはこれくらいにしておこうと考えている。

「ふう、疲れたな。今回の題材はどうだろう」

 そう言って彼は文学大系システムの検索を始めた。「学術機関」、「スパイ」、「時代物」、「ロボット」彼が検索を掛けたのはその四つである。

「うわあ、560124件か。こりゃまた今回もダメそうだな。ううん。まあ、どこかでオリジナリティが出るのを期待するしかないか」彼は溜息をつく。



 機械には成し得ない、人類にだけ許された特権。人類は一つの大きな学術機関を完成させ、それの追及に勤しむ。

 文学の形成。

 3009年。人類が為すべきことは、他にない。
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