第1話

文字数 6,584文字

 目前に迫った武道館3Daysのリハも佳境の20日。

 収録もリハも終わり、それでも気力は十分!
 まだまだ余力を残しつつも、今日はなんとなくでそのまま自宅へ直帰してみると

「……○○○○?」

 宅配便の受け取りBOXに全く見に覚えのない、某有名ネット通販会社からの小包が入っていた。
 受取人を確認すると、確かに私宛、私の部屋番号が記載されていて

「うーん……」

 何かの間違いでは?という疑問符しか出てこないけれど、このまま放置しておくわけにもいかず。
 とりあえず、その荷物を持って、部屋へと入ることにした。







 玄関を入り、早速出迎えてくれたいい子のけぇたんにただいまの抱擁とご褒美のおやつをあげて、一息がてらお腹を全開にして今日はとっても甘えん坊の愛息子のお腹をひたすら撫でまくって構っていると、何かが震えてる音が、遠く鈍く聞こえてきた。

「んー?」

 けぇたんから顔をあげ、部屋の中をぐるりと見回して。

「バック……? ……あ、」

 携帯だ。
 と思って立ち上がると、私に合わせてけぇたんも急いで体を反転させ、移動する私にシャカシャカバタバタ足音立ててついてきた。

「んん~、今日のけぇたんはほんと甘えんぼさんですねぇ~」

 即座にしゃがんでけぇたんの頭や首やいろいろをわっしゃわっしゃ撫でくりまわしてあげたい!なんて気持ちにすっごく駆られるも、もしもこのバイブが電話で、しかも緊急の用件だったらと思うとそうもしてはあげられない。

 断腸の思いでじゃれついてくるけぇたんをひとまず置いて、足早に部屋の隅へと急ぎ行く。

 今日中持って歩いていた鞄を勢いよく開くと、案の定携帯はライトをちかちかさせて、絶賛呼び出し中の文字と共に激しく鳴動を繰り返していた。

「あ~!! はいはい! ――はい、水樹ですっっ」

 慌てて通話ボタンを押す

「? もしもし? ……あの、水樹、と申しますが……あの?」

 もしかして待たせちゃったから切れたのかな?と思って声をかけるんだけれど、受話器の向こうから外?っぽい音は聞こえてくる、なのに電話してきてくれた人の声は全然聞こえなくって。
 だから、私の声が向こう側へ届いてないのかなーって思った。

「聞こえますか? もしもーし」

『聞こえてるよ。ってゆーか、奈々ちゃんはいつも相手誰だか確認しないで電話とか取るの?』

「わっ?! え、えと、普段はそうでもないのですが、今はちょっとお待たせしちゃってたので、その、勢いで、つい」

 いきなり返された声に、電話なのに思わず空に指でなにかをなぞりながら、状況を伝えるべくまんまを述べて問いに答えた。

「この声は、ゆかりさんですか?」

『ぶっぶー、違いまーす』

「えええっ?! うそ!!?」

『正解はー、通りすがりの田村さん17歳でしたー。ちゃんちゃん』

「って、それじゃ結局ゆかりさんで一緒じゃないですかー!」

『えー?そうとも言うかもしんない』

 電話の向こうから聞こえてくる声――ゆかりさんも、私もなんだかこんな軽いやりとりが無性におかしくって、声も笑声になりながら、改めて挨拶を交わした。

「それでゆかりさん、今日はどうされたんですか?」

 携帯を右耳から左耳に持ち替えて、ダイニングのソファへ向かいながらゆかりさんへ伺う。

『うん。たいした用じゃないんだけど、奈々ちゃんて今日はもうおうちに帰ってたりしますか?』

「? はい、今さっきちょうど戻ってきたところですけど……」

 それがどうかしたんだろう?
 疑問をそのまま言葉尻に続くようにすぼめてゆくと

『そかそか。んで、何か普段と違ったりすることとかあった?』

「へ? あ……えっと……? 普段と違う…………」

 さらに難解な問いかけになって返されてしまった。

「帰りのコンビニに、この時間いつもだったらもう無いはずのからあげくんがあって、ちょっとラッキーでした。あ、あとけぇたんが今日はすっごく甘えんぼさんで、それがもー可愛いくってぇ~♪」

『はいはい、奈々ちゃんの親バカはっぷりはさておくとして、からあげくんって、前に日記に書いてたあれ?』

「はい! うふふ、カレー味。
ちゃんとスパイス感というか風味がカレーしてておいっしいんですよー」

 言いながら、あの味を思い出したほっぺがにこっとなってしまう。うふふ。

『あー、それも今はいいや。そうじゃなくって』

 こういう時、ゆかりさんてば素気無い。うう、カレー味もからあげくんもおいしいのに。

『からあげくんはゆかりも食べたりするけど今はいいから』

「心読まれた?!」

『違うってば。
あーもー、つまり荷物はちゃんと奈々ちゃんちに届いてますか?
ってゆかりは聞きたいの』

「荷物? ですか……あ! もしかして」

 ソファを立ち上がり、通話中のまま玄関へ向かう。

 つられてまた足元へけぇたんが慌ててついてくるけど、なんとか私の足の間へ入ろうとするのに躓かないようにしながら。まっすぐにたどり着くと、家へ戻ってから置いてすっかり忘れてた、某○○からの荷物があった。それは確かに、いつもの水樹家の玄関とは違う光景だ。

「これのことですか? 今日、覚えのない荷物が私宛で宅配ボックスに入っていたんですけど……」

『おー、それそれー。ちゃんと届いてたんだ。さすが○○』

 仕事早いなぁー、なんて感心したようにゆかりさん。
 ということは、この荷物の送り主は

「ゆかりさんからだったんですね」

『うん』

 本日最大にして最後の疑問は、そうしてご本人さま肯定のもと、案外あっさりと解決した。

『その様子だとまだ開封とかしてないの?』

「さすがに身に覚えない物だったので、一応用心しちゃってました。ゆかりさんからだとは知らずすみません」

『いあいあー。っていうか、あれ?送り主んとこって出ないんだっけ?』

 なんて、荷物に関しての話がその後も続き、中身の話になり、私は右に持ち直した携帯を肩と耳の間に挟んで両手で箱を、リビングへ持っていきながら開けようとベリベリ音をさせていたら

『あ。もしかして今、開けちゃう?』

 ゆかりさんからの声で、半分まで来ていた留めの開封の手を止めた。

「はい。せっかくなんで、中身を拝見しようかなって」

『あー、んと、ちょっと待って。ええと、そうだな。うん』

 電話の向こうで思案しているのだろうか?ゆかりさんが、考えるように2、3つぶやくと

『奈々ちゃんさ。っていうか奈々ちゃんち、今からちこっとお邪魔しに行ってもいい?』

「え?! あ、ちょ?! う、うちにですか?!」

 爆弾宣言。
 反射的に部屋の中を見回す。……うっ。

「う、うちはちょっと、散らかってるんでその」

『散らかってるんでしょー?知ってる知ってるー。
だいじょうぶ、ゆいたんちよりは絶対きれいだから』

 ケラケラと笑う、とはこういうのを言うんでしょうか?というくらい明るく軽いノリで言うゆかりさんは、毛だらけであるという私のうちの事情も知った上で、時間的にスケジュール的に双方無理じゃない、ということが確認されると、あれよといううちになんだか、なんというか。

「じゃ、じゃぁちょっと頑張って隙間作ります」

『はーい。でもあんま無理しないでいいからね?』

「いえ、なんとかなりますから!
近くまでいらっしゃったらまた連絡ください」


 はーい、という可愛らしい返事をし、電話はプツンッと沈黙した。


「……あら?」

 気がつくと、お断りしなきゃいけないはずが、逆にお招きするカタチに?

「なんて言ってる場合じゃない! 部屋片さなきゃ!! きゃー!!!」

 リビング・廊下・鏡周辺。とりあえず人様が通って見苦しくない程度にはキレイにしなきゃ!

 最後に電話で聞いた到着予定時刻を頭に時計とにらめっこをしながら、かくして予想外の本年度第一回・水樹家大掃除は慌しく開催されることとなってしまった。
 ひぃ~!!









「案外きれいじゃん」
「あはは……やればできる子ですから」

 やがて到着したゆかりさんをリビングへお通ししながら、私の脳裏には直前まで頑張った(=他の部屋につっこめるだけ突っ込んだ)今後の(=崩壊しないかの)事で、微妙な笑顔を浮かべていた。

 元々電話をくださった時のゆかりさんは、私の家から交通的に遠くない所へいたらしい。

 だからこそ、最後の無理やりの(以下略)~できる子としては、せっかくいらしたお客様にはしっかりとおもてなしをせねば!(半笑)

「ね、奈々ちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「あっちの部屋も片付け終わった?」
「あっっちは!ダメ、です」
「だと思った」

 にや~っと笑うゆかりさん。完全に詰め込みもバレてる見たい。
 ううっ……

 心でしくしくと涙を流しながら、今年の目標=片付けのよりできる女!と掲げていると、ソファの上に途中で置きっ放しとなっていた某(略)を発見したゆかりさんが

「ちゃんと開けるの待っててくれたんだ」

 私の隣をすり抜けて、荷物を手に取った。

「待ってたというか、あの電話終わってすぐに、もう部屋の片付けに慌てて入ってしまったので」

 正直それどころではなかった。というと失礼なのは承知だが、でもそれどころではなかった。
 伊達に2年に1回のペースでしか大掃除をしてなかったわけではない。

「うん。でもゆかりもいきなり押しかけちゃったから」

 ゆかりさんは荷物を持って、再び私のそばまでやってくると、少し申し訳なさそうにしながら

「改めて、はい。奈々ちゃんに、これあげる」
「……あ、ありがとうございます」

 思い当たる節はある。

 今日は20日、もうあと何時間もしないで日が変わると21日。
 私の誕生日だ。

 でも突然。それも手にあるものは1度不審に思い、そして2度目の今また改めてこう渡されて、しかもそれがゆかりさんからだ、という突然が。

「もう、奈々ちゃんなんて顔してんの?」
「いや?! ええぇ、だ、だって、その」
「嬉しくないんだ」
「違いますよ!
ただ動揺……びっくりして、心に顔がついていってないっていうか」
「意味わかんない」
「笑わないでくださいよー?!」

 恐らく顔を真っ赤にしながら、私はニヤニヤという擬音がぴったりとハマりそうに動揺全開の私を見つめるゆかりさんに、なんとか格好をつけたくて姿勢を正すと

「これ、ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「ダメ」
「ええぇぇえ?!」
「冗談だから」

――結局格好つかなくて、膝から崩れ落ちそうになりながら、妙に高いテンションの自分に泣きそうになった。

「ちょっと、泣いてる?」
「泣いてないです! だからとりあえず座りましょう!!」

 普段の水樹家には無いお客様というシーンに、一応ケージに戻っていてもらったけぇたんが、こちらの様子に興味津々で中を元気いっぱいにくるくる回りまくっている。

 対する私は、何故かこの短時間で持っていたはずの元気というかHPかMPだかを、一気に削られたかのようにぐったりとなっていた。

 お客様-ゆかりさん-がやってきて嬉しがってる気持ちは確かにあるのに、なんでかなぁ。








 右の位置にゆかりさん。
 左に私。
 そして私の膝の上には例の荷物。

「ほら、やっぱり送り主ちゃんと書いてあんじゃん」
「あ、後でちゃんと確認しようとかって思っていたんで……すみません」

 ソファで隣から覗き込んでくるゆかりさんに少し上半身を引くと、何故か不思議そうな顔で横顔を見られた。

「……ま、いーけど」

 ゆかりさんといると何故かテンションとかがおかしくなる私と、私といると何故か不思議な笑顔をよく浮かべるゆかりさん。

 とりあえず、今は深く考えない事にして、私は目先のゆかりさんからもらった物を開けてみる方向に話を戻した。

「先に言っておくけど、ネタだから」
「へっ?」

 ネタという、不穏な響きに思わずゆかりさんを反射的に見ると、ニヤニヤとた笑みを浮かべていらっしゃる。

「あの、すごく不安に駆られるのは何故でしょうか?」
「そんなの奈々ちゃんの思い過ごしじゃなーい?」

 恐らく、いや確実にこれは、開けた時のリアクションが試されている。(※思い過ごしです)
 すぐ隣に送り主のゆかりさんが控えた状態での開封という事に、番組でもないのにひどく一寸先の闇に手を差し入れるよりも別のプレッシャーを感じる。(※ゆかりさんはこの時けぇたんを見ています)

「と、とにかく、開けます、ね?」
「ほーい。どうぞー」

 ぺりぺりと、プレゼント用にラッピングされたという某○○の箱を、私は慎重に開封していく。

 すると中からは、

「……ちょ、」
「えー? だからネタだってゆったじゃーん」

 29、日が明けてひとつ重ねた私の年齢の数だけ並んだ、
『深愛』―私の本日発売シングル―がずらりと姿を現す。

「ね? ゆかりからのあいじょーのぷれぜんとー♪深いでしょ」
「ええ……それはもう……愛が、29倍ほど……」



 ゆかりさんは、それはもう楽しそうな笑顔を浮かべ、箱を膝に抱えたまま腹筋から前のめりに崩れる私を、満足げに見つめていたのだという。

 毎日声を張り上げ歌っていても、激しいダンスナンバーに振りをいくつもつけていても食とガッツで乗り切れる体力自慢がウリの私だけれど、この時ばかりはどうしようもないくらいお腹も捩れ、HPはもうゼロよっ!って位にまでヘタリとなりつつ。

「おめでとう、奈々ちゃん」

 新しい1年を、そんな隣で微笑むゆかりさんと、共に迎えた。







/

 余談だが。

「ほいで、他の人にはどんなのもらったの?」
「いつもツアーとか楽曲の提供とかでお世話になっている方からはこんなのとか」
「へー。おもしろーい。ほいでほいで?」
「あ、ちょうど今日ラジオの収録あって、その時に美里からもらったのが、ついさっき片付けの時にもう使うからって一緒に出しちゃったんですけど」
「何処……お風呂?」

 見てもらうのが早いからと、ひとつひとつを見せていたら、

「もーこういうのあったら、一緒に歌っちゃっていつまででも入っちゃいますよね♪」
「ふーん……」

 と言って、ゆかりさんは少し、それまで楽しげだった雰囲気をシュンッといったカンジになってしまった。

「ゆかりさんからもらったCDもmp3にして、これで聴いちゃおうかな」

 29枚、とは言っても全部同じものだから、全部を使うっていうわけにはいかないけれど、おんなじ音楽もの同士ってことで相性的にはちょうどいいよね?(※この場合相性とは言いません)

「……奈々ちゃんは今日から毎日これ使って入るんだ?」
「? はい、そうしよっかなぁ~って、思ってます、けど……」
「…………今日、確かお泊りしてってもいいって話だったよね」
「はい、時間ももう遅いのでって、先ほどの電話で…………?」

「おし。んじゃーせっかく一晩お世話になるんだし、ゆかりが奈々ちゃんにいろいろ尽くしたげるね。
まずお背中でも流したげよーか。お片づけしてからまだでしょ?」
「へ?…えぇぇぇぇぇえ?!」
「今なら奈々ちゃん本人の鼻歌も聞かせて差し上げます。ほら、至れり尽くせり♪」
「それって、私が自分で歌うってことじゃないですかっっ」
「いいからいいから♪」
「え、ちょ、えぇぇ?! ほ、ほんとに……? ぇぇぇえ?!!」

 絶叫空しく。

 結局普通にいつもみたいなお風呂を楽しむようなわけにもいかず、プレゼントも使うまでも至らないままに。

「いやぁ、奈々ちゃんちって広いねー」
「ふぇ~ん…」

 にやにや顔のゆかりさん(17)と真っ赤になる水樹さん(〇〇歳)で、騒がしくお風呂に入ったりなかったり。(ぇ




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