第1話

文字数 1,009文字

 放課後、窓の外の夕日に照らされたグラウンドを見ていた。僕は窓際の席に座っていた。ちょうどホームルームが終わり、生徒たちは鞄を持って教室を出て行くところだった。僕は机の中の教科書とノートを鞄に入れていた。
 天野先生が僕の方へ歩いてくる。三十歳くらいの若い女性の先生だった。国語の先生で授業はおもしろいし、生徒たちからの評判も好意的な意見が多い。
「佐々木君」
 先生は僕の名前を呼んだ。
「何ですか?」と僕は言った。
「入院している早見さんのところにノートを届けてほしいんだけど、いいかな?」
「いいですよ」
 早見直子は僕と同じクラスの女子生徒だ。成績がよくて、真面目で静かな生徒だった。でも彼女には親しい友達が何人かいたし、僕もその中の一人だった。僕と彼女は席が隣同士になったのをきっかけに友達になった。
「じゃあ、よろしくね」
 先生はそう言って、僕に封筒を渡した。
「早見さんの体調はよくなっているんですか?」
 彼女が病気になり、入院していることは知っていたが、詳しいことは何も知らなかった。
「そうね。その辺に関しては、難しいところだけど」
 先生は心配そうな表情をした。僕はぼんやりと早見のことを思い出していた。長い黒髪や大きな目、真面目にノートを取っているところが脳裏に浮かんでくる。
 封筒を鞄の中に入れると、僕は教室を後にした。階段を下って行き、下駄箱で靴を履き替える。外はオレンジ色の光に包まれていた。来年には受験があって、僕はこの高校を卒業する。受験のプレッシャーを日々感じていたが、早見は大丈夫だろうか。成績がいいから難関大学を狙っていると聞いたことがある。でも病気がよくならなかったらどうするのだろう。
「佐々木先輩」
 ふいに声がして振り返ると、二年生の後輩の田中が立っていた。僕は夏までバスケ部に所属していた。
「久しぶりだな」
 田中はバスケットボールの練習着を着て、汗をかいていた。
「帰りですか?」
「ちょっと同級生の病院に行ってからね」
「そうですか。勉強大変ですか?」
 田中は汗をぬぐっていた。
「それなりにね。来年になったらわかるよ。部活頑張って」
 田中は僕に手を振って、体育館へ駆けていった。僕は鞄を持ち直して、校舎の校門まで歩いて行った。秋の風は冷たく、でも心地よかった。太陽がもうじき沈んでいく。どこか懐かしくて切ない気持ちになった。体育館からはバスケ部の掛け声が聞こえた。記憶の中の光景が蘇っては消えていく。
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