Progressive

文字数 3,285文字

 


 横浜は関内のカジュアルなカフェ。
 俺は久しぶりに鈴音と向きあっている。
 高校を卒業して以来だから七年ぶりになる。

「音楽、続けてたんだね」
「まあね、これしか能がないし、やりたい事もこれしかないしね」
「好きな事を続けてるって、なんか良いなぁ……キラキラ輝いてたよ」
「そ、そうか?……ありがとう」

♪    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪

 彼女とは高校三年の秋、文化祭でデュオを組んだことがある。
 彼女はピアノ、俺はヴァイオリン。
 そう聞くとクラシックを想像するだろうな、ヴァイオリン・ソナタ第○番とか。
 でも実際は全然違う、実はその組み合わせでロックを演ったんだ。

「佐藤君、そのCD何?」
「これ? エマーソン・レイク&パーマーの『タルカス』」
「あ、その曲なら知ってる」
「マジ?」

 俺がヴァイオリンを習い始めたのは五歳の時、当然先生はクラシック畑の人だし、習ったのもクラシックばかり、でも俺はそんなに『良い子』じゃなかった。
 中学の頃はヴァイオリンをエレキ・ギターに持ち替えてハードロックを演ってた、高校に上った頃から『ハードロックはちょっと違うな』と感じ始め、色々聴いた中で行き着いたのが七十年代のプログレッシブ・ロック、中でもこの『タルカス』はオーケストラ版まで存在する名曲だ。

「なんか面白いって言うか、不思議な魅力のあるジャケットね、アルマジロかしら? 半分機械みたいだけど」
「まあ、モデルにはしてるんだろうね、でもそれ、想像上の生物なんだ」
「ロック?」
「プログレッシブ・ロックって知ってる?」
「名前くらいは聞いたことあるって程度、これ、そうなの?」
「ああ、エマーソン・レイク&パーマーって、プログレの中心的バンド、『タルカス』は二十分位の組曲になってる、名盤だよ」
「面白そう」
「聴いてみる? 良かったら貸してやるよ」
「うん、聴かせて」

 彼女はやっぱり五歳位からずっとピアノをやっていて、その頃もクラシックを弾いてた、 俺みたいなはみ出し者じゃなかったんだ。
 同じ高校に通うクラスメートでも、彼女は既に東京の有名大学に推薦で進学が決まっている優等生、俺は受験勉強そっちのけで音楽にうつつを抜かしている劣等生。
 だけど、どうやら彼女も全面的に『良い子』ではなかったらしい、ロックとクラシック、両方の要素をミックスしたみたいな『タルカス』に嵌まっちゃったんだからね。

 その秋の文化祭、講堂でのコンサートに出るバンドはもう決まっていたけど、音楽室のミニ・コンサートはまだ出演者を募集していて、俺と彼女はピアノとヴァイオリンのデュオで『タルカス』を演ることにしたんだ。

 それから二人で『タルカス』をピアノとヴァイオリンにアレンジして練習した。
 意見がぶつかり合うことも多かったけど、結果、二つの楽器がぶつかり合い、混じりあう良いアレンジになったと思うし、本番の演奏も良い出来だったと思う。
 聴衆は多くはなかったけど、真剣に聴いてくれた奴等は口々に『すげぇ』って言ってくれた……。

 その後、彼女は予定通り東京の大学へ、俺は地元の音楽学校へ進んだ、親を説得するのは大変だったけど、どのみち受験勉強はろくすっぽやっていなかったからね。
 そして音楽学校でジャズの面白さに目覚め、次第に軸足をそちらに移して行った。

♪    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪

 で、七年ぶりの再会だけど、偶然ばったり会ったわけじゃない。
 『横浜ジャズプロムナード』、桜木町、みなとみらい、関内、山下公園の辺りまで、いくつものホールやジャズクラブ、そして街角のあちこちで二日間にわたって無数のライブが繰り広げられ、入場券代わりの缶バッジをつけていればどこでもフリーパスと言う催しだ。
 俺は前衛的なビッグバンドの一員として……新入りだけどね……ホールライブに出演していたんだ。
 彼女はプログラムに俺の名前を見つけて聴きに来てくれ、演奏が終わるとステージの前まで来て声をかけてくれたってわけ。

「鈴音は? もう音楽はやってないの?」
「うん、今は普通のOL、アパートでピアノ弾くわけにも行かないし、音楽は聴くだけになっちゃった」
「でも、ジャズ・プロムナードに来てるって事は……」
「うん、もうクラシック一辺倒じゃないよ、今でもプログレ好きだし、ジャズもね、楽器と楽器、音と音で会話したりぶつかり合ったりするのが面白いのよね……ジャスバンドにヴァイオリンが入るのって珍しいし、面白いね」
「確かに珍しいかもな、でもリーダーは『何でもあり』の人だから」
「ヴァイオリンとピアノでタルカスを演るのも『何でもあり』だったね」
「ははは、間違いないね」
「あのライブ、すごく良い思い出なんだ、あの頃ね、何かが自分の中でくすぶってるって感じているのにそれが何だか解らなかったんだ、でも、それを『これだよ』って示してもらった気がする」
「大げさだよ」
「ううん、本当にそう感じたんだ……でも、もう大学決まってたし、レールの上を進むのは楽だし……そのレールもさ、最初は親が敷いてくれたレールだったように思うけど、途中からは自分で接ぎ足しながら進んで来たって思ってたしね」
「でもあのライブはそのレールの上にはなかったんだろ?」
「そう、レールの上を進んでてもさ、時々分岐点が現れるでしょ? そんな時迷わず本線を選んできたけど、横に逸れた先には何があるんだろう? って気になってたんだと思う、その行き先の一つがあのライブだったって気がしてる」
「ふーん、俺は横に逸れっぱなしだけどな」
「それは違うよ、音楽ってレールが佐藤君の本線なんだよ」
「なんか、ずっと登りばっかりで息を切らせながら進んでるけどね」
「あたし、あのライブから後はね、分岐点があると立ち止まってその先に何があるのか覗いて見る柔軟性がついたような気がする、まぁまだ『こっち!』って思う分岐点が見つかってないから本線を進んでるけどね」
「ふーん」
「でね、今目前にある分岐点はね、カロリーを気にしていつものコーヒーにするか、甘いものが食べたいって欲求に従ってパフェにするかって事なの」
「で? どっちにするの?」
「欲求に従う」
 そう言って明るく笑った。

「今日はこれでおしまい?」
 そのパフェも残り少なくなった頃、鈴音は名残惜しそうに言った。
「いや、夜、ジャズクラブでジャムセッションに参加するよ」
「それも聴きに行こうかな」
「ああ、是非来てよ、お客さんが少ないと寂しいしさ、鈴音が聴いててくれたら熱も入るよ」
「明日は? 地元に戻るの?」
「いや、俺もこっちに住んでる、川崎」
「結構近くに住んでたんだ」
「まだ一年も経たないけどね」
「佐藤君がまだ音楽やってたって、なんか嬉しいな……会えて良かった」
「俺もさ」
「また会えるよね?」
「ヒマなミュージシャンだからいつでも」

♪    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪    ♪

 ってなことがあったのが去年の10月の事だ。
 それから鈴音とはちょくちょく会ってる、今日も横浜デートだ。
 鈴音はあの時のあの店で、あの時と同じパフェを注文して両手で頬杖をついてパフェと俺を交互に見て微笑んでる。
 パフェが本線なのか、コーヒーが本線なのか……少なくとも俺と会ってる時はパフェが本線上にあるようだけど。
 俺はと言えば、前衛的ビッグバンドにはすっかり溶け込めたし、他の色々なミュージシャンとの共演も増えた、横浜のジャズクラブには一通り出演したかな……それなりにプログレスしてるわけだ。
 そして、鈴音との関係もそれなりにプログレスしてると思う。
 彼女の本線がどこに向いているのかはまだ解らないけどね。


(終)
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