第4話

文字数 1,230文字

 テレビで活躍できなかった幸子を、須藤は映画の世界に誘導した。
 そこはテレビよりもずっと厳しい世界だった。
 職人気質で気難しく潔癖で、そのくせ狭量でわがままなオトナたちがあふれていた。
「こんなことしちゃいけないってわかってる。でも、好きなんだ」
 迷いの言葉を口に出した三分後に、男は幸子の股に顔を埋めていた。
「こんなことばかりしてたらダメになる。もう、やめるんだ」
 そんなふうに言う男に、馬鹿らしいと思いながら幸子は弱弱しく体を預けた。
 そして、偶然を装い、手のひらの背で男のそこをさらりと撫でた。
 幸子の体を押し返す煙草臭い男に、その動作を二度三度と繰り返す。
 男のソコはたいてい幸子の薄い手のひらの背中を、強い力で押し返しはじめる。
 すげ~たってんじゃん。
 幸子がそう思った瞬間、男たちはがばっと幸子に覆いかぶさる。
 幸子は恥ずかしそうに顔を反らしながら、陰で苦笑いを繰り返す。
 男たちは迷いを口にしたり、愛をささやいたり、幸子の将来を思いやることで、自身の性欲を正当化していた。
 そして、そのあとに幸子を存分に抱いた。
 だから男たちのささやかな葛藤や抵抗は前戯にすぎなかった。
 余計な言い訳をするだけ興奮するのか(背徳感が高まるのか)、やることはテレビの国のオトナたちより、ずっとえげつなかった。
 普通の十代が学校で数学や英語や同年代との人間関係を学ぶ頃、幸子はほとんどの女が一生身につけることのない性技をつぎつぎと習得していった。
 ありあまる十代の学習欲、知識欲を、幸子はそこにすべて注いでしまった。
 男たちは大層喜んだが、幸子にはむなしさしか残らなかった。
 知ったのは「文学を語る男ほど、マニアックで助兵衛だ」ということだった。
 幸子は何本かの映画に出たが、演技力は皆無なうえに、伸びなかった。
 幸子は映画の世界からも締め出された。
「またか」
 幸子は他人事のように笑った。何だかおかしかった。
 自分の身の上に起こることもテレビドラマや映画の中で起こることも、同じ重みしか感じなかった。
 そのころは幸子はもう自分を天使とは感じなかったし、幸子のことを天使という男ももういなかった。

 テレビ界、映画界にそっぽを向かれた幸子を、須藤は出版界に売りこんだ。
 世はヘアヌードブームに沸いていた。
 ついに来たか。
 幸子は覚悟した。どうせ見知らぬ男たちに好きにされた体だ。いまさら写真をとられ配られることぐらいどうってことない。
 しかし、意外なことにこれに母が猛反発した。
「幸子はこれからテレビや映画にどんどん出る可能性がまだあるんです。この子はまだ若いんですから」
 馬鹿なことを。
 須藤と幸子はそう思ったが(二人の意見はこんなふうによく一致した。搾取する側とされる側にもかかわらず)、狂うように騒ぐ母が面倒で、写真集はあきらめた。
 須藤も幸子も、このころは諦めることにすっかり慣れていた。
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