何に負けたんだ?

文字数 1,472文字

「悔しい…」

 下校時刻。

 低く呟いた衣織さんに、隣を歩いていた久作君が反応します。

「また始まった」

「このままだと、負けたまま──」

「そうやって、訳の解らない勝ち負けでに拘るのは どうかと思うぞ?」

 唇を引き結ぶ衣織さんに、久作君は ため息を付きました。

「で 今回は…何に負けたんだ?」

「─ 相合傘」

「は…?!

「早急に 勝たないと!」

 拳を握りしめ、いきなり立ち止まる衣織さん。

 数歩先で振り向いた久作君が、顔を顰めます。

「…どうなったら、勝ちなんだ?」

----------

(なかなか…憧れの相合傘が出来ない……)

 その日の夜。

 衣織さんは、ベットの中で考えました。

(どうすれば確実に、出来る訳?

 ふたりとも傘を持ってる時だと…あいつがとやかく言って、一緒の傘に入れない可能性があるし……

 いっそ、私が傘を持っていかないで、久作の傘に 無理やり入っちゃう?

 …でも 朝から雨が降っている日だと、私は傘を持ってるし……

 だったら、朝は降ってなくて 下校時に雨が降る様な日なら──)

----------

「おねー」

 数日後の朝。

 居間から玄関に向かうドアを開けた衣織さんは、妹の果歩さんに呼び止められました。

「持っていきなよー」

「…何を?」

「かーさーー」

「こんな 晴れてる日に、どうして?」

「天気予報ぐらいみなよぉ。午後から降るってさー」

 大きく見開かれる、衣織さんの目。

「じゃ下校する頃には…雨かな?」

「多分、そうだと思う」

「じゃあ…持っていかない♫」

「─ は?!

----------

「ついに!」

 その日の下校時刻。

 廊下の窓を叩く雨に、衣織さんは目を輝かせます。

「念願の相合傘♡」

 隣に立っている久作君を肘で突きました。

「じゃあ、持ってきて」

「何を だ?」

「あんたの傘に、決まってるでしょ?」

「…俺は、持ってきてないぞ」

 顔色を変える衣織さん。

「ど、どうしてよ。」

「今日 雨が降るなんて知らなかったし」

「て、天気予報ぐらい、確認しろ!」

「─ お前の傘を、使えば良いだろ。」

「わ、私は…あんたの傘に 入れてもらうつもりだったの!!

「は?!

「だから当然、傘なんか 持ってきてないわよ!!!」

「。。。」

----------

「傘が1本もないなら…相合傘どころの話じゃないなぁ」

 久作君は、しょげる衣織さんに声を掛けました。

「雨…止みそうもないし……どうする?」

「うー」

「─ 涙目で、拳を握りしめるのは止めろ。」

----------

「おねーって…相変わらず、詰めが甘いよね」

 聞き覚えがある背後からの声に、衣織さんが振り返ります。

「か…ほ……」

「これ 使う?」

 衣織さんは、果歩さんが掲げて見せる傘を凝視しました。

「え? 良いの!?

「私は鞄に、折りたたみを常備してる人だし」

「じゃあ。」

「因みに…」

 ニンマリと笑う、果歩さん。

「─ 本当は、持ってくる必要なかったん傘を、わざわざ持って来てあげたんだよ?」

「。。。」

「だからひとつ、貸しプラスね♫」

「わ、わかった…」

----------

「これで、私の勝ち。」

 念願の、相合傘での道すがら。

 ぼそっと口にした衣織さんを、久作君は横目で見ました。

「そうか…それは良かったな──」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み