101 正当防衛

文字数 2,960文字



 この時、うな(ユ)はうなとして、そしてユキトとしての思いも織り交ぜながら、その間数発蹴りを叩き込み再び戸藤にまたがると、既にうな(ユ)は憎しみの感情にのみ支配され相手の喉元(のどもと)に両手をあてがい首を絞め始め、戸藤は腕が動かせたのでうな(ユ)の両手首を掴み引き剥がそうとし、それでもうな(ユ)は力の限り絞め続け

「あん時っ、封筒持ってったのはてめぇだなっ?!、どうなんだっ!!、答えろっ!!」

と叫び、その言葉足らずな問い掛けに

「あ、あがっ……う、ふうと……う、うな……おま……いっ……だれ、だ……」

と、戸藤はかろうじて声を吐き出し、うな(ユ)は何かに取り憑かれたかのように絞める手をより一層強め、“くっ……殺してやる”と呟くと、その言葉に戸藤の手からは力が抜け落ち、息も絶え絶えに意識も遠のき、そのさまをうな(ユ)はじっと見下ろし……すると、何故か一瞬うな(ユ)の脳裏に以前働いていたラーメン店での情景が現れ、気付けば走馬灯のように過去の記憶までもが流れ始めると、これまで出会ってきた人達や幼い頃に見た父母や妹の姿、また現在の家族である園原家の一人一人が脳内に広がり、その全てから贈られる曇りなき笑顔に、気付いた時にはうな(ユ)の手も緩み、そして、何よりこのままだと“園原うな”として取り返しのつかない罪を犯してしまうことに気付くと、バッと首から手を放し、その後戸藤が口を半開きにし、微かに呼吸しているのを確認すると、うな(ユ)はふらぁっと立ち上がり、近くに落ちていたバッグを拾い上げ、若干手に痺れを感じつつバッグの中をまさぐり、警察に電話を掛けようとスマホを……


 それは一瞬の出来事だった。


 背を向け隙をつくってしまったうな(ユ)へと戸藤が蹴りをくらわそうとしていて、“くそっ!!、避けきれないっ!!”と咄嗟に頭部はガードしようと腕を上げ、全身に力を入れると

 “ドッ”

 “ゲウッ”

と、鈍い音と同時に吐くような声……

 しかし、うな(ユ)は自分が声を漏らしたのではなく、そもそも蹴られた感触がなく、一体何が起きたのか分からず、とにかく次の攻撃に備え身構え、すると、うな(ユ)の目の前には何故か胸の辺りをかきむしり、のた打ち回っている戸藤の姿があった。

「全く、イカれた方向にベクトル向けやがって、大体、女性を蹴ろうとするなんてこと自体あり得ねぇんだよ、あんたみたいのが平気で他人(ひと)の心をへし折ろうとすっから厄介っつうか、てな訳でこっちはガチで折らせてもらったよ、あんたのあばらを数本ほどな、まぁ、それも“身から出た錆”って考えれば、まだ軽い方だろ」

 突如、誰かがそう口にし、その発言と共にその姿を目にしたうな(ユ)は、今一度目を凝らしその人物を確認してはみたものの

「……………………え?」

と一言呟くしかなく、というのもそこにはクラブのエースが立っていて、その理解し難い状況に

〈なんでクラブのエースが……まさか自殺直前者を迎えに来て、それがたまたまこの近くで、そのあとちょっとした気紛れで立ち寄った、なんてことある訳がないよな……あっ?!、偶然この人が似てるだけ、いや、どう見てもあの肉付き(マッスル)感は……ん?、どうなってんだこれ?……〉

と、あまりに突飛な出来事にあれやこれやと模索し、しかし理解の範疇をとうに超えていて、うな(ユ)はあ然としたまま、ただただクラブのエースを見つめるばかりだった。

「おっ、なんだよ、そんなに見られちゃうと、分かってても照れ臭くもなるもんだな、中にいるのがなるっ、とっとぉ、こっから先はお口にチャックってか、ンッハッハッ、とりあえずこいつ警察に届けてくるから、あとは任せて休んどきな、首んとこの指紋なんかも(ぬぐ)っといたら問題ねぇだろ、ナッハッハッ」

 最後の一言も含め、半年ほど前の印象そのまま?!、にクラブのエースはそう告げると、とどめであろうか、あばらだけでは済みそうにもない強烈な蹴りを戸藤に浴びせ、するともがき続けていた戸藤はピクリともしなくなり、その後クラブのエースは戸藤を肩に担ぎ上げ、その一部始終を見ていたうな(ユ)は、“まぁ後々(あとあと)警察に呼び出されるのは覚悟してるけど、真面目な話、俺、あと少しでとんでもないことを……にしても、エースにまで上り詰める人物ってのは、なんていうか、恐ろしい一面も持ってたりすんだな……”と考えたりとしつつ、徐に戸藤の方へと歩を進め

「……半年ほど前、深夜の公園でバッグと携帯と、現金入りの茶封筒盗んだのはお前だな?」

と此度は冷静に尋ね、すると戸藤は僅かな余力でチラッとうな(ユ)に目をやり、意識が朦朧(もうろう)とする中、ぐぅっと首を縦に振り、それを見たあとうな(ユ)は

「先に手ぇ出したのはお前だからなっ、こっちは正当防衛だ」

といった台詞を最後に、戸藤から視線を外し再びバッグを拾い、そんなうな(ユ)の姿にクラブのエースは軽く笑みを浮かべつつ路地の先にある曲がり角へ進み、そこでようやくうな(ユ)は突如訪れた緊迫感から解放され、フッと力も抜け落ち、すると腕や背中などから痛みを感じ、ふらっと目眩(めまい)を引き起こし倒れそうになったのも束の間、誰かがうな(ユ)を横から支え、うな(ユ)は思わずビクッとし振り向くと、これまた自身の目を疑い、というのも隣で支えていたのは、あの(まご)うことなきハートのエースだった。

「……マジか、一体どうなってんだよ?、まさかハートのエースも一緒だったなんて……二人してお忍びデートか?、まぁなんだかよく分かんないけど、クラブのエースやお前のおかげでほんと助かったよ」

 このように、うな(ユ)は驚きながらもまずはお礼を伝え、するとハートのエースはぐわっと目を見開き

「はぁっ?!、なんで私があんな

なんかとっ!!、考えただけで気色の悪い、それよりこの一ヶ月、“うなうな”やってきたんでしょ?、なのに女の子がそんな話し方して、それにあんなに殴ったり蹴ったり、そのあとなんか……とにかく、女の子の体に負担掛け過ぎなのよっ!!、全く、中身は相変わらずっていうか……ところでさ、なんだか人だかりが出来ちゃってるから、ひとまずこっから離れるよ」

 “あなたも同様、相変わらずなんじゃね?”と第三者からツッコまれそうなハートのエースのその返しに、とりあえずうな(ユ)は何も言わず周囲に目を向け、すると野次馬だろうか、確かに少し距離を置いたところに人だかりが見え、そんなうな(ユ)の横顔を見ながらハートのエースが再び口を開き

「この様子だと、人目につかないとこ探した方が良さげだね……あっ、この近くにさ、今は使われてない雑居ビルあるから、そこ行ってみようよっ、じゃぁ

ちゃん、雨も降ってきそうだし、とっとと行くわよっ」

と早くもあだ名とおぼしきワードを口にし、これにはさすがにうな(ユ)も、“いきなりなんちゅう呼び方すんだっ?!、今後もそれで通すつもりかっ?!、この前ネットでそのブランド名がなんとなく目に止まったから下着を購入したばっかだけど、さてはおめぇもそこの愛用者かっ!!”と、心内にて叫んではみたものの、とにかく今は心身共に疲れ果てており、何かしらをツッコむ気にはなれず黙って頷くと、そのまま肩を借りて歩き出し、そして二人はゆっくりとその場から離れていった。



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