第1話

文字数 1,434文字

 昨年(2022年)12月、サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会で優勝し、同僚に肩車されてトロフィーを掲げるアルゼンチンのリオネル・メッシ選手の右腕には、刺青(いれずみ)が入れられていた。

 最近は「刺青」から受けるイメージも変化してきたように感じる。
 今から30数年前、母校の大学病院に勤務していた時のことだった。壮年の受け持ち患者さんの上半身には立派な刺青が入っていた。その患者さんの左前胸部、鎖骨下に約5㎝のペースメーカー植え込み術の皮膚切開線が、ちょうど刺青と重なった。術前、執刀医の研修医は、
 「ヤバいっす。模様がずれたら大変です。皮膚縫合は埋没でします*。」(*埋没縫合:縫合糸を皮膚の外に露出させずに皮下の真皮を縫い合わせる縫合法)
と緊張しまくっていた。別に患者さんからの要求ではなっかたが、術者自らの選択だった。

 そして20数年前のある日曜日、大学の同級生と新宿駅西口でランチを食べる筈が、昼の飲み会に発展した。店の日本酒を散々飲み尽くし、
 「今さら、お茶でもないよな。」
と、まだ明るい午後の昼下がり、新宿駅西口のゴールデン街に行った。
 新宿ゴールデン街は、木造の長屋が連なる路地に300軒以上もの呑み屋がぎっしり軒を連ねる飲食店街で、1970年代に作家や役者などが集う文化人の街として有名になった。
 店に灯がともる前の日の光を浴びたゴールデン街には、化粧を落とした寝起きの女性のような雰囲気が漂っていた。
 その中に営業中の3坪の小さな1件のバーに入った。カウンターの中には雇われの日替わりママがひとりいた。同級生と二人、カウンター席でカクテルを飲みながら話が弾んだ。
 「ママさんの普段のお仕事なぁに?」(←何故かお姉言葉(ねえことば)になっていた)
 「彫り物師。」
 「…? んっ!? 刺青の?」
 「そう。」
 「えっ! すげぇ~。どこで?」
 「横須賀。」
 聞くと師匠について修行中のプロの彫り物師だった。そこには厳しいプロとしての職人の世界があった。客の痛みを身をもって知るために、自分の内腿(うちもも)に刺青を入れて練習したそうだ。内腿は一番痛い場所らしい。お姉言葉で話す内容ではなかった。ママの顔が凄みを帯びて見えた。
 それから20数年経過したが、ネットで検索したら今もその店は残っていた。

 先日、営業終了間際(まぎわ)の地元温泉の洗い場で、小太りの青年が背中を洗っていた。泡だらけの背中には刺青が入っていた。お湯をかけて背中の泡が洗い流された。そこに現れたのは「鯉の滝登り」の刺青だった。
 刺青を入れてから肥ったのか、鯉は丸々とし「河豚(ふぐ)の滝登り」になっていた。
 刺青を入れた時の体型を維持するのは大変だなぁ、と思った。

 最近ではワクチン接種の際に、腕を診る機会が増えた。ある青年の前腕に刺青が入れてあった。何と幾何模様で 〇×△ の刺青だった。(冗談で入れたのかなぁ?)とも思える不思議な刺青だった。

 一旦入れた刺青は消せない。一生ものだ。刺青を入れる時は、飽きがこないようによく思案してからがいいと思う。

 さて写真はコロナ禍以前の 2016年4月14日、隣の酒田市にある日和山(ひよりやま)公園の夜桜だ。

 私は刺青から男衆、神輿(みこし)、祭り、そして屋台を連想する。実は私は屋台が大好きだ。人だかりができて意気込みを感じ、活気があって開放感もありワクワクする。冷かしもよし、買って食べてよし、飲んでよし。コロナ禍が一段落しそうな今年の春は、桜の下で屋台を大いに堪能しようと思う。

 んだんだ。
(2023年3月)
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