記6 ポティとフェラと他の神々

文字数 4,262文字

「く、屈辱だっ!」

 火ばさみで拾い上げた空き缶を見つめ、モーゼが呟く。

「この私が、まさか水路のゴミ拾いとは……!」
「文句言ってる暇があったら真面目にやれ」

 俺も同じ作業をしながら呟く。

「大体、これは一種の課外授業だし、やってるのはモーゼだけじゃないだろ?」

 そう。
 今日は課外授業。
 近隣への奉仕活動として、道路や公園、側溝のゴミ拾いをしている。
 
「周りを見ろ。生徒会の面々だってもくもくと作業してるじゃないか」
「や、奴らは我々川南の民を搾取するためにやってるふりしてるだけだし」
「いかれた陰謀論者みたいな愚痴やめろ」
「そもそも、校内の掃除という苦役を生徒にさせる時点で人権無視。まして郊外のごみ拾いなど言語道断! エジ校をツリッターで炎上させてやる!」
「どこぞの憲法学者か!?」
「いいえ。モーゼの言う通りです」

 足元から声が聴こえる。

「生徒会の面々は、川南の民をエジ校の奴隷にしようとしているのです!」
「クダンのいう通りだ! お兄は世間知らずすぎる!」
「お前に言われたくないよ」
「モーゼだけでなく、この私、全農ではなく全能の……」

 クダンが言いかけるが、そこで口調を変えた。

「アロン、さっきからなぜ明後日の方向を見ているのですか?」
「い、いや……」
「私が話しているのですから、私を見るべきでは?」
「そうだよお兄。いくらクダンが相手でも、ちゃんと顔を見て話すべきだよ!」
「いや、そうかもしれないけど……」
「ほら、ちゃんと私を見てください」
「ちゃんと見なよ」
「つーか、何であんたはそうやってすぐにしゃがむんだよ!」

 俺は(一応の)敬語も忘れて怒鳴った。

「はい?」

 クダンがこっちを見上げる。俺は生徒会の方を指さした。

「ああやって立ってできる作業はたくさんあるだろ? 何であんたは毎回ちりとりや草むしりみたいなしゃがむ仕事ばっかりするんだよ?」
「私がしゃがんで困ることなどありますか?」
「その胸の開いたシャツも何とかしろよっ! そもそも、あんた生徒じゃないんだから参加しなくていいじゃん」
「でも、このような仕事もあるのですから。ほら、ポティファルだって草むしりをしているではないですか」
「あいつは生徒会の中の苦労人だからでしょ?」
「アロン、またあなたは人の顔を見ないで話をして。人ではありませんが」
「ほっといてくれ!」

 俺はこの困った会話を強引に打ち切る。

「ともかくモーゼ! お前は文句言わずに奉仕活動しろ!」
「なっ。お兄……」

 モーゼが目を見開いて後退った。

「ま、まさか私にご奉仕しろとか……」
「微妙に誤解生みそうな言い方するなっ!」
「おじさんとおばさんに言いつけるよっ!」
「その前に俺がおじさんたちに言うわっ! 『モーゼは態度だけデカくいけど、学校の行事をきちんとしてないんだけど』って」
「つ、告げ口とは、お兄の卑怯者っ!」
「お前にだけは言われたくないよ」
「キャーッ!」

 突然クダンが叫んだ。

「ど、どうした! 野獣のお兄に何かされたかっ?」
「だから誤解されるような言い方するな! 大体俺は目の前にいるだろ!」
「そ、そ、そこに……」

 クダンは震える声で側溝の一か所を指さす。

 ヒキガエルがいた。

「何だよ。全農だか全能だか知らないけど、ヒキガエルも見たことねーのかよ」
「あるに決まってるでしょ!」

 クダンがまた俺を見上げて怒鳴る。

「いいから立って喋れ!」
「え? 『立たせてしゃぶれ』……?」
「モーゼは黙ってろ!」
「彼らは古代日本でのタニグクという邪神です。彼らに従い、拝むものは滅ぼされるでしょう!」
「ヒキガエル拝む人見たことないけど。それに、タニグクだかタニグチだか知らないけど、あんたよりマシじゃね?」
「し、失礼な! そもそも彼らは、日本のどこにでもいて、国土の全てを知っていると言われています。つまり彼らは、知覚や記憶を共有している、パシフィックリムのカイジュウみたいなものなのです!」
「いきなりハリウッドネタかよ」
「そう言えば日本人が出ていてた『バトルシップ』でも、ぴょんぴょん飛び跳ねる怪獣が出てきましたね」
「ありゃ戦艦だろ? っつーか、よりによってあの悪名高い……」
「ともかく、彼らは恐ろしい邪神です! 今すぐに排除しなければ……」
「これだっ!」

 モーゼがクダンを遮るように叫んだ。

「は?」
「はい?」
「これで生徒会を……。 くっくっくっ……」


 翌日。

 モーゼと俺、そしてクダンは、早朝の内に生徒会室のクローゼットに隠れていた。

「あ、お兄! 今変なとこ触った!」
「触るか。つーか静かにしろ」
「そうですよ。計画が台無しではないですか」
「あんたはもう少し離れてくれ」
「あ。何かまた動いた」
「動いてない! そもそも俺を連れて来なきゃいいだろ?」

 そうだ。
 俺は来たくなかった。
 俺はそもそも、川南に無理に帰りたいわけでもないし、軽井沢さんを敵視しているわけでもない。
 まあ、彼女からしたら眼中にもないと思うけど。
 ただ、エジ校でそこそこ頑張って、できれば大学に進学して、という、堅実な人生設計。
 ……だったはずなのに。

「何言ってるの? お兄が私にご奉仕しろと言ったからじゃない!」
「え? アロン? そんなことを言ったのですか?」
「言ってない! つーかあんたもあの場にいただろ?」
「まさかお兄、二人にご奉仕させるつもりだったとか?」
「お前はもう喋るな。つーか誰か来たぞ! マジ黙れ!」

 生徒会室の扉が開いた。
 入って来たのは軽井沢さんだった。
 
 多分、いつも通り、軽井沢さんは会長席に腰かけ、一息つく。そしてモニターを見て、眉を顰めた。

「『我々を解放し、川南に返せ』?」

 モーゼがモニターに貼りつけた画用紙だ。

「川上さんたちのいたずらかしら? それにしても、いつの間に」

 軽井沢さんは画用紙をはがすと、小首を傾げながらマウスに手を伸ばした。
でも、それはマウスではなくて……。

「キャ、キャーッ!」

 マウスの代わりに、ヒキガエル。

 机の上だけじゃない。
 部屋のあちこちにヒキガエルが這いまわっている。

 これがモーゼとクダンの考えた作戦だ。

 生徒会室全体にヒキガエルを放つ。
 ↓
 会長泣き叫ぶ。
 ↓
 これに懲りたら我々を解放しろ。

 ……というもの。

 アホか。

 と思ったが、こいつらは人の話なんて聞かない。

「クックックッ。これで会長たちも私の恐ろしさを思い知るだろう!」
「彼らには邪神がお似合いです」

 だめだこいつら。
 何がダメかって、俺を巻き込むところが一番ダメだ。

「かーわーいーっ!!」

 は?

「ちょこんって座って、ケコケコ言って、何この可愛い生き物!?」

 軽井沢さん。田舎在住なのにカエル知らないの?

「あ、あっちにも! こっちにも!」

 軽井沢さんは、机の上のヒキガエルを猫でも抱くように抱えると、頬ずりを始めた。

「あ、何かちょっとぬめってした感じも気持ちいいかも」

 満面の笑顔の軽井沢さん。
 学園のマドンナ。
 ……だったはずだが。

 正直、ドン引きだ。

「な、何と言うことだっ!?」

 モーゼが小声で唸った。

「会長はカエルフェチだったのか……!?」
「やはりファラオは邪神を崇拝するようですね……」

 クダンも呟く。

 いや、北海道出身者がゴキブリ飼ってるとかそう言うレベルの話だろ?

「それとも、壁にぶつければ王子様になるとか思ってるのか?」
「邪神ならそれもありですね」

 やめろ!
 虐殺場面なんて見たくねーよ!
 
 だが、俺の心配とはうらはらに、会長はヒキガエルを抱いたまま、机の上に目をやった。

「そう言えば、この要望」

 視線の先には、モーゼの画用紙。

「もしかして、私にこんな可愛いペットをプレゼントするから、川上さんたちが川南に帰ることに同意して、ってお願い?」

 軽井沢さんは一瞬天井を仰いだ。それから抱きかかえたカエルと、床のあちこちにいるカエルたちを見回し、椅子に腰かけるとにっこりと笑った。

「もーっ! 川上さんも可愛いとこあるじゃない! こんな素敵なプレゼントくれるなら、もう、何でも要望聞いちゃう」

 ……何だこれ。

 唯の嫌がらせだったはずなのに……。

 でも、モーゼは要望が通って喜んでいるか?

「くっ。この私が会長に媚びてるみたいで気に入らない」

 贅沢言うな!

「やはり私の計算通りですね」

 よくそんなウソつけるよな? あんたこそ邪神じゃないの?

 と、その時、生徒会室の扉が開いた。

 会計のポティ君と庶務のフェラさん。望月兄妹だった。

 二人は、入室と同時に、会長席の周囲のヒキガエルに気付き、立ち止まった。

「か、カエル……?」

 ポティ君。

「ひ、ヒキガエル……?」

 フェラさん。

「か、会長……」
「な、何を……」

 軽井沢さんには、望月兄妹の声が聴こえていないようだ。一方、二人の位置からも、モニターに遮られて、軽井沢さんの顔は見えない。
 ただ、頬ずりしているため上下に動く頭がモニターの上から、腕の間からぶら下がったカエルの足がモニターの下から覗くだけだ。

「か、会長がカエルを食べてる……?」
「か、会長がカエルにむしゃぶりついてる……?」

 別の意味でトン引きした二人は、後ずさり、そのまま生徒会室を去った。軽井沢さんは、それには全く気付かず、しばらくヒキガエルに頬ずりをしていた。

 

 その後、何とか生徒会室を脱出した頃には、「生徒会長の軽井沢ファラオは、カエルを生で食べる女」という噂がエジ校中を駆け巡っていた。
 
 驚いた軽井沢さんはうわさを否定しようと躍起になったが、カエルを抱っこしたままでは説得力もない。下校時には、その噂は、

「カエルを愛でるだけ愛でた後に食い尽くす、悪魔のような女」

というものに変質していた。

「お、おのれ! 川南のものども!」

 アンタッチャブル的に校庭の中央に立った軽井沢さんは、憎悪をむき出しにして叫んだ。

「この偉大な会長を貶めた罪、万死に値する! 一生エジ校で飼い殺しよ!」
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登場人物紹介

川上モーゼ

公立エジプト初等・中等教育学校中等部二年生。

厨二病全開。

お告げを信じて、川南の村出身の生徒たちを連れてエジ校を脱出しようと画策する。

野辺山アロン

公立エジプト初等・中等教育学校高等部二年生。モーゼの従兄。

キョロ充脱却を図っている途中、エジ校脱出を手伝わされてしまう。

通称クダン

本名不詳。言おうとしても言わせてもらえない。

全農の神、ではなくて全能の神(本人申告)。

人間の顔と牛のような体(胸)を持つため、いろいろな誤解によりモーゼたちから「クダン」と呼ばれている。

軽井沢ファラオ

アロンの同級生で、エジ校生徒会長。

クダンにコンプレックスを煽られ、モーゼたちの川南村への帰郷を阻止しようとする。


小諸ポティファル

高等部一年生。エジ校副会長。

生徒会の暴走を止めようとする苦労人(多分)。

浅科アセナテ

中等部三年生。生徒会書記。

無口、毒舌。

望月ポティ

初等部六年生。双子の兄。

生徒会会計。

望月フェラ

初等部六年生。双子の妹。

生徒会庶務。


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